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6章 8話 記憶の消去

 美志緒先輩と一緒に桃音さんの部屋に入ると、飾り付けは途中まで終わっていた。

 キッチンまで買い物袋を運び、料理は美志緒先輩に任せる。

 俺は桃音さんのところへ行き、


「何からすればいいですか?」

「これを天井に付けていって」


 何色もの紙テープで作った輪を連ねたものを渡された。

 同じものがたくさんある。

 桃音さんと伊織が作ったものだ。


 その紙テープの飾りを部屋の端から垂らし、等間隔のたるみを作りながら、反対側の端で留める。

 それをいくつも飾り付けていく。


「後はこれね。上から順番通りになってるから」


 桃音さんは折り紙を文字の形に切り取ったものを俺に渡した。

 これを文章になるように、壁に貼り付けていくらしい。


 俺達は小一時間、歓迎会の準備を進めた。

 飾り付けはほとんど完成し、部屋を見渡した桃音さんは、満足そうに微笑んだ。


「だいたい終わったわね。うん、良い出来だわ。じゃあ、猛丸くんはケーキを取りに行ってきてくれる?」


 洋菓子店で、カレンが食べたがっていた特大ケーキを予約してある。

 お店から伝えられている出来上がりの時間は過ぎているし、後は取りに行くだけだ。

 靴を履いていると、美志緒先輩と伊織が送り出してくれる。


「気をつけてな。帰ってくるまでには、料理を仕上げておくから」

「後はケーキだけですね。飾り付けの残りは、私がやっておきます」


 最後に桃音さんに、


「いってらっしゃい」


 と声をかけられ、俺は部屋を出た。




 洋菓子店で綺麗にラッピングされた大きな箱を受け取り、それを抱えて帰路につく。

 ケーキの重さを両腕で感じる。

 カレンは喜んでくれるだろうか。


 期待と不安が入り混じった気持ちで、クロユリ荘を目指す。

 今頃桃音さんの部屋では、美志緒先輩が何種類もの料理をテーブルに並べ、桃音さんと伊織が部屋中に風船を浮かべ、クラッカーを用意しているはずだ。


 ケーキを持って帰ってからの段取りも決まっている。

 公園でカレンと一緒にオモチと遊んでいる火々野に、連絡を入れる。

 そして火々野が、桃音さんが大変だと、カレンに言う。

 オモチの飼い主のお母さんには歓迎会のことを教えていて、早くクロユリ荘に帰るよう促してもらうことになっている。

 後は皆で、今日の主役を迎えるだけだ。


 歩を進めていると、ふと気付いた。

 この辺は、俺が初めてカレンと会った場所だ。

 下校途中、暴走したトラックに轢かれそうになったところを、カレンに助けられたのだ。

 気付いたときには空を飛んでいて、茫然と眼下を眺めたことをよく覚えている。

 随分昔に感じられるが、まだほんの一ヶ月前くらいのことだ。


 向かいの信号機が赤になり、横断歩道の前で立ち止まる。

 そわそわしながら信号待ちしていると、突然けたたましい音が轟いた。


 俺は戦慄し、その轟音が発せられている方向を見やると、トラックが歩道に突っ込んでこようとしていた。

 あのときと同じだ。

 記憶の映像と現実の光景が、否が応でもオーバーラップする。


 しかし、トラックは寸前のところで進路を変え、俺の前を通り過ぎていった。

 運転手のハンドル操作が間に合ったようだ。


 助かった、と思った瞬間、反対側からブレーキ音がした。

 視線を向けると、猛スピードで乗用車が向かってきている。

 車線に進入してきたさっきのトラックを避けようとし、制御を失ったのだろう。


 避けきれない!


 俺は反射的に目を塞いだ。

 今度こそ、終わりだ。


 だが、いつまで経っても、俺の体には何も衝突してこない。

 目を開けると、乗用車が眼前で停止していた。


 有り得ない。

 あの速度で走行していた車が、こんなにぴたっと急停止できるはずがない。


 運転手も茫然としていたが、やがて我に返り、車を走らせ始めた。

 この場に居合わせた人々も、ゆっくりと戻っていく。

 俺の身に起きた奇跡のような現象に、ただ一つだけ、心当たりがあるとすれば――。


「猛丸! 大丈夫?」


 その唯一の心当たりであるカレンが、手を振りながら、横断歩道を渡ってきた。


「大丈夫だけど、なんでここに? 火々野とオモチはどうしたんだ?」

「嫌な予感がして、走ってきたの」


 カレンは汗びっしょりで、本当に走ってきてくれたのだと分かった。


「カレンが助けてくれたんだな」


 俺がそう言うと、カレンは一瞬、何故か顔を曇らせたが、


「飛んでも間に合わないと思ったから、車を止める魔法を使ったんだよ」

「そうか。ありがとう。まさか二回も命を助けられるとはな。しかも同じ場所で」


 そのとき、嫌に冷たい視線を感じた。

 誰もいなかったはずのところに、いつの間にか、シルヴィアが立っていた。

 その恐ろしく美しい少女は、深紅の瞳を光らせ、俺達をじっと見ている。


「神城カレン。魔法を使ったな。約束通り、里に帰ってもらうぞ」


 シルヴィアは、突然そう言った。

 約束?

