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悪役令嬢は安眠したい。  作者: まるめぐ
第一章
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24 連鎖する災難

「よ、良がっだあああ~……」


 だけどホッとしたのも束の間だった。

 所定の位置から外れると着火する仕組みになっていたのか、何と導火線の先端にシュボッと火が点いた。


「何でええええーーーーッッ!?」


 直に手に持っているから爆発したら人生即アウトに違いなく、どうにか火を消そうと私は噴水の中に両手を突っ込んだ。だって普通火を消すなら水でしょ。

 ふう、これで一安心……と思いきや、火は消えず水中なのにバチバチ言って徐々に導火線の長さを短くしていく。


「いやあああドレスの時と一緒じゃないのーっ! ひいいいッ爆発する爆発する爆発するーーーーッッ!」


 恐怖に戦慄し慌てふためいて、正直自分でも何が適切かわからなかった私は両手で導火線を押さえた。

 火元を押さえたり叩いて炎を消そうとするのと同じ心理ね。酸素がなければ燃えないはずだ、なんて科学知識が頭の片隅に浮かんで無謀で半端な真似をしたってわけだった。

 火元の導線を握り締め、灼熱の痛みに歯を食いしばる。

 冷静に考えれば魔法の火には効果がないんだってわかりそうなのに、軽くパニックになっていた私は愚かにも失念していた。


「お願いお願いお願い消えて消えて消えて消えてーーーーッ!」


 悪霊退散!と除霊中の霊媒師もかくやな勢いで台詞を放ち、皮膚を焼いて肉を焼いて滲む血までを炎に巻き込む両手の惨状にも気が回らない程に、心でもそう念じた。


 一瞬、導火線を握った掌の中が仄かに白く光ったように見えた。


 え? 何? 見間違い?


 それでも導火線の不吉な発火音がしなくなったので両手を開いてみれば、何と火が消えている。


「な、何で? 水でも消えなかったのに……」


 疑問には思った。

 でも魔法の火が消えたって事実よりも、直面していた死の危険から解放された喜びの方が勝った私は、今はまだ両手の痛みも忘れ不格好な笑いを顔に貼り付ける。


「た、助かったあー……」


 噴水の中にへたり込んで今はもう沈黙するボ○バーマン爆弾を見下ろした、刹那。


「――アイリス嬢っ上だ!」


 へ? 上?


 聞こえた声に何かを思うよりも、素直に促されるまま頭上を仰ぎ見た私の菫色の瞳に、青空を背景とした無数の黒い球が映り込む。


 ――爆弾だ。


 一つが外れたせいで、他の爆弾たちにも重心の乱れが波及したのかもしれない。

 女神像の手にこんもりと盛られていた全部がバラけるようにして放り出されていた。

 さすがにビルの三階四階までは高さのない彫像だけど、そもそも台座が高いから見上げる高さではあったし、私は現在噴水の底にへたり込んでいる。力学的に言って黒爆弾の位置エネルギーは決して小さくはない。加えて表面は硬く中にはきっと火薬が目一杯詰まっているんだと思う、この今持ってる爆弾を参考にするならね。

 ボーリングの(たま)……とまではいかないまでも重さがそれなりだもの。

 そしてやっぱり所定の位置から動くと導火線に火か点く仕組みなのか、一斉に着火した。


 そんな物が落下してきたら、たぶんただでは済まない。


 ひいいっ頭割れるーっ!


 大きく瞠目した私は一つ目の爆弾を離し、反射的に自分の身を庇うように両腕を翳して盾にした。

 全身を硬くしてギュッと目も瞑る。


 ――せめて当たり所が悪くありませんようにーっ!


 ドボンドボンボチャンボチャンボチャン……と水面に当たって水底に沈む鉄球の重い落下音が幾つも聞こえた。

 でも私には、一向に落下物の衝撃が来ない。


 …………え、もしや当たらなかった?


「うっそ超幸運じゃないわた…し……」


 大喜びしてパッと目を開け顔を上げた私の意識と視界に飛び込んだのは、一人の男。


 注意喚起する声は確かに聞こえたけど、いつの間に私の傍に来たのか長い脚でしっかりと立ち、伸ばした腕の先には、そのまま放っておいたなら確実に私の頭上に落ちていただろう幾つもの爆弾を浮かせている。

 それらの導火線に点いていた火は、線香が消えるように細い白煙を残して消えた。水中に落ちた物からも魔法の火は消えている。

 状況から私を救ってくれたのは明白で、その男は金髪をさらりと揺らして呆ける私を見下ろしてきた。


「ウィリアム様……」

「何とか間に合ったな」


 彼は微笑むでもなく冷然とした面持ちでそう告げると、次には浮かせていた爆弾を噴水の中にドボンドボンと全て落とし、妙に怖い顔で私へと屈み込んだ。


「どうして俺を呼ばなかった? 協力すると言っただろう? それとも君は一人でこれらの処理ができるのか?」

「できない、けど……」


 間が悪いとはこの事よね。

 ううん落下物から救ってくれたのは間が良いのかもしれないけど、呼びに行こうとは思ってたのよ。けどそんな反論も今はできなくて悄然と俯いてしまった。だってこの場に留まってた私の判断が悪かったのは否定できない。


