17 フラグ回避は甘くない
私を意味深に見つめてくるウィリアムだったけど、色気で迫るとかそういう雰囲気じゃ全くなかった。
アイリス日記を読んで受けた彼の冷たさは鳴りを潜め、何かを酷く案じるような張りつめたものがある。
一体全体この人はどうしたって言うの?
「アイリス嬢、一つ聞く」
「う、うん、何?」
いきなり問われ思わず反射的に身構えてしまった。
ウィリアムってば私のそんな様子に微苦笑を浮かべるから、本当に彼は冷淡なのかしらってちょっと思ったわ。
「この飴玉を嘗めた記憶は?」
そう問うたウィリアムは、私の中の何かを感じ取ろうとでもするように目を凝らして尚も見つめてくる。
「え? え? 何でそんなこと聞くの?」
戸惑いを浮かべる私を急かさずに、彼は説明が先だと考えたのかもしれない、視線も態度も冷静に一歩引いた。
「一応言うと、この飴にもドレス同様に発火魔法が掛けられている」
ウィリアムの手の小さな丸いそれは綺麗に白い色をしてるから、きっと薄荷味だと思う。
試しに鼻先を近付けてみたらスッキリ爽快な匂いがしたから間違いないわ。
「なるほどハッカ味なだけに!」
「……そういうのは、今はいい」
「あ、はい、スイマセン」
大真面目な顔付きの彼から初めて真面目に怒られた。
燃える飴玉なんてちょっと想像しにくいけど、知らないで深夜の寝ているうちに火なんか出されたら、他に燃え移っちゃって気付いたら周りが火の海でしたなんて最悪の事態にもなりかねない。こわ~。
あ、そう言えば昨日この容器の中身を確かめた時は一粒落っことしちゃって、その欠片を食べたっけ。
……因みにその時の飴も薄荷味だったわね。
でもまさかその飴玉が今彼の手にあるそれって偶然はないわよね……?
他にも薄荷味色のはあるし。そんな偶然……。
彼の掌の飴玉には小さな欠損が見受けられた。
つまり、欠けていた。
……あ、飴玉だし、か、欠けることくらいあるわよね!
「ええーっと、ところで嘗めるのと魔法の流出って現象にはどう関係があるの? 元より、流出って言われてもよくわからないし」
「魔法の流出と言うのは、そうだな……林檎を齧れば齧って減った分の跡がつくように、この飴から完全な形での魔法が目減りしていると言えば理解し易いと思う」
「なるほど」
すると、ウィリアムは更に続けてじ~っと私の顔を凝視してきた。
その目には、目の前の小さな子供が内緒でおやつを盗み食いしたのを明らかにしようとする咎めの色……というよりも、まるでその子の食べたおやつが毒入りで、死に直結する危機に瀕しているような深刻さを孕んでいる。我知らず喉が鳴った。
「この飴は一度誰かに嘗められている。魔法が明らかに目減りしているからな。……ただ、おそらくは嘗めると言うよりこれの欠けた部分を食べたんだろうな」
「かっ欠けた部分を!? そそそれってその人は大変なことになったりするの?」
「ああたぶんな。これは最初に飴の素材を使用して微小な細さで魔法陣を描き、それを球状に固めて作った魔法の飴だ。魔法陣の形はそれとして目には見えなくなるが、魔法効果はそのままという厄介な代物なんだ。加えて、たとえ小さな欠片でも全体積に占めるそれの割合分の効果はきっちり持つ」
「割合分の効果……」
誰かがわざわざここに来てその飴を一度嘗めて戻すなんてことは到底考えられない。
じゃああの時の飴玉がまさにそれで、ビンゴってわけだー!
瓶に数ある飴玉の中から一発で大当たりを引き当てただなんて……っ。燃えちゃったドレスといい的中しまくりじゃないの。相当運がない。泣きたいっっ。
日記の「ツイてないね~」って声が脳裏に甦った。全くよもう。
私は咄嗟に、ウィリアムがいるからかまだ狸寝入りしている日記を睨みつけてしまった。
駄目日記はこの飴玉とか他の発火ドレスの可能性を知ってたんじゃないのおおお~~?