 里に帰る?

 意味が分からない。


 俺はカレンに尋ねる。


「どういうことだよ」


 カレンは俯き加減で答える。


「一昨日シルヴィアが私のところに来たの。それで、後一回でも魔法を使えば、魔法使いの里に帰るっていう約束をしたの」


 一昨日と言えば、金曜日だ。

 それは、カレンが自分のことを話した日だ。

 様子がおかしかったのは、約束のせいだ。


「なんでそんな約束したんだよ」

「私だって、したくなかったよ。説得しようともした。でも、できなかった。それで、約束しなかったら、無理やりにでも里に連れ戻すって言われたの。猛丸達とお別れの挨拶もできないって」


 俺はシルヴィアを睨んだ。

 すると、シルヴィアは冷淡な眼差しを返してきた。


「オレも進んで、手荒なことなんてしたくない。だが、それが里の決定だ。そもそも、オレがあまり魔法を使うなと忠告してやったにも関わらず、その後、飛行魔法や拘束魔法を使っただろう。そのせいで、里から約束の話が出たんだ。まったくの自業自得だろう」


 約束のことがあるのに、なんで魔法を使ったんだ、なんて聞けるだろうか。

 カレンは里に帰されると分かっていて、俺の命を救うために魔法を使ったんだ。

 忠告の後に使った魔法だって、桃音さんを助けるためだ。

 それなのに、何で里に帰らせられなきゃならないんだ。

 それも、よりによってなんで今日なんだよ。


 ケーキの箱を持つ手が震えた。

 シルヴィアは、カレンに諭すように言う。


「里に帰って、頭を冷やせ。これはお前にとって、良い機会だ。人間と魔法使いは仲良くできるなんて馬鹿げたことを言っていたが、考えを改めろ。はっきり言っておいてやる。人間と魔法使いが、完全に共存するのは不可能だ。オレ達魔法使いの、今の態度によってこの世界は成り立っている。これは断言しても良いが、もしも魔法にまつわることが流布すれば、魔法使いも人間も、今のままではいられなくなる。お前にも理解できるときが来るだろう。お前に対する里の対応は、極めて寛大だ。今ならまだ、不良少女の刹那的な家出で済む」


 言いただけ言って、シルヴィアは興味をなくしたように、口を閉ざした。

 カレンは消沈した面持ちになる。


「最後に、クロユリ荘の皆に挨拶はさせて」


 最後、とカレンの口から出たのを聞いて、いよいよ現実感がやって来た。

 本当にカレンが、魔法使いの里に帰ってしまう。

 俺の前から、クロユリ荘から、いなくなってしまう。


 これでいいのか?

 このまま黙って看過していいのか?


「どうせ無駄になる」


 シルヴィアが無造作に、そう言い放った。

 首をかしげるカレンに、シルヴィアは躊躇を見せず、


「クロユリ荘の住人を始め、神城カレンと関わった人間から、魔法と神城カレンにまつわる記憶を消去するよう命じられている。道ですれ違った程度の関係ではなく、お前を神城カレンだと認識している人間が対象だ」


 最初、何を言ってるのか分からなかった。

 いや、受け入れたくないから、無意識のうちに理解しないようにしたんだ。

 それを認めると、ぼんやりとしていた思考が、ようやく輪郭を露わになる。


 シルヴィアは、俺達からカレンの記憶を消そうとしているのだ。

 カレンが憤然とした大声で叫ぶ。


「そんなのひどいよ!」


 それは初めて見る、カレンの怒りの表情だった。

 激怒するカレンに、シルヴィアは冷酷な口調で、


「これはもう決定事項だ。諦めろ」


 そう言うと、辺りが突如として、静まり返った。

 行き交う人々の話し声、足音、車のエンジン音、ドアが開いたり閉まったりする音といった喧騒の一切が消失したのだ。 

 わずかな声や音すら聞こえてこない。


 それは、不自然だった。

 シルヴィアが俺に視線を向けた。


「これでやりやすくなる。手始めに、お前の記憶から消してやる」


 辺りが静まり返ったのは、シルヴィアの魔法が原因のようだ。

 俺に向かって右手をかざすシルヴィア。


 その直後、俺は脳が揺れるのを感じた。

 急に、手に力は入らなくなり、ケーキの箱を落としてしまった。

 シルヴィアが、酷薄な表情を浮かべる。


「精神に働きかけ、一時的に体の自由を奪わせてもらった。顔と名前を知っているくらいの記憶なら、まとめて一瞬で消せる。だが、お前達クロユリ荘の住人達は、神城カレンの近くにいすぎた。だから、一人ずつ対処する必要がある」


 体を動かそうと試みるが、指先が微動するだけで、身体的な自由がかなり制限されている。

 押さえつけられているという感じではなく、力が入らないのだ。

小説が書けるだけで、幸せ。

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