2章 3話 活動
放課後、俺とカレンは美志緒先輩と一緒に正門にいた。
俺達は先輩から真紅の腕章を渡された。風紀委員と書かれている。
それに加え、俺は布製の大きな袋を、カレンはA4の紙が留められているクリップボードとボールペンを与えられた。
紙には学年、氏名、備考という文字がある。該当者の情報を書くのだろう。
多くの生徒が下校していく。
美志緒先輩はメジャーを片手に、その一人ひとりに視線を走らせている。
そして、楽しそうに笑い声を上げている三人組の女生徒に声をかけた。
立ち止まった彼女達は、少し緊張した面持ちだ。
先輩のことを知らない人には、怖そうに見えるのだろう。
先輩は真ん中の子の前にしゃがみ、一言断ってから、膝からスカートの裾までをメジャーで計測する。目盛りを注意深く見て、
「短いな。明日までに直してくるように」
スカートの長さは、膝上二十センチがラインだそうだ。
膝から裾までが二十センチを超えると、指導の対象になる。
注意を受けた子は、小さく返事をした。
その後、学生証を提示させ、カレンに見せた。
カレンは用紙に必要な情報を書いていく。
その間に、美志緒先輩は他の二人に視線を移した。
「君のこのリボンは学校指定のものではないな。それから、君は髪の毛に隠れているが、ピアスはダメだぞ」
最初の子と同様に、彼女たちの学生証の情報をカレンに控えさせた。
それから、俺の持っている袋の中から、ビニールの袋を取り出した。
同じものがたくさん入っている。
先輩はリボンとピアスを外させ、それぞれをビニールに入れた。
そのときに、ビニールの中に入っていた小さな紙に、持ち主の名前を書いた。
これで後日、没収した物を持ち主に返却することができる。
没収した物が入ったビニール袋を、布の袋に戻す。
この要領で、その後も俺達は帰宅していく学生達を取り締まっていった。
美志緒先輩は何度も女生徒の前にしゃがみ、カレンは何人もの生徒の名前を書き、俺が持っている袋はいっぱいになった。
正門の反対側には正式な風紀委員がいて、同じようにチェックをしている。
玄関から桃音さんが歩いてくるのが見えた。
演劇部の活動が終わったのだろう。
俺達に気づき、こちらに向かってくる。
「三人で何してるの?」
カレンが答える。
「美志緒のお手伝いしてるんだよ」
桃音さんは考える仕草をしたが、俺とカレンの腕に巻かれている腕章を見つけると、
「そうなんだ。偉いわね」
美志緒先輩が桃音さんの前にしゃがみ、スカートのラインのチェックをする。
「スカートが短い」
立ち上がり、そう言った。
桃音さんは美志緒先輩ではなく、カレンに尋ねる。
「カレンちゃん。スカートが短いと何か問題があるの?」
カレンは思案顔になる。
「膝を敵から守れないから?」
「そんなストイックな理由じゃねーよ」
思わず俺が言うと、カレンが小首を傾げる。
「じゃあ何なの?」
「そういう風に校則で決まってるからだ」
「どうしてスカートを短くしちゃダメだって、決まったの?」
「それはだな、スカートが短いと、その、下着が見えそうになるだろ、そうなると、男としては、やっぱり気になるというか」
歯切れ悪く答えた。
何を言ってるんだ、俺は。
「へー、そうなんだ。男の子ってラーメンとカブトムシにしか興味ないと思ってた」
「どんな偏見だよ!」
「じゃあ何に興味があるの?」
祭りと女体だよ! と思いながら、
「……経済と政治に決まってるでしょうが」
話が逸れかかり、美志緒先輩が本題に戻そうとする。
「とにかく、桃音は校則に従い、スカートを長くするように」
注意を受けた桃音さんは鷹揚に微笑み、
「誰も私のパンツなんて見たりしないでしょう」
あなたがそれを言うと謙遜ではなく、嫌味になってしまいます。
「美志緒ちゃんやカレンちゃんなら、ともかくね。もちろん、猛丸くんも」
「誰が俺のパンツを見たがるんですか」
「運動部の男の子たちかしら」
「転校届けを用意してきますね」
また別の話題になっている。
おそらくこれは、桃音さんの策略だ。
美志緒先輩もそれに気づいているようで、再び話を戻す。
「それから、シャツのボタンを上までとめろ。あと、香水」
「ごめんね。気をつけるから見逃して」
桃音さんは甘えた声を出したが、美志緒先輩は表情を硬くした。
「学生証を出してもらおうか」
「同じアパートに住んでるよしみで、お願い」
可愛らしく両手を合わせる桃音さんに、美志緒先輩は首を横に振って見せた。
すると、桃音さんが科を作り、「猛丸くん助けて」と、俺の背に隠れた。
「何してるんですか」
美志緒先輩が俺を睨む。
「桃音を庇うのか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「美志緒ちゃんの味方をするの?」
桃音さんが俺に上目遣いをする。
これが演技であることは言うまでもない。
「桃音さん、美志緒先輩の言うことを聞いてください」
「私より美志緒ちゃんを選ぶんだ」
拗ねたように言う桃音さん。
「どっちを選ぶとか、そういう問題じゃなくて。校則っていうルールがあるんで、それに従ってくださいってことです」
「私の気持ちを一番に選んでくれないのね」
「わがまま言わないでくださいよ」
ふいに桃音さんが俺の腕に抱きついた。
肉感的な体が押し付けられる。
とりわけ二つの大きな膨らみの感触と、濃密な甘い香りが、俺を当惑させる。
「ちょっと、桃音さん」
美志緒先輩が不機嫌そうに眉根を寄せる。
「不純異性交遊だぞ」
「腕を組んだだけで?」
悪びれることなく、桃音さんが聞いた。
「そうだ」
「じゃあ手を繋ぐのは?」
桃音さんは俺の手に、細くしなやかな指を絡めてくる。
俺は鼓動が速まるのを感じた。
「ダメだ」
美志緒先輩がきっぱりと答えた。
「これくらいのこともいけないの?」
「そうだ」
即答する美志緒先輩を挑発するように、桃音さんが、
「家ではもっと凄いことしてるわよ」
「何言ってるんですか」
俺は慌てて声を荒げた。
カレンが真顔で「そうなの?」と聞いてくる。
「してねーよ」
美志緒先輩は食傷気味に、
「私生活では好きにすればいいが、学校では別だ」
俺に接近し、桃音さんとは反対側の腕を取って、強く引っ張る。
「猛丸から離れろ」
「お喋りするのは、さすがにいいでしょう?」
「猛丸は今、風紀委員補佐だ。だから私と行動を共にするべきだろう」
カレンが呑気な調子で言う。
「猛丸ってば、両手に花だね」
「いいから、助けてくれ」
もっと破壊的なものを書きたい。