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河童の消えた村  作者: マジコ
3/9

河童の消えた村 その3

青年は驚きのあまり慌ててしまった。バタバタともがいていると他の子分らが青年を助けようと泳いで来た。三人がかりで岸まで連れていき、青年もやっと落ち着いた。その日はみんな遊びを続ける気がなくなり、解散となった。

家に帰ると両親に溺れたことを報告した。両親は生きた心地がしなかったそうだ。何より驚いたのは何かに捕まれた感じがしたこととラムネのビンを川に投げ捨てたということであった。これは大変だと思った両親は次の日、村の幹部たちを家に呼び集めて会議を開いた。青年は何故こんなに大事になっているのか理解出来なかった。彼は年の割りに幼いのである。甘やかされたからであろう。青年は会議の様子をこっそり襖の間から覗いた。会議に参加している村人たちは一様に暗い顔をしていた。みんなが黙っている中で一人の男が声を出した。確か肝の座った勇気ある男として村人から一目置かれている人だ。


「もう、やってしまった以上は何か河童様のお怒りを鎮める手を打たねば。」

「どうするんだ?生け贄でも捧げるのか?」


薄ら笑いを浮かべて一人の村人が皮肉を言った。


「私はそんな時代遅れな生け贄で何とかしようなどとは思っていない。何か象徴的なことをしないかと思っているんだ。」

「象徴的な事ってなんだ?」

「例えば祭りを開いて河童様に捧げるとか。我々は決して河童様をぞんざいには扱ってないぞと示すんだ。」

「ふむ、それはいいかもしれない。」


青年の父は腕を組み難しい顔をしながら頷いた。

青年の父が賛成したので、満場一致で祭りを開いて河童様のお怒りを鎮めるということでまとまった。

その日から村は祭りの準備に忙しくなった。場所は川沿いに決まったが、出店の手配などやることは沢山あった。青年の父は毎日朝から晩まで祭りのための話し合いを開いた。家の農作業は青年ら家族が協力して行った。そして、いよいよ祭りの日がやって来た。河童を全面に押し出した祭りで昔から河童伝説を聞いて育った村人には思い入れのある祭りとなった。この河童祭りと名付けられた祭りは以後、毎年夏に行われた。この祭りを始めて以後、川での事故はなくなった。


話を終えた尾道さんはにこにこしていた。こういう話が好きなのだろう。テーブルの上の最中を一つ食べる。僕も最中を一つ食べる。あんこの甘さが口の中に広がる。それをお茶で流す。


「まぁ、私が知っているのはこの辺だ。」

「ありがとうございます。」


姿勢をただし、正座で頭を下げてお礼を言った。これなら今、聞いた話をそっくりそのまま書けば大分紙が埋まる。


「欠伸をせずによく最後まで聞いてくれた。こちらからもありがとう。」


そう言うと尾道さんも僕と同じように姿勢をただし、正座で頭を下げた。その後もしばらく尾道さんと談笑した。僕は一つ質問した。


「他に河童について知っている人とかいませんか?」

「それなら中学校教員の橋本先生に何か残ってないか聞いてみたらどうだ。」

「橋本先生ですか。」


橋本先生は僕の通う中学校の社会担当の先生だ。確かこの辺の郷土史に興味があって調べたりしているらしい。あの先生なら何か面白い河童伝説を知っているだろう。


「わかりました。明日にでも学校に行ってみます。」


そう言って僕は尾道さんに挨拶して家に帰った。

帰り道小川の近くを歩いた。ここに河童は住んでいたりしているのかなと想像した。祖母と尾道さんの話を聞くと河童というのはこの村の人にとって特別な存在ということが分かった。明日、先生からはどんな河童像が聞けるのか少し楽しみになってきた。

家に着くと祖母がいた。僕が玄関でくつを脱いでいるとやって来た。


「お帰り。」

「ただいま。」

「尾道さんから面白い話は聞けた?」

「うん。とてもいいネタを提供してもらったよ。」

「そうかい。」

「明日は学校の先生に話を聞いてみることにしたよ。」

「もしかして橋本先生かい?」

「うん。尾道さんが橋本先生なら知っているだろうって。」


くつを綺麗に揃えて僕は祖母と一緒に話ながら居間へと行った。居間で寝転び、そのまま眠りについた。気がつくと夕食のいい匂いが漂って来た。これはカレーだ。起き上がりテレビをつけた。適当に夕方のニュースを見ていると親が帰ってきた。調度、夕食もできた。家族みんなで夕食を食べた。夕食を食べているとなんだかホッとした。今までこのような気持ちにはならなかった。きっと外で何かを成そうとした時にこういう気持ちになるのだろう。夕食後、テレビを見て今日の尾道さんの話をまとめて風呂に入り、床に着いた。

次の日、橋本先生に会いに学校へと向かった。アポは取ってないがきっといるだろうと勝手に信じていた。外は真夏の苦しい暑さであった。太陽が眩しい。雲はなく何処までも青い空が広がっていた。じめじめとした暑さの中、僕はコンクリートの道を歩いて行った。バスが横を通過していった。クーラーが効いているのか外から見える乗客の様子は涼しげであった。

