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悪役令嬢は安眠したい。  作者: まるめぐ
第一章
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28 アイリス・ローゼンバーグの秘密1

 笑い事じゃないのにまさに笑止千万よ!

 二人がザブザブと再び噴水に入ってこっちに来てくれてるけど、その前に音がした。


 ――ピシリと、石の女神像の腕に亀裂が入る嫌~な音が。


「も、脆くなってたのよね? 私じゃ重過ぎたってことじゃないわよねこれえええーっ!?」


 失礼しちゃうわって気持ちが半分、ヤバいって気持ちが半分。自由落下の法則に従ってフッとお腹の内部に空洞が生まれるような浮遊感を覚える。

 その感覚にゾッとして、咄嗟に女神像の半ばから折れた腕の先にしがみついた。


「――っ」


 指先に痛みが走って湿った感触がするから血が出たみたい。

 折角治してもらったのに鋭く割れた像の先端で切れたんだと思う。何せ加減なんて考えず力一杯掴んだから思いのほか深くいったかもしれない。生憎ぶら下がるような格好になった私から傷は見えないけど。

 でも白い像に私の赤い血が滴ってきて、それが余計に痛みを倍増させる。腕も疲れるしずっとこのままってわけにはいかないわね。

 だけど普段飛び降りないような高さからジャンプするって、ちょっと勇気が要る。

 着地の際に足首を捻るかも。ああでもその時はウィリアムかニコルちゃんに治してもらえばいいか。


 ――なーんてね。


 そんなこと呑気に言ってられないわ。それ以前の問題だもの。


 私が爆心地に転送されたからには、間違いなくまもなく爆発する。


 実際に、女神像が白から変じて不吉な色に輝き始めた。

 ドレスの時と一緒で赤黒い色に。

 掴んでいた石の腕の先までが染まり、慄きに意識が占められていく。


 怖い怖い怖い怖い、今すぐ逃げたい!


 ――――でも!


「二人は今すぐ魔法でも何でもいいから使って逃げて!」


 私はきっと最善だろう決断を叫んだ。

 ああ、私ってば非業の死を遂げる転生人生だったのね。

 ここに転生させた神様、どうか二人を巻き込まないで!

 それまでの猶予を頂戴!


「「できるわけないだろ(です)!」」


 ……でもね、こうなると思ってた。


 二人が私を置いていくわけがなかった。

 短い付き合いだけど、それくらいはわかる。

 だけどじゃあどうしろってのよ。

 私に自分の無力さを痛感させて、更には二人まで犠牲にするためにこんな転生をさせたってんなら、神様なんてぶっ飛ばしてやるんだから!


「あなたたちまで巻き込むのは不本意なのよ! 世間的には全然まだ妹とその婚約者なんだし、巻き添えに爆死とかって、そんなの後世まで語り継がれるとびきりあくどい悪女にされちゃうわ! 女魔王なんて呼ばれちゃうわよ! そんなの嫌だからさっさとどっか行ってってば!」


 それっぽい突き放し方をしてみるけど、二人に応じる気配はなかった。

 女神像は赤黒光一色で最早顔の表情もわからない。


「爆発なんてしないでよこの駄女神像ッ!」


 唾を飛ばしての必死の形相で像を掴む手に力を込め、お腹と心の底から叫んだ。

 それは見ようによっては、女神の折れた腕に縋ったようにも見えたかもしれない。

 だけど最後に弱者を嘲笑うかのように、光が一層禍々しくなった。


「いやーッ爆発すんなーーーーーーーーッッ!!」


 目を閉じても(まぶた)の裏にまで侵食してくる閃光の刹那、自分の血で掌が滑って、私の体は今度こそ落下の憂き目に遭った。

 僅かの距離を落ちながら、ああこれで人生詰んだ……と無念に思ってはらりと涙した。





 結果から言えば、私は無様に噴水に落ちてずぶ濡れになるなんて羽目にも、落ちて怪我をするなんて不運にも、そして――骨まで砕けるような爆発に遭うなんて災難にも遭わなかった。


 たぶん怖いくらいに両目を見開き、呆然としてハァッハァッと浅く荒い呼吸を繰り返す私は、ウィリアムに受け止められていた。

 逞しい腕の中に収まりながら、私は掠れた声でどこかうわ言のように問い掛ける。


「ば、ばく…はつ、は……? 爆発……しなかった、の……?」

「そうみたいだな」


 ウィリアムが答えてくれたけど、その間に自分でも状況を理解する。

 女神像は変わらずそこにあった。

 まるで何事もなかったかのように穏やかに微笑んで、そのままに。


 ――何で?