「アイリス嬢? どこを見て……って、ああ、日記を付けたいのか。中身が変わっても日記好きは変わらないんだな」
「え? 隠しカバーまで重ねてたのに、バレてたの?」
「まあな。ローゼンバーグ家との婚約が持ち上がった折にうちで密かに行った身辺調査の結果が俺の所にも回ってきたんだよ。ブラック思考満載な中身をじっくり読む気はさらさらなかったけどな」
「ああ、そこまで……」
実は一部の人にこの存在がバッチリ知られていたってだけじゃなく、よりにもよって好きな人にこれは濃ゆ~い愚痴日記だとも知られてたんだー。
アイリス嬢の事本気で気の毒になってきた。
「ところで君はその……前世だか夢の中だかでも日記をよく付けるタイプの人間だったのか?」
「ま、まあそのようなメモ書きはよくしていたかも~?」
日記を付ける現代人は決して珍しくないけど、何となく葵にも言ってなかったこの趣味を暴露するのは気が引けて目を泳がせる。
「……俺の知り合いに、日記を付けているのを内緒にしていて、それがずっと俺にバレていないと思っていた人がいたな」
「へえ、それはどうやって気付いたの?」
「うっかり偽装表紙が外れたまま本棚に紛れ込んでいたことがあったんだ。暇潰しに書棚を眺めていたら見つけた」
「ああ……うっかり屋なのねその人。私もやったことあ……やりそうだから気を付けるわ」
「……」
ウィリアムは何かを言いたそうにした。でも大いに話が脱線していると気付いたのか、一つ軽く息をついて掌上の飴玉を他とは分けてか、戻さず鏡台の上に置いた。
「話を戻そう。これは悪辣としか言えない魔法だ。元来暗殺用だから当然と言えばそうだけどな。こんな物騒な物を仕込むなんて、どうしても本気で君を亡き者にしたい誰かが居るようだな。早々に見つけ出して捕まえた方がいい」
悪辣……。まさに元祖アイリスにピッタリの言葉よね。
しかもその誰かさんはある意味既に亡き者ですし~…………もうどうしろっちゅーねん!
「ねえ、あの、この飴は具体的にはどうって言うかどの程度の火が出るの?」
「ああこれは、標的に嘗めさせることでその標的の体内に発火魔法陣を流し込み、時が来たら体内から発火する」
「えっ……!?」
何その魔法、こっっっわ!
暗殺用って言ってたけど、下手すると毒物より質悪いんじゃない?
何故か、日記の「アウト~」というちょっとムカつく呑気な声が脳裏を過ぎっていった。
「ね、ねえ、そもそもこれがその魔法飴だなんて見た目には全然わからないんだけど。実はこっちの薄荷飴がそうとかって可能性はない~?」
私は往生際悪くもなけなしの可能性に縋りついてみた。
「ない」
あぁ、無常。
「魔力が込められていると言っただろう?」
「ですよねー」
「既に誰かの体内に魔法の一部が入り込んでしまっているようだが、問題は魔法の気配が微小過ぎて俺にもその行き先が感知できない点だよ」
そりゃまあ、ちっちゃい欠片だったものね。
「因みに、取り込んだ魔法を放置するとどうなるの?」
「いつかは、取り込んだ分の魔法が発動する」
「はッ!? そそそそれって人体発火するって意味!?」
「いや、全部を嘗め切っていないから割合的にそこまで燃えはしないだろうな。ただし断言はできない。これに掛けられた魔法がもう崩れているから正確な予測分析ができないんだよ。効果自体に変化が起こるのか、遅延やその逆の現象が起きるのかも含めて未知数だ」
「しょんなぁ……」
昨日平気だったのは天に感謝だわ……! でもまだ崖っぷちなのは変わらないっ。
私はかつてない程にざーっと血の気が引くのを感じていた。
ざっくりした理屈はわかった。この場合は遅延と考えて妥当よね。だからこの先私の体には異変が起きる。
耐えられないものだったならどうしよう!
そんな私の心中なんて知ってか知らずか、ウィリアムは再度の問いかけをしてくる。
「もう一度聞く。君はこれを、もしくは欠片を嘗めたのか?」
「え、えーっと」
でもこんな問い、そうだと認めれば貴族令嬢としてはしたない真似したのがバレちゃうじゃない。貴族令嬢はきっと落ちた物なんて食べないはずだもの。彼だって三秒ルールなんて概念すら抱いたことのない生粋の上流階級なんだし、知られたら蔑みの目で見られそう。
……ん? あらだけどじわじわと幻滅感を植え付けて嫌われちゃった方が、果ては婚約を諦めてくれるかもしれないんじゃないの?
きっとそうよ、うふふっ妙案。
とは言え彼の魔法使いとしての協力は欲しいから、全部の死亡フラグ回避までは嫌われる加減も考えないとならないか。
うーん、これは中々に難しい舵取りを迫られそうね。
往生際悪く答え渋っていると思われたのか、彼は念押しするように再再度の問いを重ねた。
「アイリス嬢、――嘗・め・た・の・か?」
圧が何か半端ないんですけどー……。
「……………………はい、嘗めました。欠片を」
私がやりました。
正直は一生の宝って言うし、根負けした私の懺悔に深々とした溜息をついたウィリアムが、極めて遺憾だとでも言う政治家のような面持ちで眉間を揉んだ。