学校に到着すると早速職員室に向かった。橋本先生に会いに行くのとクーラーで涼みたいからである。人の気配のしない廊下を歩いているとトイレから橋本先生が出てきた。ラッキーと思った。早速、声をかける。


「おーい先生!」

「どうした?まだ、夏休みは終わってないぞ。」

「わかってますよう。」

「じゃあ、何しに来たんだ?」

「先生に用があるんですよ。」


僕はにこにこしながら言った。橋本先生は嫌な予感しているようであった。


「用ってなんだ?」

「今、自由研究で河童のことを調べておりまして。」

「ほう、真面目に殊勝なことをしているな。」

「それほどでも。で、橋本先生なら何か知っているのではないかと思いまして来たのです。」

「ふむ、そうだな2つ知っているな。」


やはり尾道さんに言われた通りに橋本先生のところに聞きに来て正解だった。これでさらに紙面が埋まる。


「一つはそうだな資料室に行こう。」

「資料室?」


聞きなれない部屋の名前だ。学校に関する資料が置かれているのだろうというのはわかる。僕は切実なことを確認した。


「クーラー付いてます?」

「付いてないな。真夏に入ると地獄だよ。」

「そんなところに。僕、職員室で待ってますから先生取ってきて下さい。」

「あそこには持ち出し禁止の資料もあるからお前も来い。俺だけあの地獄の資料室に行けというなら協力しない。」

「えー。」

「えーでもだ。」

「わかりましたよ。」

「分かればよろしい。」


涼しい職員室での取材にはならず、落胆した僕と橋本先生の二人は職員室にある資料室の鍵を取り、2階の隅にある資料室へと向かった。校内はとにかく蒸し暑い。外からの蝉の鳴き声がさらに暑さに拍車をかける。ここから先生曰くさらに暑い地獄の資料室に行くとは気が遠くなる。

それにしても夏休み中の学校とは不思議な雰囲気を感じる。靴の音はよく響き何か冒険が始まりそうな気持ちになる。こういう気持ちは普段の学校では感じない感覚である。この不思議な感覚は味わい深い。

橋本先生と資料室に来ると先生は資料室を開けた。資料室の中は沢山の段ボールの箱が置いてあり、埃っぽい臭いがした。あまり利用されている気配はない。ちょっとわくわくする。もちろん橋本先生の言う通り蒸し暑い。橋本先生は段ボール箱を開けて資料を探してくれている。僕も片っ端から段ボール箱を開けて探す。


「悪いね。」

「いえ、取材させてもらうんですからこれくらい。」

「そうか。いやあ、最近は誰も利用してないから河童に関する資料がどこにしまっているのか忘れてしまってね。」


そう言うと橋本先生は苦笑した。


「ここって学校の記録とかが保管されてるんですよね?」

「そうだよ。」

「何か河童伝説の資料なんてあるんですか?」


素朴な疑問である。学校と河童。何か接点なんてあるのだろうか。学校というのは科学的な社会の機関で河童の伝説は非科学的な社会の存在である。対極に位置するこの二つが関連しているというのは理解し難い。一応、僕は河童の存在を信じているわけではない。というよりも実在するかどうかを考えるのは無意味である。大事なのはそこではない。その存在が社会にとってどうであるかに重要さがあるのだ。


「まぁ、古文書とかがあるわけではないが、面白い資料があるぞ。」

「ふーん。」


僕は半信半疑だった。確かこの学校は明治時代にできたという。近代的な学校制度の初期の学校である。祖母の話を考えると河童の話があるのは不思議ではないかもしれないが、科学的な制度である近代学校に悪く言えば迷信的な話が伝わっているのだろうか。まぁ、学校の怪談というのがあるけど、あれは生徒間の噂話レベルの世界だから、今、橋本先生といる学校の公式の文書が保管されている資料室にあるとは到底思えない。しかし、橋本先生はここに河童伝説に関する面白い資料があると言っている。一体、どんな話なのだろうか。今一想像ができない。


「お!信じてないな。」


橋本先生はにこにこしている。楽しげな小学生のような印象を僕は持った。大人でもああいう笑顔になるんだなと思った。橋本先生は郷土史に興味がある先生だから地域の言い伝えに一種の興奮を覚えるのだろう。そういえば以前授業で郷土史の話になったときもこういう顔だった。私的に研究を重ねて学会で発表しているとも聞いたこともある。そういう先生が面白いと言うのだから期待しよう。


「おっ!あったあった。」


橋本先生は段ボール箱の中から一冊の日誌と思われる本を出した。先生は埃を払いながら僕に見せてくれた。やはり、宿直の日誌だった。日誌はかなり古いもののようで表紙からは時代を感じさせる。きっとお爺ちゃんとかの世代というレベルではなく、先祖という言い方が正しいと思われる表紙である。紙の色もすっかり褪せていた。


「これに面白い話が載っているんですか?」


見るからにただの日誌。単純に校内の様子をメモ程度の内容が書かれているだけだろうと僕は思った。

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