 てっきり爆発するんだと思ってた。


「もしかして……またダミー、とか?」


 私の第二の問いには答えず、ウィリアムはこっちを見下ろしつつも何故か眉をひそめた。


「……君はまた怪我なんてして」

「ねえ、どういうこと? だって爆発するはずじゃあ……?」


 彼は軽く目を閉じると左右に首を振る。


「俺にも不発に終わった理由はよくわからない」

「え、そうなの?」


 意外な台詞がきた。


「ああ、ただあの時は……いや」


 言葉を濁すように切った彼の眉間には一本線が刻まれている。彼も困惑してるみたい。

 でも自分だけが混乱してるんじゃないって思ったら、何か少し落ち着いたかも。


「姉様、何にせよ爆発しなくて幸いでした。大事にはなりましたが」

「大事? 何も起きなかったのにどこが?」

「その御手の怪我です。痛いですよね? ですが少しのご辛抱です!」


 依然ウィリアムに抱かれている私を覗き込んだニコルちゃんが心配顔で、だけど力強く頷いた。

 私の手を取って裂傷で血に塗れた指先をじっと見つめる。

 えっえっその物欲しそうな目、さっきも駄目って言ったしさすがに嘗めないわよね?


「いいことニコルちゃん、これはいつも庭で吹きさらしにされてる女神像を直接触った手なのよ。しかも爆弾化してた不穏な女神像でもあったんだから絶対駄目!」


 念のため手を引っ込めれば、ニコルちゃんは「勿体ない……」と小さく独りごちて残念至極な顔をした。

 もしもーし?


「ニコル嬢、おふざけは大概にして治すなら早く治してくれ。敢えて治癒役を君に譲っているというのに」

「別にふざけているわけでは……本気です」

「尚悪い」

「ビル兄様は相変わらず他者に冷たいですよね。……まあ、結ばれてぼくの姉様に優しくなったのはとてもいいことですが。ただ、猛烈に妬ましいですけど」


 ニコルちゃんのあけすけな言いように私はゴホゴホと噎せ込んだ。

 ああもう元祖のやらかしは今後もずっと私に纏わり付くんだわ。

 ウィリアムはウィリアムでフッと余裕っぽく笑ったけど、羞恥心ないのねえ!?

 でも、そもそもニコルちゃんは私には怒ってないのかしら?

 いくら百合希望でも婚約者を寝取られたんだし、アイリスに思う所はないの? いつかちゃんとそこを聞いてみたい気もするわ。


「ぼくの姉様を苦しめる痛いの痛いの地獄の果てまで飛んでけ~。はい、出来ました姉様」


 私が余所見して一人であーだこーだと思考に耽っている間にニコルちゃんは傷を治してくれていた。勿論指パクはなかったわよ。

 でも今のって呪文……なのかな~? 地獄の果てまでて……。


「あ、ありがとうニコルちゃん」

「いえ、姉様のお役に立ててこのニコル、無上の喜びです」

「あー……うん、それは光栄だわ」


 頬を掻こうとして、手にはさっきと同じく血が付いてるんだって思い出した。

 ウィリアムに下ろしてもらって噴水の水でまた洗うべきよね。

 彼に催促する前に私はふと女神像の折れた腕先に目をやった。

 あたかも女神像が怪我でもしたように、痛々しい感じで私の血が付いてるはずよ……って、あれ?


「えっ何で?」


 いきなり素っ頓狂な声を上げた私に、ウィリアムもニコルちゃんも俄かに緊張を走らせる。


「どうしたアイリス嬢?」

「姉様?」

「だってあそこ、私の血が付いてるはずなのに、――ないの!」

「何……?」

「あ、ホントですね」


 治った指先で私が指し示すのは、紛れもなく女神の折れた腕先だ。

 でもそこには凸凹とした鋭くも白い断面があるだけで、私の赤い血の痕跡は一切なかった。

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