2章 2話 昼食
昼休みになり、俺とカレンは風紀委員室に足を運んだ。
風紀委員室は、授業を受ける教室の半分くらいの広さだった。
二つの長机が、向かい合わせにしてくっつけてある。
奥に一セットだけ教室で使われている机と椅子があり、美志緒先輩はそこに座っていた。
「ようこそ、風紀委員会本部へ」
美志緒と俺達の他には誰もいない。
「適当に掛けてくれ」
先輩は立ったままの俺達に言った。
俺は先輩から見て左側、カレンは右側の、それぞれ先輩に一番近い席に陣取る。
先輩の机に楕円形の小さな弁当箱が置いてある。
美志緒先輩は俺の視線に気づき、
「どうかしたか?」
「いや、可愛らしい弁当箱だなと思って」
両手で弁当箱を隠すように覆う先輩。
「あまり見るんじゃない」
強い口調だが、恥ずかしいのか頬を赤らめている。
カレンが持っていた買い物袋からパンを取り出し、机の上に並べ始めた。
俺とカレンはここに来るまでに、購買でパンを買ってきた。
カレンが編入して来た日の昼休み、食堂に案内して以来、ずっとそこを利用していたが、今日始めて購買部に行った。
購買は食堂と隣接していて、どちらも生徒が競い合って列を成す。
空間の狭さの分だけ購買の方が、人口密度が高く、窮屈だ。
驚いたのは、購買部でひしめき合っていた学生が、カレンが現れると、示し合わせたかのように道を作ったことだ。
カレンは、焼きそばパンとナポリタンロールとコロッケパンを二つずつ買った。
かなりヘビーなチョイスだ。
どれがオススメなのかと聞かれたから、人気上位の商品を答えた結果、そうなった。
華奢な見掛けによらず、大食漢だ。
食堂でも、必ず炭水化物を二品以上注文する。
焼きそばパンを口に運び、頬を綻ばせるカレン。
ハーフの美少女が焼きそばパンを頬張っているのは、なかなか違和感を抱く光景だ。
そう言えば、食堂でラーメンとチャーハンを食べていたときも、同じ気持ちになった。
カレンはあっという間に焼きそばパンを食べ終え、ナポリタンロールに手を伸ばした。
口の周りに赤いソースが付くのも厭わず、口に入れていく。
違和感はますばかりだ。
カレンが美志緒先輩の弁当を見て、
「美志緒のお弁当おいしそうだね」
さっき弁当箱をあまり見るなと言われたので、多少の躊躇はあるが、弁当箱ではなく中身を見るのだから大丈夫だろう。
自分でも苦しいと思う詭弁を楯に、弁当を一瞥した。
二段重ねになっていて、米とおかずで分かれている。
おかずの方は、ひじき、金平牛蒡、ほうれん草の胡麻和え、人参とこんにゃくと椎茸の煮物、といった和風なラインナップだ。
カレンの言う通りどれも美味しそうで、かなり手間がかかっているように見える。
「朝作ってるんですか?」
美志緒先輩は早朝にジョギングをしていると聞いたことがある。
その上で、これだけの種類を作る時間があるのだろうか。
「ひじきや金平牛蒡などは冷凍保存が可能だし、煮物は昨日の夕御飯の残りだ」
美志緒先輩はそう答えてから、食事を始める。
背筋の伸びた姿勢、綺麗な箸の持ち方、咀嚼と嚥下。
先輩の所作の一つ一つ、どこを切り取っても洗練されていて、優美だ。
「食べてみるか?」
俺が先輩のことをずっと見ていたのは、弁当を欲しがっているからだと勘違いしたらしい。
煮物を箸で摘み上げ、俺の口へ近づける。
「俺はいいです」
食べたかったが、羞恥が邪魔をした。
カレンが身を前に乗り出しながら、
「じゃあ私にちょうだい」
「いいぞ」
先輩は箸をカレンへ方向転換させた。
口を大きく開け、ぱくっと食べるカレン。
「おいしい~! 見た目だけじゃなく、味も最高だよ。料理上手なんだね」
「ありがとう」
「何でも作れるの?」
「レシピがあれば大抵は。洋食よりも和食の方が得意かな」
美志緒先輩が何か思いついた様子で、唇を動かす。
「風紀委員の活動を手伝ってもらう期間、二人の分も作ってこようか?」
「いいの?」
歓喜するカレンを横目に、
「そんなの先輩に悪いですよ」
俺がそう言うと、先輩は首を左右に振った。
「いいや、むしろやらせてくれ。私にはそれくらいしかできることが思いつかない」
それで先輩の気が済むならいいか。
「それじゃ、お願いします」
話がまとまると、カレンが歓声を上げた。
「美志緒の料理が毎日食べられるなんて最高だよ。楽しみだな~」
食事が進み、先輩は本題を切り出した。
「具体的な活動内容の話をしようか。活動は登校時と放課後。主に学生の服装の乱れや装飾品の有無、私物の所持、不純異性交遊、校内暴力の取り締まりだ。該当者に注意をした後、学生証を提示させ、学年、クラス、氏名を控える。注意してくれとは言ったが、あまり無理はしないでくれよ。危険だと感じたら、すぐに私に相談してほしい」
滔々と説明し、一呼吸置いてから、
「二人一組で決められたコースをパトロールするのだが、猛丸とカレンでペアを組んでくれ。最初は私が付いて、三人で行動しよう。今日の放課後からだ」
それからすでに風紀委員内で決まっているシフトを見ながら、最終日までの日毎の持ち場を決めていると、昼休みが終わった。
おかずの説明いる?