11 深夜の魔法使い2
ドレスはほとんど大半が灰になっていた。
まだ少しぷすぷすと燃え残りを燃やしていたのも、見ているうちに終には完全に灰になった。
私はまだまだ絶賛取り乱し中だった。その場にへたり込まないでいられたのはウィリアムが黙って支えてくれていたおかげね。
「怖かっ……ッ」
一つ弱い本心をさらけ出したらもう駄目で、本当に小さな子供にでもなったみたいに無様にボロ泣きした。
だってこんなアクションスタント顔負けな場面に免疫なんてない。
彼が来てくれなければ冗談抜きに焼け死んでたのよ。
鼻水だって垂れてるし、誰に言われずともとんでもなくみっともない状態なのはわかってる。
中身二十歳を過ぎたいい歳こいた大人が泣きじゃくるなんて大概だわ。
でも今は十七歳のアイリスだし、ウィリアムは本当の私を知らないから大目に見てもらおう。
だって止まらないものは仕方がないじゃない。
ついでに不細工な泣き顔にドン退いて、結婚する気なんてなくなればいいのよ。
「もう大丈夫だから。大丈夫、大丈夫……大丈夫だ、アイリス嬢……」
だけど私の希望とは裏腹に、私の背中をトン、トン、とあやすように小さく何度も叩き、頭をぎゅっと抱き寄せてくれたウィリアムは、最後まで決して突き放したりはしなかった。
そういえばアイリス日記には、彼が気分の悪くなったお婆さんを心配していた記述もあったし、私の前では俺様で図々しいけど根はいい奴だったりするのかも。
バルコニーからの夜風に焦げた臭いが薄れる中、水と灰で汚れた部屋でしばらく私は恥も外聞もなくひたすら彼に縋った。
その間響いてきた、低く、控えめなウィリアムの宥めの声だけが、どうしてか奇妙な程に懐かしく感じて、荒れ狂っていた心に確かな凪を齎してくれた。
ただそうやって恐怖と混乱から解放されて涙も引いてくると、人間自然と自分のやらかした失態を冷静に顧みる事が出来るようになる。
もう火は勘弁だけど、顔面全部から火が出そうだった。
「……あ、あの、ええとウィリアム、さま……取り乱してご、ごめんなさいね~~?」
ぎこちなくも超絶気まずいような言葉を口にしてやんわりと両手で彼の胸を押しやれば、予想に反して離してくれない。
「いやあのね、もう大丈夫だから」
焦って仰のけば、目の前のウィリアムの表情はふざけた様子もなく真面目なものだった。
もしかしなくとも、この騒動は何事だと詰問するつもりかもしれない。
当たり前よね。
けどどう説明すべき?
自殺魔法の件は話せないし。
「え~とその~……話すと長いんだけど、とにかく迷惑掛けてごめんなさい。逃げないから離して」
「その格好でこのまま離れていいのか? 結構見えるぞ」
「……へ? 見えるって何が――!?」
疑問に思って彼の視線を追って見下ろせば、あられもない姿だった。辛うじて薄い下着を一枚身に付けているだけ。
そそそそうだったドレスがもうないんだったあああーッ!
