6章 3話 買い出し
土曜の午後、俺は桃音さん、伊織と一緒に、飾り付けの買い出しのために、ショッピングモールに来ていた。
伊織とのあの取材デート以来だ。
あのときは伊織とカレンと手を繋いで、この辺りを歩いた。
伊織は今日もお洒落をしてきているのだが、今回は隣に桃音さんがいるせいで、その表情が硬い。
伊織の方は、子供が背伸びしましたという様相であるのに対し、大人びた服を着る桃音さんは、まるで雑誌の表紙のモデルのようだ。
桃音さんを見ていると、腕を絡めてきた。
「ちょ、何してるんですか」
「猛丸くんと買い物なんて、久しぶりなんだもん」
「だからって、やめてください」
そのとき、伊織が俺の上着の袖を摘んだ。
「早く買って帰りましょう」
その様子を見て、桃音さんが言う。
「二人は随分仲良しみたいね」
「まぁ、そうですね。同じアパートに住んでるわけですし」
俺がそう答えて、伊織を一瞥すると、
「猛丸先輩は、悪い人ではないと思っていますよ」
と、視線を逸らして小さな声で言った。桃音さんが、絡ませていた俺の腕を強く引っ張る。
「この間、毎日送り迎えしてくれたよね」
「本当なんですか?」
伊織が俺に聞くので、
「演劇部の関係でな」
伊織が不機嫌そうに睨んできたかと思うと、そっと体を寄せてきた。
……あれ?
見えない火花が散っているような?
雑貨屋に入ると、桃音さんは一直線に文具コーナーに向かう。
紙テープや折り紙など、これまでの歓迎会で使われたものは、全てここで買ったそうだ。
案山子の大役を仰せつかったので付いてきたが、ここで俺にできることはほとんどない。
俺に飾り付けのデザインのセンスがあると思えないし、桃音さんに任せておけば間違いがないからだ。
桃音さんは棚の端から端まで、商品に穴が開きそうなほど凝視し、気になったものを手にとっては吟味している。
「えらく真剣に選んでますね」
声を掛けると、桃音さんは棚に視線を貼り付けたままで言った。
「カレンちゃんには命の危機と貞操を救ってもらったから。大袈裟じゃなくね。だから、少しも妥協したくないの」
ここは邪魔しちゃ悪いな。
この雑貨屋は女性客ばかりで、店内に男はいない。
「桃音さん、ここは任せていいですか? 俺、クラッカーとか見てきますね」
と言い残し、その場を離れた。
玩具のコーナーに行くと、伊織も付いてきた。
クラッカーを探し、いくつか手に取る。
目の端に風船を見つけ、部屋の中に浮かぶ風船を思い浮かべる。
使えそうだな。
桃音さんに見せてみようか。
「猛丸先輩」
伊織に呼ばれたので、そちらに向き直る。
「なんだ? 何か見つけたのか?」
もしもですよ、と伊織は前置きしてから、
「もしも私が送り迎えしてください、って言ったら、先輩はそのお願い聞いてくれますか」
俺はその質問に、意表を突かれた。
「えっと、理由にもよるけど、」
「百瀬先輩と同じ理由だと仮定して」
俺は考えたが、伊織のお願いを断る理由が見つからず、
「それは、送り迎えするよ」
「本当に?」
「本当だよ」
念を押して満足したのか、伊織は俺から視線を外した。
「やっぱり先輩は、誰にでも優しくするんですね。そんなことじゃ、悪い女に引っかかっちゃいますよ」
悪い女、のところで、伊織は桃音さんがいる方を見た。
今日は随分桃音さんを意識しているようだ。
「桃音さんは悪い人じゃない」
俺をからかったりするが、決して悪い人じゃない。
「分かっていますよ。悪い人が歓迎会なんて企画しないでしょうから。私が言っているのは悪い女、です。悪い女の悪い方法で、引っかからないようにしてください」
えらく棘のある言い方だ。
伊織は少し、桃音さんを勘違いしている節があるらしい。
誤解を解こうとしたとき、桃音さんがやって来た。
買い物カゴを持っていて、その中には紙テープと折り紙が入っている。
「猛丸くん、そっちはどう?」
「クラッカー見つけましたよ。それと、風船って使えませんか? 色もいくつかあるし」
「いいじゃない。使いましょう」
桃音さんは、俺の持っていたクラッカーと風船をカゴに入れた。
俺がカゴを持つと、桃音さんはまた腕を絡ませ、抱きついてきた。
その拍子に、腕が大きな胸に沈み込む。
伊織がジト目で睨んでくる。
なるほど、悪い方法とはこういうことか。
「お茶でも飲んで帰りましょう」
買い出しを済ませ、桃音さんの提案で連れられたのは、なんと取材デートで来たカフェだった。
「前から気になってたのよね」
楽しそうに微笑む桃音さんの横で、俺が直立していると、
「立ち尽くしてないで、早く入りましょうよ」
「そうですね」
案内された席も、あのときと一緒で、俺は乾いた笑いが出る。
夏目友人帳おもしろい。