第3話 相手
「行くぞ」
大剣を大きく振りかざしながら、高速で近づいてくる。この速度からして奴は浮いている。どんどん知らない技を習得している。
しかし、接近戦なら条件は同じだ。臆することはない。
「あれだな?」
「ああ」
サイは俺の行動を予期している。息が合うようになったものだ。
「白刃取り!」
クロウの大剣をタイミング良く掴む。外したらどうしようかと毎回思う。
「いつしかこれが俺達の挨拶になっちまったな」
ぐあーーっと力がさらにこもる。クロウはこのまま押し切るつもりだ。
しかし、力の入った体は隙だらけだ。
奴の右足のすねを思い切り蹴る。奴はすぐにバランスを崩す。
「痛ええな!」
次は水平に切り払ってくる。
人間は、横からの攻撃に弱い。それを知っているクロウらしい攻撃だ。受ける側が素手だろうと武器を持っていようと、守るのは非常に難しい。
そして、クロウの腕力は桁外れだった。それが努力によるものか魔法によるものなのかは分からない。だが、かわせるほどゆっくりでないことだけが確かだ。
俺はこの攻撃の対策を用意している。
俺はしゃがみ、剣の高さに目線を合わせ、目の前で剣を掴む。
「お前が裏切ってから、早半年か。そっちの生活はどうだ?楽しいか?」
力のぶつかり合いの中、クロウは問う。
「いい加減、目を覚ませ。世界を傷つけたのは人間だ!」
俺は、剣を下に押しながら跳躍する。急な手ごたえの損失にバランスを崩している。チャンスだ。
俺は拳を固める。顔面に向かって、パンチを繰り出す。
ふんっと鼻で笑った後、彼はしゃがむ。俺は彼につまずき、転ぶ。そこに剣を振りかざす。俺は横に転がり、距離を取る。
「人間の言葉に耳を貸そうとしない妖精など、滅べばいいんだ!」
瞬間移動のように一瞬で、距離を詰められる。左手を抑えようとするが、俺の首は右手に掴まれる。俺は首を絞められながら持ち上げられた。
「違う、耳を貸さないのは……耳を貸さないで、ここまで来てしまったのが、人間だ」
顔面目掛けてキックの準備をする。避ければ、首の拘束は解除される。避けなければ、俺のキックを食らう。
必ず食らうだろう。奴は自分の力を過信している。俺の蹴りなど、恐れるに値しないと考えるはずだ。
「マジックブレイカー」
つま先に不思議な感覚が加わる。これで、魔装を解除してやる。
「対人訓練、開始!」
「ああん?てめえなんて雑魚、相手になるかよ。」
小声で聞こえる。よりによって、なんでこいつが相手なんだ。
訓練1日目。今日は対人訓練が朝から行われる。二人一組で、様々な状況をシュミレーションし、対人での格闘技術を身に着ける。
「まず最初は、相手が棒状のもので殴ってくるという状況だ。この訓練で、お前たちの力量を見たい。後攻の者は攻撃をかわせ。先行の者は、剣で攻撃しろ。ケガしない程度にな。」
クロウは、木刀のゴミをとっている。砂ぼこりが立ち込める中、奴は、木刀を楽しそう眺めている。
「始めろ。」
きらっと、クロウの歯が輝く。相当自信があるらしく、笑顔で振り下ろしてくる。
俺は、父との記憶を思い出す。幼いころから、教わってきた格闘術。その中に白刃取りという技がある。俺はこの技を1年かけて習得した。
「白刃取りは、刀だけじゃない、あらゆるものを掴むことができる。それにこの技は、簡単にはできない。感覚神経と運動神経が必要とする時間を完全に把握しなければならない。」
父にそう言われ、俺は習得することにした。もちろん、1年もかかるなんて思ってもみなかった。
戦国時代の、武士は真剣白刃取りができたと言う。全員とまではいかないらしいが。
昔の人はすごい。俺達ができないことができた。俺がマスターできなかった居合切りも、苦手な剣道も、柔術も、何かの流派の剣術も。
現代、武術ができる人は数少ない。それは、日本から、いや世界から戦争が消え、争いが消え、戦う必要が無くなったから。戦う意味がなくなったから。
だが、これから先、戦争が怒らないとは限らない。身に危険が起こるかも分からない。そんな時、身を守れる大きな盾が武術だと思う。
俺は武術を習っていてよかった。たった一人の、父の弟子で良かった。
俺は刀を掴んだ。頭の上で。
できた。本当にできた。
「ち、やるな。」
と言う。俺は周りからの拍手を期待したが、何も聞こえなかった。周りを見渡すと、自分がそこまですごいわけではないと痛感した。
マリアさんは、腕を組んだままタロウくんの木刀の上に立っている。ユウキさんは、なぜか木刀を持つロジィさんの後ろにいる。スミさんは、なんとキリマルくんの持つ木刀の上に座っている。タツヤくんはだけは、普通にかわし、周りを見て驚いている。
教官は驚いていると言うより、嬉しそうだった。前歯が白く輝いている。
「ふはは。いいぞ!では交代だ。」
ほらよ、と木刀を投げられる。俺はそれをキャッチする。気が付けば、俺も笑っていた。この先行組がどう刀を避けるのかが、楽しみだった。
想像以上に、変わり者揃いで、すごい人の集まりだった。なぜ、自分が選ばれたのかは分からないが、俺は選ばれたことを純粋に嬉しかった。誰が、どのように選んだのかを教官に質問に行こうと思ったのはこの日だった。