心の中で悶絶するように叫んで頭を抱えた。
「ぬ、布っ布よ! 今すぐどこかにいい布ない!?」
先とは種類の違う慌ただしい思考で首を巡らせば、クローゼットが視界に入る。
うん、そうよ、背中を向ければ多少は平気よ。
そもそも一度は全部見られてるわけだし、今更過剰に恥じらってもきっと鼻で嗤われるだけで良いことはないわ。
密かに意気込めば「ふはっ」と噴き出す音が聞こえ、ふわりと何かが肩に掛けられた。
「布布連呼するって……くくくっははっ。ほら、君御所望の布だ」
両肩を包んでいるのは意外にもウィリアムのジレで、男物で大きいので無いよりはマシな程度だけど、羽織れば薄布一枚で際どかった部分も隠れた。
でも失礼な御仁ね、まだこの世界に慣れてないからドレスって言葉が咄嗟に浮かばなかっただけよ。
「……湿っちゃうけど?」
「ずぶ濡れにしたのは俺なんだし、ここで渋る理由もない」
「えー理由はあると思うけど。だって高そうなジレだし。第一私たちそこまで親密じゃないし」
「君が見せたがりなら別に強要はしない。見学者が俺しかいなくて残念だったな」
「――ッ、あああ有難く借りておきますわ!」
すぐに着替えて湿らせたままで突き返してやる……なんて底意地悪くも思っていたら「こんな時まで強がるな」ってウィリアムから鼻の頭を指でつつかれた。
「いたっ」
強くもない加減だったけど何故か妙に痛かった。
「赤くなっていると思ったら道理で。火傷だな」
「火傷……」
指摘されてやっとヒリヒリを自覚した。
さっきまでは切羽詰まってたせいで痛みを感じなかったみたい。
身の安全を理解して痛覚も平常運転に戻ったってわけね。
でも鼻の頭に火傷なんて、ティッシュを手放せない酷い鼻炎持ちみたいな顔になってるに違いないわ。この世界に皮膚にいい膏薬があるといいけど。
「痛いか?」
「少しね。ヒリヒリするけどこれくらいなら…」
答えた直後、いや最後まで言い終わらないうちに、ウィリアムの顔が近付いた。
――へ?
鼻の頭の火傷の部分に彼の唇が触れた。
「――は?」
いいい今の何?
意味がわからない。
ヒリヒリして痛いって言ってる火傷にキスするって、この人正気!?
「ちょっとあなた頭のネジが五本くらいぶっ飛んでるんじゃないの!?」
「失敬な。もう何ともないだろう?」
「何ともって……え、あ――痛くない?」
慄くように仰け反ったけど、言われてみればあら不思議、鼻の頭はもう何ともなかった。
「治ってるって、え、え、どうして? ウィリアム様、あなたの仕業なの!?」
そうだった、この人水の魔法使ってたっけ……ってそうよ魔法よ!
ウィリアムは魔法使いなの?
「仕業って言い方……。ハー、もう少し言葉を選んで欲しいものだな。傷を癒しただけで何も悪い事はしていないってのに、理不尽に責められている気分だ」
「勝手にキスしたじゃない!」
「媚薬を盛るよりは可愛げがあるだろう?」
「それは私じゃない前のアイリスよ」
「中身がどうであれ、君のその体が動いて俺に盛ったのは覆しようのない事実だ」
「うぐぐ……」
そう言われちゃ反論できない。
「で、でも怪我を癒すのにキスする必要なんてないじゃない」
「嫌でも直接そうしないと癒せない魔法なんだよ」
「え、そうなの?」
嫌でもって言葉が余計よ。けどラノベとかだと魔法には制約とか発動条件がある話もあるし、きっとここでもそういうものなのね。
「ごめんなさい、条件があるなんて知らなかったわ。でも治してくれてどうもありがとう。ああだけど忠告しておくと、私以外の女の子に説明もなく使ったら誤解を招くわよ、今の治癒魔法」
するとウィリアムは顎を引いてやや視線を下げて少し考えるような素振りを見せる。
「それもそうだな。君以外には使わないようにしよう」
「いや待って、単に使う前に相手に説明入れればいいだけでしょ」
それには特に言葉を返すでもなく、彼はじっとこっちを見つめてくる。
「アイリス嬢、燃えたドレスの件は当然、説明してくれるんだろう?」
「それはちょっと……」
反射的に答えて、はたと思い出す。
「っていうか確認したいんだけど、あなたって魔法使い? それとも魔法具で?」
「俺の魔法だよ」
「じゃあ本当に本物の魔法使いなのね!」
アイリスの日記には一切そんな記述はなかったけど、私って何て幸運なの。
魔法の相談役は彼で決まりかもしれない。
はしゃいだ私の様子をどう思ったのか、ウィリアムは「そうだよ」とひょいと片眉を持ち上げた。
「でもいいか? 最初に言っておくがこの事実は他言無用だ」
「え、何で?」
「他人に利用されるのは御免だ」
冷めた目だった。めっちゃ。




