6章 最終話 運命
カレンの歓迎会の成功を収めた翌日。
朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。
クラスメート達がだらだらと着席する中、琴吹先生が入ってきた。
「はいは~い、皆さん、席に着いてくださいね」
教壇に立つと、先生は生徒に視線を巡らせてから、
「今日はこのクラスに、お友達が一人増えます」
教室がどよめく。
こんな時期に転校生か?
カレンじゃあるまいし、と頬杖をついていると、先生がドアに向かって叫んだ。
「入ってきて」
呼び込まれて、教壇に登場したのは、制服姿のシルヴィアだった。
俺は空いた口が塞がらない。
男たちの野太い歓声が上がり、琴吹先生がそれを静かにさせる。
「はい、じゃあ、一言どうぞ」
先生に水を向けられ、シルヴィアは小さく頷き、
「シルヴィア・シュバルツだ。日本に来て久しいから、特に迷惑をかけることはないと思う。この学校には、さがしものを――いや、父の仕事の関係で転校してきた。よろしく頼む」
挨拶し終わると、自然と拍手が起こった。
「シルヴィアさん、ありがとう。それじゃ、席はね」
先生は教室を見渡し、
「谷河くんの後ろに席を用意するわ。谷河くん、この後空き教室から、シルヴィアさんのための机と椅子を運んであげて」
「あ、はい」
間抜けな返事をすると、先生はホームルームの終了を宣言し、教室から出ていった。
シルヴィアが近づいてくる。
「空き教室はどこだ? 教えてくれれば、自分で取りに行く」
「お前、なんでここにいるんだよ」
「この高校に転校してきたからだ」
「見りゃ分かるよ。そういうことじゃなくて、なんで転校してきたんだって話だ」
シルヴィアは呆れたように嘆息した。
「言っただろう。お前達を観察するのが一番の近道だと。そして、それには、同じ学校に通うのが手っ取り早い」
そりゃそんなこと言ってるのは聞いたけど、昨日の今日で転校してくるかね。
「極端なやつだな」
「それで、空き教室はどこなんだ?」
「いいよ。俺が行くから」
席を立つと、シルヴィアも付いてきた。
そして、何故かカレンも。
俺は空き教室に向かいながら、カレンがシルヴィアに話しかける。
「今日からよろしくね、シルヴィアちゃん」
「馴れ馴れしいやつだ。別にオレは、お前と仲良くするつもりはない。あくまで観察対象だからな」
「えー、そんなこと言わないでよ」
カレンがシルヴィアの腕に抱きつく。
「ええい、ベタベタするな」
シルヴィアはカレンの体を突き放したが、カレンはしつこく抱きつく。
シルヴィアがカレンを押しやりながら、俺に向かって、
「谷河猛丸、こいつを何とかしろ」
「いや、そんなこと言われても」
取り合わない俺に、今度はカレンが、
「ほら、猛丸もシルヴィアちゃんに抱きついて」
「できるか!」
今後訪れるであろう慌ただしい日常を思って、俺は深いため息を吐いた。
カレンと出会ってから、不思議で、刺激的な出来事に忙殺される毎日だった。
しかし、あの日々がまだほんの序章だったなんて、誰に予想できた?
たぶん、それは決められたことだったのだ。
俺の命を救ってくれたカレンの姿を見たとき、嘘でも冗談でもなく、天使だと思った。
神様から遣わされた天使が、俺の前に颯爽と現れたのだと。
だから、天使が登場した俺の人生は、そのときからずっと、劇的に楽しくなるって約束されていたのかも知れない。
そして、俺達人間は、それを運命と呼ぶんだろう。
何度言っても足りない。
読んでくれて、ありがとう。