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悪役令嬢は安眠したい。  作者: まるめぐ
第一章
37/133

36 離れに漂う破壊魔法3

 夕食を済ませた私はウィリアムの言いつけ通り大人しく部屋に留まって、長椅子の上で引き続き日記を読んでいた。

 しばらく集中して紙面に目を落とし何度か集中力が切れた頃に耳を欹ててみたけど、この部屋は言うまでもなく、続き部屋の方にもウィリアムはまだ戻って来ていなかった。


「いつまで探ってるのかしら。夕食はきちんと食べたのよね?」


 時間が経つにつれて彼を案じる気持ちが大きくなっていく。反面、破壊魔法を解除できなくても有能魔法使いの彼がいるからと思えば不安はだいぶ少なかった。進捗は芳しいのかどうか正直気にはなるけど、戻って来ないものは尋ねようもない。

 こっちはこっちで新情報なんて全くなく、いい加減読み物に疲れてきたのでパラパラと手慰みのように日記をめくった。


「馬鹿日記ってば何かヒント頂戴よ~」

「散々ボクの中を見て触って弄んでおいて酷い~ん」

「下らないこと言ってると重しを括りつけて噴水に一晩浸してやるわよ?」

「いや~ん」


 今は日記を開いてる状態だから表紙にある目と口は見えないけど、手足がだらんとローテーブルの上に伸びてて何かちょっと不気味だった。どうせなら消しとけばいいのに。


「あ、ねえ実はどこかのページが炙り出しとかになってない? で、そこに重要事項が記されてるとか。一回試してもいい?」

「駄目駄目。間違って燃えちゃったら大変じゃない」

「何よちょこっと焦げるくらい我慢できるでしょ」

「横暴~! 炙り出しはないから無駄だよ~!」


 言い合いをしつつページを捲り、白紙何十枚もを経て本当の本当に最後のページに至った時だ。


「――痛っ」


 手元への気もそぞろになっていたのもあって、迂闊にも紙の端っこで指を切った。

 じわりと切り口に赤い筋が浮かんで見る間に小さな赤い(たま)を形成する。

 一滴が日記の上に落ちた。


「あっごめん汚しちゃった!」

「ええ~? あれでもこのページは……」


 日記が何か言いかけたのも聞き逃し、慌てて拭き取ろうとした矢先、何と日記が血を吸収した。


「え? は?」


 あとには嘘のように元通りの真っ白い紙面が残る。


 どういうこと? まるで女神像の時みたいだけど……。


 そんな困惑の刹那だ、ペリリと乾いた糊が剥がれるような微かな音がしたのは。

 日記に問うことも忘れ唖然としていると、最後のページが仄かに発光しながら分裂した。

 ううん、違うわねこれは。最後のページはその一つ前のページと魔法でぴったり貼り付けてあったみたい。その糊が剥がれたんだわ。


「今の魔法よね……。私の血で解除されたってこと? それにあなた隠しページなんて持ってたの?」

「誰にでも秘密はあるものさ~」

「……さっきは隠しメッセージの存在を知らなかったくせによく言うわ」

「えーあれはボクにもどうにもできないやつだよ~。基本NPCの役割以外のあれこれはこの世界の影響を色濃く受けちゃうからねん。何せボクは喋るだけのただの日記だし~。ボクの責任じゃないも~ん」


 依然ローテーブルに広げたままのアイリス日記は実に呑気な口調。ホホホもう詰るべく言葉もないですわ~。


「まあ、見つけられたからには肯定するしかないけどね」

「でもどうしてわざわざ魔法で隠してまで、こんなページを作ったの?」

「それは中身を読んでみてよ」

「……相変わらず口頭で説明する気はないわけね」

「あはは~」


 これ以上目くじらを立てても徒労だと思い直して、私は渋々隠しページへと目を走らせた。

 そこには紛れもないアイリスの筆跡でこんな文が記されていた。


【正直迷いましたけれど、わたくしの日記にわたくしの事を記すのは当然ですわよね。ただ、万一誰かに読まれないように秘密の真実はここに封じておくとしましょう】


 そんな文章から始まった密かな告白は、私にとって看過できない情報をもたらす羽目になる。


【わたくしの人生最後になる仕掛けへの代償は、わたくしの血。魔法使いが言うには、わたくしの血は魔法具にも成り得るのですって。しかもわたくしの血で彼の仕掛けた魔法の解除が出来るようにもしたなんて言っていましたから、まあ何て余計な真似をと思いましたわ】


