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1章 6話 神城カレン(かみしろ かれん)

 俺はコーヒーを、桃音さんは紅茶を三杯ずつおかわりしたとき、琴吹先生からメールが来た。


 琴吹ことぶき こずえ


 うちの高校の教師で、このアパートの管理を任されている女性だ。

 ここの住人と学校を繋ぐ存在であり、何か問題が起きた場合、琴吹先生に連絡することになっている。


 琴吹先生はときどき俺たちの様子を見に来てくれる。

 たぶんそれは命じられているアパート管理の業務外のことで、そういうところが先生を信頼するに足る人物にしているのだと思う。


 住人全員への連絡らしく、俺と同じタイミングで桃音さんにもメールが来たようだ。

 本文は簡潔で、「アパート前に全員集合」と書かれている。

 桃音さんに確認すると、やはり同じ文面だった。


「何かあったんですかね?」

「とにかく行ってみましょう」


 二人で部屋を出ると、外は黄昏をとっくに過ぎ、薄暗くなっていた。

 階段を降りようとしたとき、階段から最も近い部屋である二○一号室から美志緒先輩が出てきた。

 料理をしていたらしく、部屋の中から煮物の匂いがした。


「琴吹先生の件か? なんだろうな」

「分からないです。変なことじゃなければいいですけど」


 そんな会話をしながら、階下に行く。

 下に着くと、一階に住む火々野と石動が歩いてくるところだった。

 全員在宅だったようだ。


 そういうわけでクロユリ荘の住人勢揃いで、アパート前にぞろぞろと向かうと、琴吹先生の姿があった。

 栗色の長い髪を揺らしながら、こちらに手を振っている。

 容姿はちゃんと大人なのに、どこか幼く見えるのは、顔付きや仕草に内面の無邪気さが反映されているからだろう。

 琴吹先生は大袈裟に顔の前で両手を合わせる。


「皆ごめんねー、急に呼び出して」


 待っていたのは先生一人ではなかった。

 後ろに人影がある。

 俺は鼓動が早くなるのを感じた。


 先生が張り切った声で、


「今日からこのクロユリ荘に新しいお友達が増えます。さ、前へどうぞ」


 そう紹介して体をずらすと、控えていた少女が前へ出てきた。

 きびきびとした歩き方、爛々と輝く二つの瞳、そして歩く度に揺れる長い白銀の髪。

 俺は強い眩暈を覚えた。


 ――あのときの女の子だ。


 銀髪の少女は深々と元気よくお辞儀し、


「神城カレン(かみしろ かれん)です。今日からここで暮らします。よろしくお願いします」


 そして、快活に笑った。

 神城は目の前に並ぶクロユリ荘の住人たちに視線を巡らせ、


「あ、さっきの男の子だ」


 俺と目が合った瞬間、そう叫んだ。驚きと嬉しさが混在した声色だった。

 一方の俺は、混乱に支配されていた。

 神城の顔を見たことで、帰り道で俺を襲い、棚上げしていた混乱が一気に蘇ったのだろう。


 そして、何よりまた会えたという驚きが俺を混沌の世界へと引きずり込む。

 そんな俺の状況を知る由もない桃音さんが尋ねる。


「猛丸くん、知り合いなの?」

「え、いや、知り合いというか、」


 神城との関係をどう説明したら良いのか瞬時には判断できず、口籠ってしまった。

 すると、俺の後を継ぐように神城が、


「梢先生のところに行く前に会ったんだよ」


 桃音さんが何か言いたそうにしているが、言葉を発するより先に、琴吹先生が両手をぱんっと合わせた。


「そうだったんだ。ちょうど良かったわ」


 何がちょうど良いのかと思っていると、


「谷河くんにカレンさんのお世話をお願いしようと思ってるの」


 先生が期待を込めた瞳で俺を見つめている。


「カレンさんはうちの高校に編入するの。もう手続きも済ませてあるわ。ちなみに私のクラスよ。だから谷河くんとはクラスメートになるわ。カレンさんはこの土地に来たばかりだし、学校生活も私生活もいろいろ大変でしょ。だから彼女が慣れるまでサポートしてあげてほしいの」


