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悪役令嬢は安眠したい。  作者: まるめぐ
第一章
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39 また一つフラグを折ったその夜に2

「いいい一体何の権利があって迫ってくるのよ!」

「権利? 勿論俺達の婚約だ。ようやく、晴れてローゼンバーグ伯爵が許しをくれた。正しくは君が承諾すれば、ではあるけどな」

「ようやく、晴れて……? まさか婚約者を変えるのを駄目って言われてたの? あなた伯爵……お父様に話してきたって言ってたけど、了解を得たかのような口ぶりだったじゃないの」

「言ったところで俺を退けるいい口実を与えるだけだったからな。ま、そんなものがなくとも今だって釣れないけど」

「この先もずっと餌には食い付きません!」


 伯爵の目に余った今回の媚薬騒動では、ニコルちゃんが駄目ならアイリスしか選択肢がないにもかかわらず、ローゼンバーグ伯爵は簡単には首を縦に振らなかったみたいね。


 ……心の距離があるんだとは言え、伯爵は手に余るお荷物を好都合とばかりにさっさと放り出す人間じゃないのね。

 むしろ、ウィリアムに申し訳なく思っていて、アイリスが嫁いだ場合婚家で何か厄介事を起こさないかって懸念と、そしてその場合伯爵家の体面が悪くならないか、その点を不安視していたのかも。

 日記を読んだ印象だと、伯爵は悪人ではないけどどこか頭の固い男って感じだったものね。娘の屈折に気付かなかったのも、そんな融通の利かない性格のせいだったのかもしれないわ。


「でもどうして許してくれたの?」

「俺と君は既にここで何日も同棲しているし、つまり一夜の過ちじゃあなく行く所まで行ったからもう仕方がないと思ったようだな。実際は残念ながら君はあの一晩以来何もさせてくれないけど」

「当ったり前でしょ! それに同棲じゃなく、同居、よ。あなたはただの居候。そこの所をお間違いなく」


 強気な態度に辟易とでもしたのか彼は微苦笑を浮かべた。そうすればポーカーフェイスの下の人間味が垣間見えた。


「……ねえ、あなたホントに結構疲れてるでしょ。ろくな休息もしないで私の看病とかで連日動いてて睡眠不足なんじゃないの?」

「大丈夫だよ」

「カッコ付けね」

「は?」


 今まで見ていた余裕の表情が少し崩れて嬉しくなった。してやったりだわ。


「この際同居人のよしみで言っておくと、過労は体に毒よ。だから今日はもう静かに一人でゆったり広いベッドでゆっくり寝て頂戴。さすがに過労死って言葉くらいは知ってるでしょ。命は一個しかないんだから粗末にしないのよ」


 半分は勿論本音、もう半分は反論で駄目なら諭してみるのはどうかと思ってその策に出てみたんだけど、大失敗だったのかじっとこっちを見下ろしていたウィリアムが圧し掛かってきた。


「わっちょっと待って大声出すわよ!?」


 人払いされてるしきっと誰も来ないだろうけどね!

 ああもう、日記ってばこんな時こそ顔面日記アタ~ックとかかまして助けてよ!


「ハハ……」


 ウィリアムは脱力したように笑ったかと思えば、くるりと体勢を反転させた。

 私は望まずも彼に乗っかる形になったけど、これ幸いと逃げようにも腰に腕を回されてしまって動けない。


「心配してくれるのか」

「あなたに万一があったら寝覚めが悪いでしょ」

「人はそれを心配と言う」

「お、王子様を死なせたらうちが罰せられるからよ」

「下手な嘘だな」

「もう勝手に解釈してどうぞ!」


 あの手この手を試してみても、彼には全部見透かされているようでやりにくいったらない。みぞおちに掌底を叩き込んで差し上げようかしらなんて思っていると不穏な思考をも感じ取ったのか彼は腕を解いてくれた。

