41 ウィリアムの魔法石
「ところで、そうだな……どうせならこの際、君が本邸に出入りできるように伯爵に掛け合ってみようか」
「え、ホント?」
今思い付いたとばかりに口にしたウィリアムの意見には大いに賛同よ。
もし許可が降りれば堂々と調べに行けるもの。
「けどまあ俺と君の経緯が経緯なだけに、その辺に関しては過度な期待はしないでくれ」
「あー……まあそうよね。わかったわ」
まっ許可が降りなければニコルちゃんを見習って潜入するだけよ、ホホホ。
私のポジティブ思考を勘良く察したのかは知らないけど、ウィリアムは何だか呆れたような目をした。
「ええと、とにかくまずい事態に陥らないことを願うばかりだけど、もしヤバい時は宜しくお願いします」
正面のウィリアムへと畏まっていそいそと頭を下げる。言い方は悪いけど彼はよくもまあこんな私に付き合ってくれてるわって思う。
今は単に託宣の履行のためだけじゃなくて、ありがたくも私を気に掛けてくれてるし。
だけど、それだけ託宣ってこの世界の住人にとっては重要みたいなのよね。まあ厄災が降りかかるって言われてればそうなるのも致し方ないのかしら。
「アイリス嬢、頭を上げてくれ。君のその感謝は全部が済んで無事だった時にもらうよ。解除できない場合は、最悪この屋敷は捨てると思ってくれ。そうなった時は言うまでもなく君も一緒に避難だぞ」
危うく不自然に言葉を詰まらせるところだった。
「その時は頼りにしてます」
もしもの時は、一緒に逃げる振りくらいはするかもしれない。
だって彼は知らないから。私は解除を諦めるつもりはないって。
一人だろうと最後の最後まで、ね。
それを言うつもりはないけども。
「あ、そうだウィリアム様、治癒の魔法具を持ってたりしない? 何かで怪我をするかもしれないでしょ。そういう時のために備えは万全にしておきたいのよね。あるなら融通してほしいの。即席で作れちゃったりするならそれでもいいし」
「治癒の?」
「ええ、できたら完全回復レベルの」
唐突な催促だと思ったのかもしれない。ウィリアムは少し眉を怪訝そうにひそめた。
「確か一つなら持って来ていたと思う。幾つくらい必要なんだ? 普段俺には必要ないから、余り魔法具関係は持ち歩かないんだよ。それに作るのはちょっと時間的に厳しいな。魔法具は魔法行使とは勝手が違って、相応の材料や錬成条件、錬成時間が必要不可欠なんだ」
「へえ、そうなのね。なら無理は掛けたくないし今ある分だけでも譲ってもらえたらいいんだけど」
「構わないけど、一つだけで大丈夫なのか?」
「えっとまぁ~、とりあえずはね。一つあれば。あははっ人間そんなにほいほい怪我ばっかりしないわよ」
「……君が言うと説得力が皆無だな」
出会って数日、何度治癒魔法を施されたかを考えて、私はへらりと笑うしかなかった。
本音を言えば一つじゃ足りない。沢山欲しい。やりようによったら一つでも十分なのかもしれないけど、魔法素人の私には中々に難しい。だからと言って下手な催促をして勘繰られても困るから強くは言えない。あとはニコルちゃんにも聞いてみて、持ってるのを願うしかない。
「今取ってくるから少し待っていてくれ。何ならベッドで横になってくれててもいいぞ」
長椅子を立ったウィリアムから意味深な流し目を送られてカッと全身が火照った。
「かっ勝手に言ってなさいよ!」
続き部屋に消える厄介な男を幼稚にも舌を出して見送った。
彼が戻ってくるまでそう時間は掛からなかったけど、その間ぼんやりとしていた私は何度か欠伸をした。やっぱりちょっと寝不足だわー。
特大の欠伸をしかけたところで彼の姿を視認して慌てて噛み殺す。レディとしては恥じらって顔を背けるべきでしょうけど、まあ寝起きだったから大目に見て頂戴よって感じで咳払いして素知らぬ顔を貫いた。
それでもあなたを警戒してますよっと露骨にクッションを抱きしめて待っていた私の傍までやって来ると、彼はその手に持っていた不思議な色合いの丸い石を「ほら、受け取れ」と差し出してきた。何だ、さっきのベッド云々って台詞は彼特有の社交辞令的挨拶だったのね。厄介な。真に受けちゃってたわ。
「これが治癒の魔法具なの……?」
大きさはビー玉よりは一回り大きく、乳白色の中に仄かに輝くような桜色と薄い青色の筋が見え、その筋は雲が変化するようにゆったりと入り混じっては絶えず球体の中を流れている。中が液体でもなさそうなのに筋が不思議と動いているのは魔法具だからなのかもしれない。
「すごく綺麗ね……」
警戒心をすっかり忘れてクッションを手放すと、どこか恭しく両手で受け取ったその美しい石を見下ろして暫し見惚れた。
「これで治癒できるの?」
「勿論だ。普通は装飾品とか携帯するのに便利な形に加工するけど、俺は面倒だから原石のままなんだ、悪いな」
「え、全然いいわよこのままの方が。だってすごく綺麗な石じゃない。加工する方が勿体ないし罰当たりって感じだわ。それに持ってると幸せを運んでくれそうよね。あ、トイレとかに置いたら金運アップしそう!」
「……絶対にやめてくれ」
「でも本当にこんな貴重そうな物使っても良いの?」
「いいよ」
「ありがとう。……って言っても使わないのが一番だけど」
「そうだな」
表面も滑らかで、触れていると何だか心が落ち着く。
掌の中に大事に包み込めば、ついつい「ふふふ」と小さな笑声と共にはにかみが浮かんだ。
そんな私をウィリアムは何とも言えない表情で見下ろしてくる。
じっと注がれている視線に気付いて顔を向ければ、彼は口元に手を当ててこそばゆいって言ったらいいのか落ち着きのないって言ったらいいのか、よくわからない様子でいる。私は小首を傾げた。
「どうしたの? あ、やっぱり貴重なものだから消費しちゃったらまずいの? もしそうなら遠慮なく言って」
「いや……それは俺の魔力で造った魔法具なんだよ」
「へ?」
「それに込められているのは俺の魔力なんだ。だから綺麗とか幸せとかそれ以上は言わないでくれ。少し照れる」
「あ……そうなの? ……そ、そうだったのね」
魔法の石を褒めるのはウィリアムを褒めているも同然で、魔法の石を撫でるのは彼を撫でているも同然で……ってなわけないでしょ!