 そっか、私の停止の意思も勿論影響したとは思うけど、だから暴走しかけた女神像はあっさり落ち着いたのね。

 なら残りを見つければこっちの勝ちじゃない。

 ウィリアムが戻ってきたら是非是非この新事実を教えなきゃ。

 私は財宝の地図を見つけたようなほくほくとした気分で、まだ途中だった隠し日記の続きを読み進めた。


【彼は、わたくしのこの本当の破滅エンドを愉しげに魔法実験と称していましたわね。保険的に威力は三段階にしてと依頼したせいかとても張り切っていましたし。余計な事をしなければいいのですけれど。まあそうとは言え、相談もなしに設定された血の解除に関しては確かに腹は立ちましたけれど、結局の所こちらの目的を果たせればそれで良いのですし、目を瞑っておきましょうか。ただ一つ、わたくしに確実に言えるのは――】


「何、これ……そんな……」


 目の前に晒された日記内容を視界に収めたまま絶句するほかなかった。

 アイリスはワル魔法使いが余計な事をするって予想していたのね。

 ただ、絶句の原因は頗るそこじゃない。


【わたくしに確実に言えるのは】


 その文言の先には、私がどうあっても死亡フラグを回避できない理由が書かれていた。





 鏡を覗けば顔色の悪さがまだ少し目立った。


「ウィリアムってばホントに随分遅いわね。夕ご飯なんてとっくに消化しちゃって夜食が欲しいくらいだわ。……まぁでもかえってよかったのかも」


 早々に戻って来られてもどうしたその顔って言われたろうから。彼が戻ってくる前に何とかしようと、日記をダンベル代わりに結構長い時間体を動かして血行を良くしてようやくこのレベルだもの。


「……食後の筋トレか?」

「あっ、あらお帰りなさい。まあ、そんなとこ~」


 あと一回で終わりにしようかって時に限ってタイミング悪く戻ってきたウィリアムに、日記を両手で持ち上げている場面をばっちり見られたけど、これ前もあったわねー。


「遅かったじゃない」

「ああ、本邸の方にも行ってきたからな。ニコル嬢の調査状況を聞いてきた」

「ああそうだったのね」

「何だ着替えたのか」

「もちろんよ。持ってる中で一番脱がせにくそうなドレスよこれ。あなたに掛かれば貫頭衣タイプの寝間着なんてスポーンと脱がされちゃうものね、ホホホ」

「……」


 これみよがしに言ってやれば、彼は呆れたのか面倒そうに目を眇めた。


「逆に着替える時に苦労するんじゃないのか? 後ろのボタンを外す時なんか俺の手が必要になるかもな。というかよく一人で着替えられたな。……誰か呼んだのか?」

「えっ、実は関節柔軟性がとびきり良いのよ私~。うふふ知らなかった~?」


 我ながら苦しい言い訳ね。実は背中部分は日記に手伝ってもらったから、脱ぐ時もまた日記に手伝ってもらおうとは思ってる。

 別に好きじゃない相手でも婚約しようと考えてる相手だからか、案外所有欲の強いっぽいウィリアムの機嫌がまた下降しつつあるから、こいつがやりましたって日記を差し出したいけど、日記に日記のこと話していいかって確認取っとくのを忘れてたからそれも出来ない。

