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悪役令嬢は安眠したい。  作者: まるめぐ
第一章
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46 精霊魔法

 風見鶏は至って平和そうに動いたり止まったりを繰り返している。

 そりゃタイムアップは明後日の夜だから今は発動しないものね。

 とは言え徒にただ風に回る様を眺めているわけにもいかないので、ウィリアムを促して屋上を後にした。


 あの場で自分の血を使ってみるのは避けた。


 離れの時みたいな誤発動の二の舞を踏んだりすれば、あの時とは違って取り返しのつかない結果を招くのは火を見るよりも明らかだもの。それにどうせウィリアムに止められただろうしね。

 だから準備万端にして後で来ようと思う。尖り屋根に上らないといけないから面倒だけどロープか梯子を持って。無論発動直前には中央塔に転送されるだろうけど、そんなギリギリで解除を試みるなんて冒険はしないわ。時間がないって焦ってうっかり手元が狂ったら目も当てられないもの。


「お父様は応じてくれるかしら」

「そうだな、唐突な話だからすんなりとはいかないかもな」

「そうよね……」


 長い螺旋階段を一段一段下りながら先を行くウィリアムのつむじを視界に収め、付かず離れずの距離を保った。あんまり近いと何か要らない緊張を強いられるし。

 これから転生後の父親でもある伯爵に初対面するって緊張もなくはない。


「しかも承諾を得て皆で離れたとしても、戻る屋敷が消失しているんだ。その時の胸中たるや察するに余りある」

「そ、そうよね……」


 ああそうだった。私が解除に失敗したらそういう結末を迎えるのよねこの屋敷って……。まあそうなった時には私はもう昇天してるから嘆きようもないけど。


「相当なショックを受けるとは言え、屋敷は再建するなり何なりできる。その時はマクガフィン家もサポートを惜しまないから安心してくれ。しかし命はそうもいかないからな。全員避難が鉄則だ」

「う、うん、替えが利かないものね」


 まさにその通りなんだけど、転生してきた身としては複雑だわ……。

 一応は謹慎中から仮釈放身分になった私は、ウィリアムが早速と離れから連れ出してくれたって体裁を取って本邸ですれ違う使用人達をやり過ごし、伯爵の所より先にニコルちゃんの部屋へと向かった。これからのあれこれをきちんと説明しておかないとって思うもの。因みにすれ違い様私の正体に気付いた屋敷の皆が皆、私のメイドな恰好に驚いてたわ。


「ところで、さっきから疑問だったんだが、こっちでも筋トレするつもりだったのか?」


 本邸の何処の廊下を進んでいるのか全く以てわからないまま付いて歩く私を肩越しにチラと振り返って、その視線で私の腕にある日記を確認したウィリアムはそんな問いを寄越した。

 まあそうよね。疑問や不審を持たれてもおかしくないわよね。でも普通そこは日記を付けるつもりなのかって訊かない? どれだけ筋トレ好き認定なのよ私。まあ前世ではよくダンベル運動をしていたけど。おかげで偽画像野郎には良いパンチを見舞えたわ。

 これ以上突っ込まれるのも面倒だったし「まあそんなとこ」って肯定したらウィリアムは「ふうん」とだけで、そもそもそこまで興味がなかったのか特には何も言って来なかった。


「あ、ねえ私からも質問。さっきは訊くの忘れてたけど、屋上では調べた結果って言ってたでしょ、あなたは大丈夫だったの?」

「何が?」


 上着からスッと伸びる彼の男らしい首筋としっかりした肩幅、その上の襟足短めのさらさらした金髪を無意識に視線で往復していた。ホント神様は幾つこの男に才能を与えたのかしらね。

 応じる後ろ姿でも麗しのウィリアムは、私のその視線や密かな称賛さえ承知しているかのように振り返りもせず堂々と廊下を進んで行く。


「防護魔法による反撃よ。調べたってことはあなただって魔法をぶつけてみたんじゃないの?」

「ああ、確かに色々とぶつけたぞ」

「じゃああなたも反撃を食らったんじゃないのよもうっ! 平気なの?」


 危うく日記を落としそうになりつつも小走りで隣に追い付いて急いて問えば、彼は鼻で小さく苦笑いした。


「心配は要らない。ニコルと違って俺の魔法には無反応だったからな」

「え、どういうこと?」

「俺がどんなに攻撃しても防護魔法によって無効化されるだけで、反撃は来なかったんだ」

「じゃあニコルちゃんの魔法だけに反撃したって意味よね? どうして?」

「さあな。でもニコルは治癒魔法しか使えない。話を聞いた限り他に方法がなくそれをぶつけてみたらしい。おそらくはニコルの魔法が何かまずい影響を与えると判断されたんだろう。だから反撃された」


 変なの。


 日記に記されてた通りなら、私の血を使った魔法以外は無意味なはずなのに。

 何故にニコルちゃんの魔法には反応したの?