 その結果、彼まで噴水の中に入らせてしまった。


 思い切り誤発動してるじゃないって文句は飲み込んだ。

 黙して下げた目線の先に、水に浸かった自分の両手が見える。

 酷い火傷に皮膚は赤くただれ、中途半端に焼けた掌全体から血が染み出していて見るからに痛々しい。鉄錆の臭いにも似た血の臭いと焦げたような臭いが混ざり合っていて正直気分が悪かった。

 その反面どこか他人事のように、ああ水の中に血が溶け出していくようだわ……なんて自嘲ともつかない気分で思いつつ、ほとんど麻痺していた痛覚が存在を思い出したように痛みを主張するのを感じていた。

 そんな最中、水中に進入してきた大きな手が私の細い手首を両方とも掴み上げた。


「これはどういうことだ?」

「……導火線の火を消そうと躍起になって押さえた結果」


 決して力は強くなかったけど、しっかりと手首を掴むウィリアムは心底不可解そうにした。


「消えたのか? 君が掌で押さえて? 他同様に発火魔法の一種が掛かっていたはずだろうに」

「うん。でも消えたのよね。数もあるからたまたまあった不良品かしら。まあおかげでこんなになっちゃったけど」


 痛みを我慢して不自然に体を強張らせている私は、気丈に苦笑を浮かべてやった。

 だってこの人、怒ったように険しい表情だったくせに、私の怪我を見た途端あんまりにもらしくなく心配そうな顔になるんだもの。

 日記の中の素っ気ない王子様は本当にどこに行っちゃったのよ。外側は令嬢でも中身はド庶民な私の前だとうっかり気が緩むのかしらね。調子が狂うなんて思っていると、彼が落胆のような嘆息を落とした。


「全く、君はちょっと目を離すと窮地に陥るのが売りなのか? 随分と無茶をする……」


 ああこれ、落胆じゃない。

 きっと安堵と呆れが綯い交ぜみたいなやつだわ。あと少しの苛立ちも。


「……ごめんなさい。それとありがとう」


 そんな感情を向けられているのを感じれば、照れ臭いのと申し訳ないのとで、するりと口から謝罪と感謝の気持ちが出てきた。

 私の言葉を聞いて、ウィリアムは一度ゆるりと瞬くと微苦笑を浮かべる。


「待ってろ、いま治すから」

「あ、うんよろしくどうぞ~」

「よろしくどうぞって……」


 些か温い空気が流れたけど、真面目に結構痛かったし、治してもらえるなら早くそうしてもらいたくて両手から力を抜いて魔法使いウィリアム様にお任せする。

 空気にか私の無防備さにか、またもや微かに口の端を引き上げた彼は、ただ、どうしてか上向けにした私の掌へと顔を近付けた。


「は!? ちょっと!」

「何だ? 火傷の状態をよく見ようとしただけだろう?」

「どうだか!」


 何しろこの男には前科があるものね。治癒魔法を使うのにこんなに顔を近付ける必要ってないでしょ!


「ややややっぱり放して! ハンドパワーって感じで手を翳して治してくれればいいから!」

「……」


 私は掴まれていた手首を強引に引っ込めた。

 だけど勢い余ってそのまま後ろに倒れそうになる。


「ひゃあっ!」


 既にドレスはびっしょびしょだから今更動じる必要もないんだけど、偽らざる本音としてはやっぱり顔まで水ボチャは勘弁だ。そんな感情が表情にも出ていたんだろう。

 微かに皮肉そうに笑んだウィリアムに今度は背中を抱かれて支えられた。

 もう片方の手を彼は私の(あご)先に添える。


「君は馬鹿なのか?」

「そ、それはあなたがまたッ」

「また?」

「……ッ」


 手にキスしようとするから――なんて言葉は意識しているのがバレバレで言いたくなくて、無言で悔しげに睨み付けていると、またも手首を掴まれた。


「……え?」


 だけどウィリアムは片手で私の背中を支えて、もう一方の手で顎クイまでしてくれちゃっている。


 ……なら、この手はだぁれの手?


 急いで目を動かせば、最初にさらりとした銀髪が視界の端に入り、次いで随分と丹精込めて作られたんだろうビスクドールの顔が……ってああニコルちゃんでしたニコルちゃん。


「ニ、ニコルちゃん? ここで何して……――は!?」


 真剣な面持ちで私の掌の惨状を見つめていたニコルちゃんは、何を思ったかウィリアムの真似事をした。


 つまりは、血塗れの掌へと唇を寄せてきた。

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