16 ウィリアムの室内捜索
「ところで今何時? もう朝食の時間?」
ベッドを降りてやや出張った柱の陰にある壁時計の傍に行って時刻を確かめていれば、背中にウィリアムの声が届く。
「せっかちだな君は。まだもうちょっと二人でゆっくりしていても誰も邪魔しには来ないさ。嫌でもメイドたちだって弁えているはずだからな。俺たちが惰眠を貪りたいくらいには疲れているに違いない……と思われているだろうし、無理無理起こしに現れるような無粋はもうしないだろう」
「あ、あなたねえ!」
彼の臭わせに私はカッと頬を赤くしたけど、好きに言わせておけばいいと思い直してプイッと視線を外した。
いちいち会話に付き合うから色気攻撃を食らうのよ。
「あなたはどこででも勝手に寝てればいいわ。私は自分の命が掛かってるんだし悠長にしてられないの。生憎寝こけちゃったからあれだけど、ホントなら徹夜でだって探したいくらいだったのよ」
確認した時刻は八時少し前。
学生や会社員なら立派な寝坊だ。
時計を見てないウィリアムは外の明るさから大よその時間を推定したのかもしれないけど、もう寝てる時間じゃないわよ。
ああでも貴族って朝は遅いなんて話を聞いたことあるし、この世界でも同じなら午前中はまだ全然早いってわけよね。ウィリアムの主張もこっちの常識では普通なのかも。
それはそれとして後はもう彼には取り合わず、死亡フラグ回避のためにこの離れにあるだろう危険物を調べに掛かろうと仕度を開始する。鏡の前で髪を梳かしているとウィリアムもベッドから出てきた。それには構わず私は鏡台から立ってクローゼットを開ける。
「何だ本当にもう動くのか」
「朝食前に少しでも調べようと思って。時間は有効に使わないとね。さてと、今日はどれを着ようかしら」
今着ているのは一晩着たまま寝ちゃったせいで皺が寄っちゃったし、さすがに着替えないとよね。
ハンガーに掛かっているのは昨日見たまんまにどれも可愛いブラックドレス達だ。同じく黒いヘッドドレスなんかも一緒に収められている。さらりと一通り見て凝ったデザインに惹かれて着ようと思った一着を引き抜こうと手を伸ばせば、後ろから伸びてきた白シャツの腕がその一着を抜き取った。
「ちょっと!」
「一つ目」
「え……と?」
「発火する魔法のドレスだよ」
「!?」
端正な横顔からさらりと発された言葉に私は目を丸くして恐る恐るそのドレスを見つめた。凝縮された意図を察したからだ。
ウィリアムの冗談とか嘘だとは全く思わなかった。
自分でも不思議だけど、彼の言葉への疑いなんて少しもなかった。
アイリス日記によれば、死亡フラグは三つのはずで、一つは昨晩へし折った。だから何か魔法具を見つけても、離れごと吹き飛ばすようなものか、それ以上のクレーターを形成する威力の物だと思う。
発火のドレスじゃ全然威力が足りないわ。そもそも他にその手のドレスがあるなんて思わなかった。解せない、アイリスは何も書いていなかったもの。
書き忘れたのか、それとも故意に書かなかったのかはわからない。
とにかく、二着目は想定外。
全く要らないことしてくれるんだから、なんて文句を言ったところで、存在しちゃってるものはどうにかしないとならないんだけどっ。
「じゃあ、このドレスも昨日と同じで深夜に燃えるの?」
「ああ。ただ発動条件があるようで、君が着用しないと発火もしないように設定されているみたいだな。他の人間には無害というわけだ」
「それはまた随分と細かいわね。まあ他の人に影響がないのはいいことだけど。ねぇ、因みにそれのどこら辺に魔法陣があるの?」
ウィリアムの陰から覗き込むようにしてドレスを遠巻きにしたのは、狙われている本人の接触がうっかり発動の引き金になりやしないかと臆病にも警戒したせいだ。彼を肉の盾にしようと思ったわけじゃないわ、うん。
たぶん着用がカウントダウンの条件で触るくらいなら問題はないんだろう。現に昨日なんてどこかしら触れていたはずだもの。我ながら臆病だわって少しばつが悪くなったけど、ウィリアムからの揶揄はなかった。
手の込みようと姑息さに戦慄さえ感じていると、彼は手にしていたブラックドレスを宙に浮かせた。
「え、何……」
彼の魔法でくるくると回転しながら、私の顔よりやや高い位置に浮かぶドレスは、その裾をふわりと綺麗に広げて真円を描いている。
「わからないか? 魔法陣が」
ヒントもなく問われ、内心さっさと教えてくれればいいのになんて文句を言いつつ素直に見上げて考えながら、どうして彼が敢えて魔法で浮かせたのかも加味してみる。
こうしないとよく見えない位置にあったってこと?