 もしかして、アイリスってホントは養女じゃなくてニコルちゃんとも実の姉妹なのかも。そもそも養女ってのも昔アイリスが話を聞いちゃったって使用人の勘違いとかアイリス自身の思い違いだったのかもしれないわ。

 仮にそうならニコルちゃんへの反応も私と同じ血を引くからって考えられもするけど、そこのところ実際はどうなのかしら。


「ねえ、魔法が発動したら風見鶏が大爆発するのよね?」


 周囲の人の有無を確認して一応声を潜めれば、ウィリアムは咽の奥で小さく唸るようにして考え込んだ。


「大爆発というより、強烈な業火に焼き尽くされるって感じだな。その結果全てが灰と化して地面も火勢によって大きく抉られる」

「……ごめんよくわからないんだけど」

「あの風見鶏には炎の精霊が封じられているんだよ。生憎サラマンダーか他か具体的な精霊が何かまではわからないが、無理やり押し込められたようだ」

「炎の精霊? 精霊!? 凄いそんなのがいるのね!」

「ああ。最初に君を助けた時を覚えているか?」

「最初……ああドレスが燃えた時の」

「あの時はつい咄嗟に水の精霊を使ってしまったから、必要以上に水浸しにしてしまった」

「へえ、水の……」


 確か「ウンディーネ」って叫んでた気がしたけどそれかしら。


「魔法には自分の魔力を使うものと精霊の力を使うものがあるのね」


 前世でそういうファンタジーに人並みに親しんだ私としては、特に悩むでもなくそんな構図が頭に浮かんだ。


「そうだ。精霊魔法は行使後精霊を彼らの世界に帰すのが普通だが、あそこの精霊は召喚されてそのまま雁字(がんじ)(がら)めに囚われたせいで、相当お冠な気配がひしひしと伝わってくる」

「雁字搦めだなんて可哀想に……。そりゃ呼ばれて飛び出てジャラジャラーって鎖で縛られたら、特殊な趣味を持っていない限りは精霊じゃなくたって怒るわよね」

「まあ……」


 私の言いようが微妙って思ってそうな横顔が相槌を打った。


「今回の魔法は解放されたその精霊が怒りのままに暴れた果てに、ローゼンバーグの屋敷ごとの破壊が齎されると考えていい」

「へえ……」


 都会のビルよりも大きな怪獣が炎を吐いて街を蹂躙(じゅうりん)する光景が頭に浮かんだ。


 うわーあのレベル? 勘弁……。


 内心で乾いた半笑いを浮かべていたら程なくニコルちゃんの部屋に着いた。

 彼女はベッドに横になっていたけど起きてはいたから、人払いをして現状と予定を話して聞かせた。ニコルちゃんてば「精霊が雁字搦めに……」って悲痛そうな顔になってたわ。優しい子よね。ウィリアムと違って彼女はそこまでは見極められなかったみたい。彼はやっぱり魔法使いとしては有能なのね。

 話しているうちにふと思い付いて全快魔法を提案したけどニコルちゃんは拒んだ。ウィリアムが魔法解除に大きな魔力を使う必要がなくなったとはいえ、まだ何があるかわからないからだって。

 彼女は屋敷を出たら養生して、予定通り自分の力で残りの不調を治すつもりみたい。

 この子ってば何て健気で頑張り屋さんなのかしら!

 胸中で感動していると、今は儚げにしているニコルちゃんが満面の笑みを浮かべた。


「本当は喜んではいけないのですが、姉様と一緒の馬車でお出掛けできるなんて、すごく嬉しいです」

「えっ、そ、そうね。私も嬉しいわ」


 一緒に屋敷を出るつもりじゃなかったとは言えないわねこれは……。仕方がない、隙を見てこっそり一人で戻ろう。

 余り長居をしてもニコルちゃんの負担になるし、廊下に控えさせたお付きメイド達から非難轟々になりそうだからそろそろ退室した方が良さそうね。


「どうにかして全員が屋敷から離れられるようにお父様を説得してくるから、その後でまたね? それまで無理しないで、メイド達に言って荷物を纏めてもらうのよ?」


 お姉様っぽく頭を撫でてやれば、この世界の可愛い百合百合妹は「はい、姉様」って聞き分けよく頷くと「精霊は気の毒ですが、ぼくは姉様となら雁字搦めにされても本望です」と実に恍惚として気持ち良さそうに目を閉じた。

 うん、弱っていても危ないシスコン道にブレはなし。

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