 どうやら先生は、クラスメートになるという理由で、初めから俺を神城の世話役に任命しようとしていたらしい。

 そう考えていたところに、俺達がすでに会っていたという奇遇が発覚したので、「ちょうど良い」というわけだ。


「わかりました」


 まだ状況を飲み込めていないが、とりあえず首肯した。

 俺にとって最も大事なことは、彼女が俺の命の恩人だということだからだ。

 先生は嬉しそうに拍手をし、


「決まりね」


 神城が俺の方に歩み寄ってくる。


「同い年だったんだね。クラスも同じみたいだし、これから家でも学校でもよろしくね」

「あぁ、よろしく。えっと、谷河 猛丸だ」

「猛丸ね。うん、覚えたよ。私のことはカレンでいいからね」


 一度別の場所で会話したとは言え、自己紹介したばかりでほぼ初対面の相手と下の名前で呼び合うことに少し気圧されるが、拒否する理由もない。


「分かったよ、カレン」


 カレンは満足そうに頷き、美志緒先輩、桃音さん、火々野、石動と順番に自己紹介と挨拶をしていった。

 一通り終わったのを見て、琴吹先生が言う。


「カレンさんは一○二号室で、お昼の間に引っ越しは済ませてあるから、今晩からもうクロユリ荘で生活してもらうわ」


 先生の一言で、解散の雰囲気が漂う。

 しかし、俺はカレンにどうしても聞きたいことがあった。

 それはもちろん、帰り道で起きたこと、そしてカレンの正体についてだ。


「ちょっといいか」


 俺はカレンを敷地の端に連れて行った。

 皆の不思議そうな眼差しを背中に感じつつ、カレンに小声で尋ねる。


「さっきのことだけど、あれって一体なんだったんだ?」

「あれって?」


 カレンは小首を傾げた。


「箒に乗って、空飛んでたことだよ」

「魔法だよ」

「魔法……」


 俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。

 魔法によって、箒で空を飛んだ。


 分かりやすい話だが、とても信じられない。

 というか、そもそも空を飛ぶ理由として納得できる答えなんてないのかも知れない。

 俺にとっては、箒で空を飛ぶという現象に、『魔法』という便宜的な名称がついただけのようにも思える。


 だけど、カレンと一緒に飛行した身としては、何を言われても信じるしかない。

 しかし、やはりどこか冷静な自分がいて、そんなもの存在するわけがないとしきりに訴えかけてくる。


「『まほう』って、ファンタジーの世界に出てくる、あの魔法ってこと?」

「そうだよ。私は魔法使いだから」


 平然とした顔で、カレンは明言した。

 果たして俺は、このままカレンの発言を信じて良いのだろうか。

 困惑する俺の表情を見て、カレンが、


「信じられないなら、もう一回見せてあげるよ」


 そう言うと、カレンの右手が神秘的な光に包まれる。

 その直後、何もない空間から箒が出現した。

 カレンがそれに跨がると、すぐに足が地面から離れた。


 カレンが浮遊していく。

 人が宙に浮く、という現象を改めて目の当たりにすると、魔法なんてない、という俺の常識が影を潜め始める。


 他の皆の様子が気になり、振り返ると、全員カレンを見上げていた。

 美志緒先輩と桃音さんは並んで難しい顔をしている。


「これは一体……」

「さすがにこれは驚いたわ」


 その後ろで火々野と石動が、目を真ん丸にしているが見える。


「……マジかよ」

「信じられません」


 琴吹先生は目を何度もごしごしと擦り、言葉を失っている。




 その後、皆に今日俺が体験したこと、そしてカレンが魔法使いだということを話した。

 全員半信半疑で話を聞いていたが、実際にカレンが宙に浮いているのを見てしまっているので、俺と同じくもう信じるしかないといった感じだった。


 こうしてカレンは皆に迎え入れられ、クロユリ荘は満室になった。

 まるでパズルのピースが、ぴったりと埋まるように。

マイペース銀髪魔法使い。

ヒロインたちの誰かを好きになってほしい。

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