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悪役令嬢は安眠したい。  作者: まるめぐ
第一章
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40 安眠未満の目覚めの朝に

 安直かもしれないけど、血を使うにしても治癒魔法で体を治しながら解除したら、実質量としては失血死レベルの血を使っても死なないんじゃないの?


 だって噴水での流血沙汰で、一度体内から出た血はそのまま消えずに残るってわかったし。


 そう、必須なのは治癒魔法。


 ウィリアムかニコルちゃん、二人のどっちかに傍に居てもらうのが確実なんだとは思うけど、危険な場所に一緒に残ってほしくないって気持ちの方が大きい。


 だからこそ魔法具が必要になってくる。


 朝になったらまずはウィリアムに相談してみようと決めて、今は私の気持ちを酌んで動いたりしない日記を撫でた。

 準備の時間は少しでも多い方が良いのにウィリアムを叩き起こしたりしないのは、私のために忙しくしてくれてる命の恩人に今夜くらいはゆっくり休んで欲しいと思うから。


 おやすみなさい、ウィリアム。





 翌日、ハッキリ言っちゃえばよく眠れなかったけどそれでも幾らかは眠れたんだと思う朝。

 私アイリス・ローゼンバーグ伯爵令嬢は起きて早々悲鳴を上げそうになった。


 だってだってだって下手に動けない。微塵でも動けば現在私を抱き寄せている相手が起きて、更に厄介な展開になりそうなんだもの。呼吸さえ気を遣うわ。


 つまりは私のベッドに侵入者がいた。


 最早私の中じゃお決まりのウィリアム・マクガフィンって外面完璧破廉恥男が。


 しかもお風呂上がり的なバスローブ姿でよ! 合わせ目が緩んでいて見惚れるような胸板が……って違う違う違う! 長椅子で寝る時は寝間着じゃなくて普段着の襟元を寛げただけだったのに、いつの間にお風呂入ってきたのよ。

 いやいやいつの間にって言うなら私の横にいるのもそうよね。はあ~、全然気付かなかった自分の警戒心のなさには頭を抱えたい。でも何か不埒な真似をされた痕跡はなさそうでホッとしつつ凝り固まっていた私だったけど、ビンタなりひざ蹴りなりを繰り出す前に向こうがスッと両目を開けて微笑んだ。


「おはようアイリス嬢」


 そんな言葉を違和感なく口にして、あろう事かこの男は私のおでこに唇を寄せる。


「あっ……なた狸寝入りっっ!」

「たまたま君より早く起きて惰眠を貪っていただけだ。可愛い寝顔を堪能できて満腹ではあるけどな」

「サイテーッッ、どうして椅子で寝てないのよ!」

「やっぱり寝心地が悪い」

「だったらどうぞご自分のベッドに戻って寝直せば!?」


 カーテンの隙間から漏れる光はまだ薄いから早朝って言って障りない。私自身予想より早く起きちゃったわってちょっと不満だ。

 そのくせ私とは裏腹にウィリアムは実に上機嫌そうに見えるから余計にイラッとくる。


「もう眠くない」

「じゃあさっさとベッドから出てって」


 ちょっと不満そうにしたウィリアムは一瞬後には魔法でもうバスローブ姿から普段の貴公子然とした服装へと変じた。くっ……何て便利なの!

 向こうが動かないならこっちがそうするしかないと、無理やりウィリアムの腕を解いて起きてベッドから降りた私は、顔の火照りをどうにか冷まそうと窓を開けた。風はなかったけど朝の少し冷えた空気が肌に触れて心地いい。何度か深呼吸したら少し頭も冷えた。


