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1章 4話 三馬咲 美志緒(みまさか みしお)

 ようやく家に到着した。

 高校入学時から住み始めた、クロユリ荘だ。


 二階建ての鉄筋のアパートで、俺が生まれるより前に出来たらしいが、部屋も外観も比較的に綺麗な状態で保たれている。

 一階、二階にそれぞれ三部屋ずつの計六部屋あり、俺の部屋は二階の奥から一つ手前の二○二号室だ。


 うちの高校が管理している物件で、学校から近く、家賃も安い。

 入学生向けのパンフレットにも紹介されている。


 これだけ条件が揃うと、入居希望者が大挙して押し寄せそうなものだが、実情は違う。

 去年の新入生で入居したのは俺一人だけだ。

 今年は火々野と石動が入ったが、それでもまだ一部屋埋まっていない。


 理由は分かっている。

 インターネットのサイトで、うちの高校の掲示板があるのだが、まことしやかに囁かれていることがある。


 それは、クロユリ荘に住むと恋人ができない、という噂だ。

 どうやら元々は花言葉から始まったらしい。

 黒百合の花言葉である『愛と呪い』から連想されたいろいろな悲恋のフィクションが、妙なリアリティを得て、いつしか我が校の伝説的な噂として流布したようだ。


 高校生にとって恋愛はすごく興味があって、重要なことだから、これだけ噂が広まっていることも、学生達がクロユリ荘を敬遠するのは充分理解できる。

 俺の場合は、信憑性のない噂から生まれる不安に、この物件の条件が勝っているから入居することにした。

 他の入居者に尋ねたことはないが、俺と同じような理由だろう。


 郵便受けを通り過ぎ、外階段に向かうと、ここの住人である長身の女性を見つけた。


 三馬咲みまさか 美志緒みしお


 同じ高校の一つ上の先輩だ。

 長く真っ直ぐな黒髪が、高い位置で一つに束ねられている。

 涼しげな瞳が俺の方を向いた。


「猛丸か、おかえり」

「ただいまっす、美志緒先輩」


 雑巾を持った先輩の足元にバケツが置いてある。

 階段の手すりを拭いているようだ。


 クロユリ荘の清掃は、学校が手配する業者の方が定期的にしてくれている。

 だから俺たちが掃除する必要はない。

 以前そのことを美志緒先輩に言ったが、先輩は朗らかにこう答えた。


「気になるところがあれば、綺麗にしたいじゃないか。自分が住む家なのだから」


 それ以来、美志緒先輩が掃除しているところを見たときは、手伝うことにしている。

 階段下の掃除用具入れから雑巾を取り、バケツの水で濡らし、きつく絞る。

 先輩が階段の下から綺麗にしているので、俺は上から取り掛かることにした。


 ――掃除し終えると、美志緒先輩は額の汗を拭いながら、


「綺麗にするのは、気持ちが良いな」


 ポニーテールの付け根に手を持っていき、ヘアゴムを取る。

 一つにまとめられていた髪が開放され、波打つように背中に流れた。

 先輩はいつも汗をかくほど真剣に取り組む。


「何にする?」

「じゃあ、水で」


 俺が答えると、先輩はアパートの前の自動販売機に向かい、水とお茶を持って戻ってきた。

 ペットボトルの水を渡される。

 掃除を手伝うと、美志緒先輩は飲み物を奢ってくれる。

 最初は断ったが、先輩の気が済まないということで有難く頂戴している。

 本当はジュースが欲しいのだが、先輩に子供っぽく思われるかも知れないと思い、いつも水と言ってしまう。


 美志緒先輩が顎を上げてお茶を飲むと、汗の雫が喉を伝った。


「どうかしたか?」


 先輩が小首を傾げている。

 無意識の内にじっと見つめていたらしい。


「いえ、なんでもないです」


 慌てて視線を逸らすと、美志緒先輩は不思議そうに微笑み、


「おかしなやつだな」


 俺は水を飲み終わるまで、足下あたりの地面に視線を落としていた。

男口調黒髪ロング先輩。

前話で感想もらえてうれしかったです。

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