あくまでもこれは道具なのよ道具、魔法のね。
「なっ何よ、あなたが微妙な態度を取るからこっちまで恥ずかしくなっちゃったじゃない。だけど、優れた物をそうだって言って悪いわけないわ。あなたってすごいと思う。この魔法具一つで私はちょっと感動したもの」
ウィリアムは僅かに目を瞠った。
彼のその脇に下ろされていた腕がピクリと動いて持ち上げられる。
その手は私の方に伸ばされたけど、それに感情が何か反応する前に、私の口からは思った言葉が滑り出ていた。
「実はこんな綺麗な物を作れるなんて、あなたを少し見直したわ。俺様上等のすっごく嫌な奴だって最初は思ってたくらいだし」
ピタリと腕の動きが止まって、それまで珍しくもどこか呆けたようにしていた彼の表情は急激に不機嫌方向にシフトした。
「その治癒の石は君にプレゼントするよ。いつでもどこでも自由に使ってくれ。患部かその周辺に当てて強く治癒を叫ぶか念じれば、石の方で自動的に怪我部分を認識して魔法が始まるようになっている」
「わぁお便利~。自動で認識だなんてハイテク……。わかったわありがとう」
ほくほくと嬉しそうに石を手にする私は、彼をふと見つめた。彼は怪訝そうに小さく眉をひそめる。
「何だ?」
「良かった。だいぶ疲れが取れたみたいね」
「ああ、そう言われればそうかもな」
しみじみとして受け答える彼は何を思ったかこっちを見つめて一人納得したように頷いた。
「撫でても抱き締めても何をしても、疲労回復に効果抜群の抱き枕があったおかげだ」
その抱き枕が何なのかを考えて、私は顔を真っ赤にした。
「撫でるのと抱き締めるのは百歩譲るとしても、ななな何をしてもって言うのはどういう意味!?」
「さあ? 何だと思う? 自分の体に聞いてみたらいい」
「はあ!? 冗談も大概にして。昨夜は何もなかったでしょ!」
「ああ、非常に残念ながら」
すんなり清い夜だったと認めたウィリアムが何故かにやりとしている。
完全に揶揄われたんだわこれ、理解して毛を逆立てるようにして睨めば、向こうは身を屈めてきた。反射的に座っていた長椅子を横にズレるようにして距離を取ったけど、立っている向こうの方が詰めてくるのが早かった。
綺麗だけどやっぱり男性だなって感じの長い指先が頬の産毛に触れてくる。
「ちょっ、えっ、なにっ!? 張り倒すわよ!!」
「ハイハイわかったから」
「そのぞんざいな言い方っ」
「たとえ何があったって今更だろう? 俺たちの関係は既に周知だし、君との婚約そして結婚は絶対だ」
「絶対って何よ、私は承諾してないわ、勝手に決めないで!」
「じゃあ、必ずだ」
「言い方変えても意味は同じでしょ! 自惚れもいい加減に…」
「――俺の滞在中にうんと言わせてやる」
「んなっ……!?」
何て自己中なの。
開いた口が塞がらないとはまさにこの事だわ。
獲物を定めたように両目を細めるウィリアムから目を離せない。
そう言えばマクガフィンって物語を動かすきっかけとなる事物なんだっけ。でもきっかけどころか彼そのものが動かしてるんじゃないのって感じよ!
この男、世界は自分中心に回ってるとか本気で思ってそうだわ!
無視できない挑発に文句を言おうとしたけど、その前にウィリアムが私の目元に素早く手を翳した。
抗えない急激な眠気が襲ってくる。
「いや、な…にをする、気よ……?」
「何もしない。全く君は、他人よりもまずは自分を心配しろ。寝不足のくせに……どうせなら昼まで眠るといい」
「魔…法なん、て……ずる……ぃ……」
抗ってけれども船を漕いでいた頭がとうとう力なくかくりと落ちた。
誰かの腕に……っていうか絶対にウィリアムのだけど、優しく抱きとめられた。
「……もしも君がまた俺を好きになってくれるなら、どんな手でも使ってやる。君と歩めるだけで、俺の人生にこれ以上の喜びはないんだ。アイリス嬢……いや――――」
すっかり体重を預けた私の肩を抱くようにしてウィリアムが何か言ったけど、眠気が勝って五感や理解が蕩けていた私の意識の中では、もう意味なんてなさなかった。