「薄い寝間着のままじゃ駄目だろう。体調がまた悪くなったらどうするんだ」


 後ろからするりと伸びてきた腕に捕まって背中に温かみを感じる。


「は!? ちょっと放してよ! 暑苦しいでしょ!」


 肩越しの視線に目一杯の迷惑を示せば、手慣れているのか躊躇いもなくバックハグをかましてきた男はわざとこっちにのしかかるようにしながら楽しげな声を出す。


「暑苦しくても結婚したらこれが日常になるんだから、よくよく慣れておくように」

「頭沸いたことぬかしてんじゃないわよ! ホントあなたってイメージ違い過ぎでしょ!」

「イメージ?」

「そうよ。私の日記によれば、あなたって人気の完璧王子だけど、一部界隈じゃブリザード王子とか冰の美神とか極低温貴公子とか言われてるもの。あ、これらは褒め言葉よ」

「…………」


 めっちゃ微妙な間だった。

 もしかして初耳? 訝しく思って上半身を捻って顔を見上げれば無念さと苦さが見て取れた。令嬢達からの尊称を本人が認識しているにしろ、まあ気持ちはわからなくもない。私だって単なる悪女じゃなく鮮血狂いのアイリスとか呼ばれた日には頭を壁に打ち付けたくなると思う。


「あ、それとも実は喜んでるの?」

「そんなわけあるか」


 そのツッコミは、力説にも似ていた。


 その後、ウィリアムに隣室に戻る気はなさそうで、私は警戒心MAXで身支度を整えてからいつもの応接セットに腰を下ろした。部屋を出ろ出ないの問答が面倒だったから着替えはまたもや隣室で済ませたわ。もちろんブラックドレス。


 自分の寝室に戻った時点でローテーブルの上に何かあるなとは思ったけど、魔法でなのかホットミルクティーが用意されていて目を丸くした。


「冷めないうちにどうぞ」

「わぁお、朝食の前に軽く一杯引っ掛けるってわけね」

「言い方……」


 あら御免あそばせ、お酒を飲みに行くみたいだったわね。

 先よりは白んだ射し込む朝の光の中、私は彼の好意に甘える形で金縁と青い小花模様があしらわれた白磁のカップ一式を手に取った。ソーサーは片手を添えたまま膝に置く。

 一口含めば、良い茶葉良いミルクを使っているのか鼻に抜ける香りは芳醇でまろやかそのもの。ふうんミルクが多めなのね。偶然なんだろうけど、まさに私の好みだわ。


「すごく美味しい」

「茶葉の抽出具合いとミルクやお湯の温度にもこだわったから、絶品のはずだ」

「あなたってホント料理男子なのね」

「この世界じゃ大して評価はされないけどな」

「あー」


 でもこの世界だなんて言い方変なの。内心でくすりとしていると彼も紅茶を少し口にして、こちらも静かに膝の上のソーサーへとカップを下ろした。それを更にテーブルに戻して足を交差させるとその上で手指を組む。もう満足したのかしら。もしかして単に私への付き合いで飲んだだけだったのかも。俺の朝は紅茶よりもコーヒーだって感じの顔してるし。

 そんな彼は何を思ったのかジッと私の顔を見つめてきた。主に目元辺りを。


「え、なに?」


 さっき髪を梳かしながら鏡を見て思ったけど、少し目の下にクマがあったからそれでかもね。でもレディの繊細な気持ちを無視して凝視してくるなんて失礼しちゃうわ。正直指摘されるかもって思ったけど予想に反して彼はそこには何も言ってこなかった。


「さてと、今後の細かな予定について話を進めておこうか。朝食は頼んだからじきに運ばれてくる」

「あら、何から何までありがとう」


 彼は言葉の代わりにふっと笑みを少し深めた。いやーもう何て雰囲気ある大人な反応なのかしらねこの子は。他の奴だったらうわーこいつキザ~って引くとこだけど不覚にもドキッとしかけたわ。

 気をしっかり、と私は背筋を伸ばした。


「ウィリアム様、その前に、実は折り入ってあなたに頼みがあるの」


 図々しいのは百も承知だけどどうしたって彼の協力が欲しい。

 それでも遠慮というか躊躇(ちゅうちょ)を覗かせる私へと、彼は薄く戸惑いを浮かべた。


「今更何を遠慮するんだ? こっちは君のためにここでの時間の大半を費やしているんだし、もう一つ二つ上乗せされるくらいどうって事もない」

「健気に遠慮してて申し訳ございませんね!」

「それで、頼みって?」


 恩着せがましいからつい不機嫌な口調になった私へと、彼は余裕っぽくも愉しげに唇の両端を吊り上げた。だけど寝込む前より皮肉の色がだいぶ薄れているのはどうして?

