6章 1話 歓迎会
カレンを除くクロユリ荘の住人が、桃音さんの部屋に集められていた。
全員揃ったところで、美志緒先輩、伊織、火々野が口々に言った。
「私達を集めて、何の用だ? 何か悪巧みでも思いついたのか?」
「私も悪の片棒を担ぐのは、気が進みませんね」
「百瀬センパイ、あたしは手伝わないけど、悪いことはほどほどになー」
「皆が私のことをどう思っているのかよく分かったわ」
桃音さんは、いつもの鷹揚な微笑みを返した。
「美志緒ちゃんは風紀委員長だから、私が迷惑かけているせいで、そういう態度になるのは分かるけど、伊織ちゃんと響ちゃんは何でなのかしら?」
伊織と火々野は、それぞれ答える。
「良くない噂を聞くからです。生徒会を影で操っているとか、職員会議に出席してるとか、校長先生を懐柔してるとか」
「あたしは直感」
桃音さんが俺を見る。
「猛丸くん、慰めて」
こればかりは、普段の行いを改めるしかないでしょう。
閑話休題。
桃音さんが仕切り直す。
「実は、カレンちゃんの入居祝いをやろうと思うんだけど、どうかしら?」
「そう言えば、まだしてませんでしたね」
四月の頭に、火々野と伊織の歓迎会をしたし、今年の年始には美志緒先輩のもした。
約一年前、俺が入居したときも、桃音さんは祝ってくれた。
カレンが来てから、何かとバタバタしていてすっかり失念していたのだ。
桃音さんの提案に、美志緒先輩がいの一番に頷いた。
「もちろん、やろう」
続いて、火々野と伊織も、
「いいぜ。あたしと石動もしてもらったし、しょうがねぇ、協力するぜ」
「神城先輩だけしないわけにはいきません」
俺も桃音さんに向かって、同意を示す。
「満場一致みたいですね」
「じゃあ、決まりね。今週末の日曜日でどうかしら。もちろん、カレンちゃんには内緒でね」
これまでの歓迎会はすべて、本人には内緒で準備をしてきた。いわゆる、サプライズというやつだ。
伊織が少し眉をひそめる。
「神城先輩に内緒というのは、大変そうですね。神出鬼没と言いますか、行動パターンが読めないところがありますから」
自身の秘密を暴かれたことがある伊織が、不安視するのも無理はない。
カレンの一番近くで振り回されている俺も、今回は相当難しいと踏んでいる。
美志緒先輩も深く頷き、
「確かにな。しかし、何とか当日驚かせたいものだ。私のときも、普通に企画してもらっても嬉しかったと思うが、びっくりした分とても印象に残っている」
と、当時の記憶を思い出し、嬉しそうに目を細めた。
桃音さんは、落ち着いた口調で言う。
「そこは各自気をつけるしかないわね。もし可能ならフォローし合いましょう。私にちょっと考えがあるし。それはさておき、具体的なこと決めましょうか」
すかさず、美志緒先輩が頼もしく口を開いた。
「前回に引き続き、料理は私が担当しよう」
火々野と伊織のときも、美志緒先輩が料理を振る舞ったが、二人がびっくりするくらいの料理を出していた。
「ええ、お願いね。食材の買い出しは日曜の午前中でいいわよね。荷物が重くなるだろうし、猛丸くんも付いて行ってね」
桃音さんの指示に、俺は首肯する。
「分かりました」
「土曜に私が、飾り付けの買い出しに行くわ。前に買った分は、響ちゃんと伊織ちゃんのときに使い終わった後、捨てちゃったのよね。まさか入学式の一ヶ月後に、新しい入居者が来ると思わなかったから。買い出しはモールの雑貨屋あたりがいいわね」
それを聞いて、伊織が挙手した。
「私も付いていきます。そこのお店なら、行ったことがあるので」
伊織が俺を一瞥した気がした。
その店は、取材デートで俺達が行った場所だ。
「伊織ちゃん、助かるわ。猛丸くんもお願いね」
「飾り付けの買い出しなら、二人で充分じゃないですか」
俺が首を傾げると、
「男の子を連れてた方が動きやすいのよ」
なるほど、ナンパ避けの案山子ってわけか。
「買ってきたもので、部屋の飾り付けをするのは日曜にしましょう。美志緒ちゃんが料理を作ってくれてる間に、三人でね。会場は、今回は私の部屋にしましょう」
「そうですね」
俺のときを除き、歓迎会はいつも俺の部屋で行われている。
しかし、今回に限っては、俺の部屋は、カレンが頻繁に出入りする場所であるため相応しくないだろう。
火々野が、ちょっと焦った声音で桃音さんに聞く。
「あたしは? あたしは何すればいいんだ?」
「響ちゃんはね、特殊任務をお願いしたいんだけど」
特殊任務?
なんだ、それは。
火々野も固唾を呑んで、桃音さんの言葉を待っている。
「響ちゃんにしかできない、重要な仕事よ。時が来たら教えるから、それまで待機ね」
「分かったぜ。あたしに任せな」
火々野は嬉しそうに胸を叩いた。
そういうわけで、土曜日に飾り付けの買い出し、日曜日に食材の買い出しと調理、部屋の飾り付けをすることになった。
解散の空気が漂う中、俺は桃音さんに、
「ちょっといいですか」
「どうかした?」
俺は桃音さんの口から入居祝いという言葉が出たときから、頭に浮かんでいることを話す。
「前にカレンが、駅前の洋菓子店の特大ケーキを食べたいって、言ってたんです。だから用意してやろうかと思うんですけど」
「いいじゃない。カレンちゃん、喜ぶと思うわ」
桃音さんは大きく首肯し、それから他の皆も賛成してくれた。
良い歓迎会になるように、頑張るか。
俺は少し、わくわくしながら週末を待った。
それは遠足を控える、小さい子供のような心境に近いかも知れない。
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