6章 5話 女の勘
部屋に帰ると、すぐにカレンが訪れた。
「今日ずっといなかったよね。どこ行ってたの?」
「ちょっとな」
カレンがテーブルの上に置きっぱなしの買い物袋をあざとく見つけた。
カフェを出てからとんでもない空気だったから、注意力散漫になり、荷物持ちの俺がそのまま持って帰ってきてしまった。何で誰も気づかなかったんだ。
「それなに? 食べ物?」
袋の中には、飾り付けのために買ってきたものが詰まっている。
袋に色が付いているので、幸い中身は見えていない。
俺は慌てて、袋を回収する。
「なんでもねーよ。つまらないものだから気にすんな」
「それなら、隠さなくてもいいんじゃない?」
カレンは袋の中身を覗き込もうとする。
俺の反応が、余計にカレンの興味を煽ってしまったらしい。
するなと言われると、したくなるという心の作用である。
俺はしつこく回り込もうとするカレンをかわし続ける。
「ホントになんでもねーから。あ、そうだ、腹減ってるなら冷蔵庫にプリンがあるぞ。持ってきてやるよ」
「プリン? やった!」
カレンは一瞬歓声を上げたが、すぐに、
「ん? 今私をプリンで釣ろうとしたでしょ。危ない危ない。騙されるところだったぜ」
ちっ、あとちょっとだったのに。
カレンが俺の顔をまじまじと見る。
「なんかおかしいなー。いつになく必死なような」
「別におかしいことなんて、ないでしょうよ」
「もしかして、私に隠し事してる?」
ぎくっ。
これが女の勘ってやつか。
「隠し事なんてしてねーって。そんな疑いの目を向けるんじゃない。いつもの屈託なく笑うカレンが、俺は好きだぜ」
カレンは俺の言うことには耳を傾けず、怪訝な表情で見上げてくる。
そのとき、インターホンが鳴った。
「お客さんが来たみたいだ」
渡りに船とばかりに、俺はそそくさと玄関に向かう。
ドアを開けると、桃音さんがいた。
「今日はやけに騒々しいわね。ゆっくりテレビも見られないわ」
「うるさかったですよね。すみません」
謝る俺の後ろから、カレンも顔を出す。
「桃音、ごめんね」
「どうしたの? 何かあったの?」
桃音さんが尋ねると、カレンは俺が持っている袋をちらっと見て、
「だって、猛丸が私に隠し事してるんだもん」
桃音さんは瞬時に状況を理解したのか、
「あんまり猛丸くんを困らせちゃダメよ、カレンちゃん」
「でも、」
「それには理由があるの。猛丸くんがカレンちゃんに、その買い物袋の中身を見せられない理由が」
「ちょっ、桃音さん」
まさか、歓迎会のことをバラす気か?
桃音さんは平然とした口調で言う。
「その袋にはね、すごくエッチな本が入ってるのよ」
「え? そうなの?」
カレンが目を丸くした。
「なに言ってるんですか」
俺が抗議の声を上げると、桃音さんが含みのある視線を送ってきた。
ここは話を合わせろ、と訴えかけてくる。
背に腹はかえられない。
俺は声を絞り出す。
「……実は、そうなんだ」
「そっか。それなら見ないほうがいいね。猛丸ごめんね」
申し訳なさそうに眉を寄せるカレン。
どうやら、納得させられたようだ。
……俺の尊厳という犠牲を払って。
カレンは自室に戻っていった。
不要な気を遣わせてしまった。
そもそも、よりによってなんでエロ本なんだよ。
よく考えれば、桃音さんならもっと利口な嘘がつけたはずだ。
「勘弁してくださいよ」
「誤魔化せたんだから、いいじゃない。ああでも言わないと、カレンちゃん諦めてくれなかったわよ。だいたい、私はわざわざ助けに来たのよ」
桃音さんは不服そうに、顔をしかめた。
これはたぶん、桃音さんの報復だ。
カフェでのことを根に持ってるんだ。
俺はそんなに悪いことしたのか?
「桃音さん、伊織の前で俺をからかうのをやめてもらえませんか」
「からかうって?」
「だから、抱きついたりすることですよ。伊織はそういうの、つまり異性交遊みたいなものに対する考えが真面目なんです。たぶんスキンシップ程度の接触でも、快く思わないんだと思いますよ」
「伊織ちゃんのことがよく分かるのね」
伊織、を強く発音した。
俺への当て付けだ。
「分かるっていうか、あくまで俺の想像ですけど」
「他の女の子のことも、猛丸くんには分かるの?」
桃音さんの表情が、一層険しくなった。
「どういうことですか?」
「だから、クロユリ荘の他の子のこと、つまり美志緒ちゃんや響ちゃん、カレンちゃんのことも、猛丸くんにはいろいろ分かるのかしら?」
最近、クロユリ荘の皆と一緒に過ごす時間が増えて、以前よりは仲良くなったように思う。
正確には、カレンが来てから、だ。
「前よりは――カレンが来てからは、皆のことを知る機会が増えたと思います」
桃音さんはしばらく口を閉ざしていたが、やがて唇を動かした。
「カレンちゃんのこと、どう思ってるの?」
俺は言葉に詰まった。
俺がカレンのことをどう思ってるかって?
桃音さんは目を逸らさず、ずっと俺を見つめている。
俺はカレンについて思うことを、途切れ途切れながらも口にしていく。
「カレンは同じアパートに住んでて、クラスメートで、魔法使いで、助けてもらったり、困らされたりする女の子です」
「それって好きっていうこと?」
桃音さんが単刀直入に聞いた。
俺は分からず、沈黙した。
「カレンちゃん、魅力的だものね。カレンちゃんだけじゃなく、クロユリ荘は可愛い女の子ばっかりで、目移りしちゃうんじゃない?」
「何言ってるんですか」
「女の私から見ても、皆良い子で、可愛いもん。羨ましいよ」
桃音さんは自嘲気味に呟いて、俺の部屋を去ろうとした。
俺は去りゆくその背中に、急いで声を掛ける。
「クロユリ荘の皆の歓迎会を企画する、桃音さんのそういうところ、俺は魅力的だと思いますよ」
桃音さんが振り返って、俺に困ったような微笑を見せた。
「本当に狡いんだから」
たまには生理的な気持ちを優先するのも、悪くないのかも知れない。