 何故か片手で自身の額を覆うと、力を抜いたようにして笑い出す。


「……君は本当に手強いな。全てが振り出しに戻った気分だよ」

「振り出し? 一体何の話?」


 彼の笑い含んだ意味不明な呟きに、私の声音は立腹から困惑に変わった。

 そんな変化をどう思ったのか、額から手を離したウィリアムはその指先に私の薄茶の髪を一房巻き付ける。あーもうこっちが気を抜くとすぐこれだから。


「全く本当に君は、以前のアイリス・ローゼンバーグじゃないんだな」

「え、ええそうよ。ちゃんとそう言ったでしょ」


 メイドには意地悪をしなくなったし、人を見下して物を言ったり理不尽な我が儘を言ったりもしなくなった。ああウィリアムへは例外中の例外ね。

 それは私にとっては考える以前の当たり前の事だけど、今までのアイリスにとっては違っていた。

 髪の毛を引っ張ってでも強引に逃れるべきかと思案していると、もう手遊びはいいのか彼の方から解放してくれた。

 それがちょっと意外ですぐには動けないでいると、隙ありとでも言うように頭と背中に手を回されてまたもや抱きしめられてしまった。


「ちょっと!」

「信じられないけど、全然違うのに、君だ」


 トクトクトクと布越しに伝わってくる少し速い心音と心地よい温もり、それから彼の初めて聞くような深い安堵のある抑揚に、これ以上の文句は喉の奥で霧散してしまった。

 本当にどうしたんだろう……?

 表情を見なくても、知っている姿と様子が違うのは何となくわかる。

 何だか、傷付いて弱っている雛とか小動物みたいって思った。

 でもどうして彼は突然こんな風に泣きそうにも聞こえる声で抱きしめてくるの?

 気まぐれ?


 こんな風にされたら良心が邪魔をして突き放せないじゃない。


 ……とは言え、夜更けにいつまでもこんな体勢でいるのはまずい。甘い顔だってしていられない。何かその手の演技かもしれないもの。


「あのね、泣いたって絆されないわよ」

「泣いてない。俺がここに居たいのは、さっきからの君がとても不安定に見えて心配だったんだ。眠い時か深刻な悩み事のある時は割と無口になるだろう君は」

「えっどっどうかしら」


 ウィリアムの前では意識しないようにしていた茫漠とした焦りと不安が、遠方から不気味な速度で近付く黒い砂嵐にも似て、胸中を暴風と(かげ)りに巻き込んでいたけど、自覚なくそれが出ちゃってたのかもしれない。彼はそんなとこまで気付いてたの?

 どこまで鋭いのよこの人。


「一人で不安がっているくらいなら、不本意でも何でも一度は俺に相談してくれ。たとえ解決の役には立たなくとも、こうやって抱きしめて君の傍にいるくらいは出来る。俺は君の心にも寄り添いたい」


 直に響くイケボ以上に彼の気遣いに満ちた台詞が心臓をきゅうっと苦しくして高鳴らせた。

 何もしなければ確実にデッドエンド。

 何かをしてもきっとデッドエンド。

 隠し日記を読んで気持ち的には沈んでいて、そんなじめじめした気分の中じゃ心だって不安定のままなのは否定しない。

 でもね、この先私の身に何が待ち受けるにせよ、全ての片が付くまでは人生の命運なんて誰にもわからない。

 だから諦めないってそう思ってる。

 それでもやっぱり三日後は怖い。

 この人には言わないけど……。


「その思いやりだけ有難くもらっておくわ。でも私は平気。まだ三日あるし、その間に魔法を解除してハッピー令嬢ライフを送る予定なんだから」

「強がり」


 そう囁いたウィリアムが大きな掌で目隠しをしてきた。

 完全に何も見えなくなる。


「いきなり何っ…」

「アイリス嬢」


 今度の囁きは耳元にかなり近かった。


「なっ、ななな何で目隠しなんてするのよ!」

「これ以上こんな至近距離で顔を見てたら()たないから」

「なにが!?」


 どどどどうしようこのままだと狼男に食べられちゃう誰か来てーっ!