「パンチラ的な位置にあるとか? ああでもそれは着てる中身の方の問題よね」
「……君は何を言っているんだ?」
どこか呆れた風情で見られ、自分でも頓珍漢な発言だと思ったから口を噤んだ。
そのまま無言で凝視する。
くるくる、くるくると回るブラックドレス。
一着目のようにレースの編み込みに魔法陣らしいものはなかったし、刺繍にしても裾に沿ってぐるりとあるだけで……ん?
「――あ!」
ただ手に取って見るだけじゃきっとわからなかった。
それはたった今目の前に綺麗な真円を描いている。
「裾一周分の幾何学模様の刺繍が魔法陣になってるのね!」
「正解だ」
「うう、これは広げてもらわなきゃわからないわ」
ウィリアムはドレスの浮上魔法を解いてそのまま床に降ろすと、爪先をクローゼットから他へと向ける。
「クローゼットはこれで終わりだな」
「良かったもうないのね……え?」
終わりって言葉にホッとしたのも束の間、クローゼット「は」の部分に引っ掛かった。
「まさか、まだ何かあるの?」
「ああ。そっちの鏡台にな。この部屋にある魔法具はあと一つだ」
「ハハ……。ねえ、あなたってもしかしなくても発動もしてない魔法具の場所がわかるの?」
「多少なりとも魔力を宿しているからな。俺くらい優秀になると魔力の気配を辿って見つけられるんだよ。ただし、純粋に魔法なしの発火物や爆発物だったなら感覚には頼れないけどな」
「でも凄いわよ! トリュフ犬並み!」
「……たとえ方」
自分の部屋に複数の危険物があったなんて恐ろしいったらない。
もしかして三段階だから単純計算で三つじゃなくて、段階ごとに複数個ずつあるのかもしれない。事実第一段階じゃそうなっているもの。
薄ら寒い思いで床に置かれているドレスを一瞥すると彼より早く鏡台へと近付いた。数少ない抽斗の中にはブラックなリボンや黒瑪瑙とか黒真珠が嵌めこまれた高価そうな髪留めが入ってたっけ。そのどれかかあ。
さあどうぞとウィリアムを促すように抽斗を開けた私だったけど、そんな私の予想は外れた……というか甘かった。
「そこじゃない、これだ」
魔法使いの彼の言を疑うつもりはなかったけど、彼が示したのは鏡台の端に置かれたガラス容器だった。
幾つもの丸い飴玉の入ってる、私も一度手に取ったものだ。
「ガラス容器に魔法がって事?」
「いや、中身」
「ええっ飴ちゃん!? でも昨日直接一つ手に取ってじっくり眺めたけど変な所はなかったわよ。ホントに飴玉なの?」
「ああ、間違いない」
彼が冗談を言っているようには到底見えない。つまりは真実なんだわ。
だけど瓶には一見すると普通の丸い飴が沢山入っているだけ。サイズも女の子が一つ口に入れるのにちょうど良いものだし、色合いだってカラフルで綺麗だ。
だから具体的にどれがそうなのかわからない。
試しにまたガラス越しに眺めてみたけど、何か細かい模様が施されているとか言ったものはなくて、本当にこの無害そうな砂糖菓子に死へと続く物騒な魔法が込められているのか、正直疑問に思ってしまった。
「模様とかないけど、どれがそうなの? ま、まさか全部がなんて言わないわよね?」
「そう怖がるな、危険なのは一粒だけだから」
「そっか」
幾分ホッとした私の横でウィリアムは容器の蓋を開けると、中の飴玉を一つ長くて綺麗な指先でつまみ上げた。彼は掌に置いたそれを暫し見つめて眉をひそめる。
「……魔法が一部流出しているな」
魔法の流出?
何それ?
ウィリアムは何故か険しい顔付きになっている。
タンカーから漏れ出た重油じゃあるまいし、そこまで厄介なことなの?
そもそもどう言った現象を意味しているのかがまずわからない。
「ええと、魔法の流出ってどういうこと?」
その整い過ぎた表情を厳しいものにされて、いつになく近寄り難く思って遠慮がちに尋ねれば、彼はやや胡乱な目でじっとこっちを見つめた。