 いつもこれくらい普通に柔らかな雰囲気出してたら、もっともっと彼ってば世の女性達を虜にすること間違いなしだわ。あ、まさかだから他者に対して素っ気ない態度でいるとか? この人の性格から言って、多くの女性に寄ってこられるのは煩わしいとか思ってそうだもの。

 まあ何にせよ、私は自覚なくも随分と真剣な顔付きになっていたのかもしれない。私を見る彼の表情も神妙なものになった。

 最後に一口ミルクティーを飲んでから私もカップ一式をテーブルに戻すと顎を引いた。


「実はね、万が一凶事を回避できなかった場合に備えて本邸の皆を避難させたいの。屋敷の誰一人だって巻き込みたくないの」


 まだ本邸にいるほとんどの人達の顔も知らないくせに、私はその彼らが悲しい思いをするのは嫌だった。

 ()してやアイリスの思い通りにも、ワル魔法使いの魔法実験に付き合う気も、ない。実験ってからにはどれくらい威力があるかとかを見たいのかもしれないけど、そんなのは誰も居ない荒野でやって頂戴って感じよ。


「ローゼンバーグ邸から離れた場所に、屋敷消滅の危機を知られず皆で出掛けてもらうようには出来ない? まあ屋敷管理の観点から言って留守番の人もいるだろうからすぐさま全員とはいかないにしてもね。あ、でも別にあなたとニコルちゃんを頼りにしてないわけじゃないのよ。勿論解除は諦めない。でもほら備えあれば何とやらって言うでしょ」


 もしもの時は、大半の人に先に安全圏に出ていてもらえれば、残りの人を避難させるのも手間がかなり少なくて済む。


「そうだな。一理ある。気を散らす余計な人間は少ない方が好ましいからな」

「余計って……相変わらず毒舌なとこがあるんだから」

「とりあえず、これからニコル嬢に相談しに行ってくるか。最後の魔法の発動準備に移行して、何か新たに変化があったかもしれないからな。それに彼女に関しては少し気に掛かる事もある」

「気に掛かる? どうしたの?」

「実は昨日本邸へ行った際、ニコル嬢には直接は会えなかった。報告は無難な形で伝言を頼まれたメイドから受けた」

「忙しかったんじゃない?」

「あのニコル嬢が君の状況を逸早く聞ける機会を逃すとは思えない」

「あー……ええ、うん。それはちょっとらしくないわね。じゃあニコルちゃんの様子を見てくるのも兼ねて色々とお願いするわ」

「任せておけ」


 きっとタイミングが合わなかっただけよね……? それだけ頑張ってくれてるんだわ。うんきっとそうよ、きっと……。


「だからアイリス嬢、余り深刻に考え込むな。発動を抑えられそうならそうするし、無理でも屋敷の人間には転送魔法で遠くに避難してもらうつもりだ」

「転送魔法……」


 テレポートね。勝手なイメージとしては、馬車とか飛行魔法とかで逃げるんだろうなって思ってたけど、なるほどそれは失念してたわ。

 魔法世界には当然その手の魔法(もの)もあるのよね。

 さっきみたいに一瞬で着替えた魔法を見てそこに考えが及ばなかった頭の回転の悪さには凹むわ。物の瞬間移動が可能なら人だってできても不思議じゃない。


「あなたって、そんな凄技までできるんだ」

「多少骨は折れるけど不可能じゃない。まあでもそれは事前の全員避難が困難な時の最終手段と思っていてくれ」


 心に残るような力強い声だった。

 ウィリアムって結構人の機微に敏い。

 私ってば彼に励まされるくらいには暗い顔をしていたみたい。

 しっかりしろ私! アイリス! 南川美琴!

 最後の死亡フラグをポッキリ真っ二つに折ってやるって決めたでしょ!


「ええ、わかったわ」


 気合を入れて瞳の光を強くすると彼にしかと頷いてみせた。

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