 声なき救命の声を上げた時、くっくっと低く笑う声が聞こえた。

 え、何?


「君は強く迫ると、こういう風に動揺するんだな。新発見だった」

「……は? はああ!?」


 カッチーンときた。

 揶揄(からか)い全開の相手に翻弄されて無様に狼狽(うろた)えた自分が情けない。手を払いのけて猛抗議しようとした矢先、目隠しは外さないまま額に何かがちゅっと触れて離れた。


「俺はそっちの長椅子に移る。何もしないから安心しろ。体力回復のためにも今夜はきちんと眠らないと駄目だからな。せめて今くらいは信用してくれ。――おやすみ、アイリス嬢」


 彼はそう言いながら私の下から抜け出してベッドを降りたけど、はい? 今の何? 知ってるけど知らないでいた方が良さそうな感触に暫しぽかんと目を見開いちゃったわよ。

 ギギギと錆びたブリキ人形みたいに動きの硬い視線で追えば、彼はさっさと壁際の長椅子まで行ってごろ寝した。

 何したのって確かめるのは何となく悔しいし、間抜けな気がして何も言えなかった。





 しばらく様子見をしてたけど、ウィリアムは宣言通り夜這いを仕掛けてくる気配はなかった。もう寝ているのか横になった体の上で両手を組んだリラックスのポーズで目を閉じている。

 ぐぬぬぬ、マイペース過ぎるわ!

 とは言え、気力や戦意を保つには万全の体調管理が必要ねってわけで、ウィリアムに言われた通り私もきっちり休もうと思った。

 良質な睡眠には締めつけのあるドレスじゃ無理があるから今度は自分でちゃんと寝間着にだって着替えたわ。ウィリアムが動かないから渋々続き部屋の方で隠れて着替えたけど日記の手を借りられなくて難儀した。


 まあそれはいいとして、ベッドの中で目を閉じて安静にしてみるけど、望みに反して眠気なんて微塵も湧きやしなかった。


 横になってれば眠れるかもと思ってたけど要らん事ばっかり考えちゃって目は冴える一方よ。

 う~、この分じゃ朝まで眠れない気がする。

 言っておくと、室内灯は完全には消してないけど灯りがあるから眠れないってわけじゃない。

 仕方なく私はウィリアムを起こさないよう極力音を立てずにベッドから出てテーブルの上の日記を抱えた。彼がいるせいか日記はただの日記になって大人しくしている。

 抜き足差し足でベッドに戻って今日何度目になるだろう中身を開くと、仄明るいベッド(サイド)ランプの下、最後のページの文面を飽きずに何度も何度も目で往復した。


 いくら見つめても睨んでもこれは魔法なんかじゃなく、単なる黒インクで書かれた文字。


 たとえ消したところで救いに変わる奇跡はない。


「そんなの、わかってる……」


 声を殺して呟いた。





 しばらく経っても落ち込みは引かなかったけど、ともすれば泣き喚きたかった気分それ自体は落ち着いた。

 あーやめやめ、余計なあれこれは考えずに寝よ寝よ。冗談抜きに無理してでも睡眠取らないと。徹夜なんてしたら寝不足になってまともに頭が働かないもの。お肌にだって大敵よ。

 私は日記を枕元に置くと横になったままぼーっと天蓋の内側を見つめた。

 はあ~……やっぱり全っ然眠れない。

 眠りの魔法があればウィリアムに掛けてもらうんだけど……ってそれは愚策か。起きたらマッパだったら困るもの。まあそこまで変態で鬼畜じゃないとは思うけど、リラックスできて眠気を誘うアロマでもあればなあ。

 魔法具でもいい。


 でも魔法具、か。


 ……んんん? そうよ魔法具よ!


 私の究極に悩める思考に、ふと一本の光明が射した。

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