 それでも、心の動揺を悟られなかったのは幸いだった。


 隠し日記には、クレーターさえできちゃう最後の魔法を解除できるのは、唯一アイリスの血だけとあった。


 それまでの破滅魔法とは違って、そこだけは他の如何なる魔法も魔法具も、抑制は不可能。


 だから、ウィリアムには解除できない。


 しかも必要な血を使えばアイリスは失血死する。


 解除しないで遠くに逃げたところで、どうせ発動時に転送魔法で強制的にローゼンバーグの屋敷に戻される。


 そこで血を使って解除が間に合ったとしても失血死するんだから、二者択一のどちらを選んでもアイリス・ローゼンバーグは死亡する。


 要は、危険度中をクリアできてもその次は絶対に避けられない。

 正直死亡エンドだってわかってもなお抗うなんて無駄だと、何もせず投げやりになってしまいたい気持ちもあった。

 でも、そうしない。

 本邸まで及ぶ破壊魔法を阻止して皆を護らないといけないんだもの。


 ――たとえ死んでも。


 ――だけど易々と死んでやるつもりなんてない。


 これは二律背反ってやつで自分でも矛盾している気持ちだって思う。それでも紛れもなくどちらも自分の中から生まれた強い気持ちなの。

 何でも用いて足掻いてやるわ。

 だからこそウィリアムやニコルちゃんにはこの事実を伏せておく。

 理由の半分としては無駄に心配を掛けるだけだし、最後まで付き合わせたくないからね。

 日記はチェストの抽斗の中にしまった。

 だってもしも最後のページを読まれて、全てはアイリスのせいだって知られたらと思えば、怖い。

 血の事実を伏せておく理由のもう半分はこの自己保身だった。

 しかも言わないじゃなく、言えないだし。

 全然褒められたものじゃないのはわかってる。

 でもどうして怖いのか?

 私じゃない元祖の仕業だって訴えても、他者から見れば私はアイリス本人でしかないし、仮に魂とか人格云々を信じてくれたとしても、事情を知っていて黙っていた事には違いない。

 ……失望される。


「アイリス嬢? 俺が護ると言っただろう。そんなに心配そうな顔をするな」

「あ……うん、ありがと」


 そうなのよね、今夜の魔法で死ぬかもって嫌な予感はない。予感で判断できる状況じゃないんだけど、それでも私は今夜は死なないと思う。

 定番位置の長椅子の上のウィリアム様が向かいの私の方を見て眉をひそめた。

 どうも無意識に顔が暗くなっていたみたい。これ以上妙な勘繰りをされても困るし、私は早々に両手で頬を揉み解した。


「まあ俺を十全に信用しろって言うのはまだ無理か」

「えっ、それは違うわ! あなたのことは信じてるわよ!」


 ってあああ~もうっ、思いのほか熱弁になっちゃった。恥ずかしい~っ。


「……それはどうも」


 ほらあ~っ何だか弛んだ変な顔になってるし。


「えっとその、あのね、実は私もちょっとびっくりしててあなたにすぐには言い出せなかったんだけど、わかったの」

「わかったって、何が」

「死亡フラグの有効な回避方法が」

「何だって?」

「何と、私の血が解除の鍵らしいのよ」


 きっと安堵して喜んでくれるって思ってたら、彼ってば脚を組み直してやや顎を上げて目を細めて、露骨に猜疑的な態度になった。


「それも秘密の情報屋からの情報か? 確かに噴水では無効化されたとは言え、君はその情報を鵜呑みにするのか?」

「勿論よ」

「へぇ、そこまで信頼している相手なのか。……俺よりも?」

「え? まあこれに関してはそうね」


 最後の部分は声が小さくて何言ってるのかわからなかったけど、この世界じゃ日記が一番信用できる相手よね。まあこっちから聞かないと必要な事実を敢えて黙っていたりもするムカつく部分もあるけども。

 何故かどんよりとしたウィリアムに内心首を傾げたけど、思い立ったが吉日って言うように早いとこ動くべきだって意思が働いた。


「そうだわ、案ずるよりも生むが易しだし、魔法を探しながらにはなるけど実際にやってみましょ? 効けばあなたの疑いだって晴れるでしょ」

「……それはそうだけどな」


 戻って来たばかりですぐにまた出かけようなんて提案したせいか、ウィリアムはちょっと乗り気じゃなさそうにしたけど、私がめっちゃ乗り気だったからか結局は渋々椅子から腰を上げた。


「あ、そうだあなた夕飯は?」

「簡単に済ませてきた。…………新婚みたいなやり取りだな」


 また最後の方は聞き取れなかったけど、彼は何だか上機嫌になった。

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