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5章 2話 約束

 一度クロユリ荘に帰り、待機していると、この時間に迎えに来てという連絡が来た。

 スマホに送られてきた地図を頼りに、迎えに行く。


 繁華街から距離があり、住宅街の中を進むと、目的地に到達した。

 そこは、自治体が管理する公共の多目的ホールだった。

 普通の建物の三階建てと同じくらいの高さで、規模はそこまで大きくないが、外観は綺麗だ。


 指定の時間よりも、早く着いてしまったようだ。

 桃音さんからの連絡には早く到着したり、練習の時間が押したりした場合、中に入って待っていて、とあった。


 恐る恐るエントランスから中に入る。

 自動ドアが開くと、受付の若い女性が優しく微笑み、会釈してくれた。

 俺は会釈を返し、


「すみません、ここでお芝居の稽古をしている高校の関係者で」

「百瀬さんから聞いてますよ。演劇部の練習が終わるより早く迎えが来たら、中に通して欲しいとお願いされています」


 受付のお姉さんに案内され、施設の中を進んでいく。

 いつくも並ぶドアやリノリウムの床を眺め、最も身近な公共施設である高校の校舎を連想する。


 施設内は掃除が行き届いていて、清潔感がある。

 どこかから会議をする声や、楽器を演奏する音が聞こえる。

 うちの高校の演劇部以外も利用者がいるようだ。


「着きましたよ」


 お姉さんは大きなドアの前で立ち止まった。


「この先で練習してるんですよね? 俺が入っていいですか?」

「百瀬さんからこの中で待ってもらうよう言われています」


 俺は頭を下げてから、そのドアを開けた。

 体育館のような場所で、かなりの広さがあり、その一番奥に立派なステージがある。

 そして、そこに稽古をする演劇部員達がいた。

 邪魔にならないよう、端の方から眺める。


 今度のお芝居がどんな物語で、桃音さんが何役なのか聞いていない。

 婚約者や騎士、魔女といった言葉が飛び交う。

 どうやら中世のヨーローッパが舞台のファンタジーのようだ。


 しばらくすると、桃音さんが舞台袖から登場した。

 他の演者から「姫様」と呼ばれている。

 桃音さんの表情、仕草、声音、その一つひとつに惹きつけられる。


 舞台上で躍動する桃音さんを観るのは初めてじゃないけど、それでも退屈することはない。

 演劇部には他にも容姿が良い人や、個性的な演技をする人はいるが、誰も桃音さんの存在感には敵わない。

 やはり、この人は特別な人間なんだ。




 帰り道、辺りはすっかり薄暗くなっている。

 隣を歩く桃音さんが、


「来てくれてありがとう」

「いえ。立派なところで練習してましたね」

「無料で誰でも利用できるのよ。うちの高校の演劇部で押さえているの」

「そう言えば、稽古してるところ観て良かったんですか? 部外者ですけど」


 心配して訪ねると、桃音さんは余裕をもって笑い飛ばした。


「大丈夫よ。猛丸くんはね、演劇部ではかなり有名人だから。もう関係者みたいなものよ」

「え、なんでですか?」

「私が猛丸くんの話をよくするからよ。今日の猛丸くんはこんなだったよ、みたいな」


 俺は小さく嘆息する。


「話をするのは勝手ですけど、変なことは言わないでくださいよ」

「言ってないし、言わないわ。それより、お芝居観どうだった?」

「全部観たわけじゃないんでなんとも言えないですけど、桃音さん、すごく良かったですよ」


 そう答えると、桃音さんは口元に笑みを零した。


「私じゃなくて、お芝居の感想を聞いたんだけど?」


 顔の熱が一気に上がるのを感じる。

 羞恥の念で、弁解もできないまま俯いてしまう。


「でも、嬉しい」


 桃音さんは柔和に笑いかけてくれた。

 俺達は同じところに住んでいるから仲良くしているが、そうでなければこんな風に並んで歩くことはなかっただろうなと思う。


 俺が高校入学と同時にクロユリ荘に入居し、美志緒先輩が入ってきた今年の年始まで、俺と桃音さんの二人だけだった。

 だから、きっと仲良くなったのだ。


 本格的に夜の帳が下りようとしている。

 曲がり角や物陰は、男の俺でも不気味に感じ、今にも誰か出てきそうな気配がある。

 錯覚だと分かっていても、気になってしまう。


 俺達は、街路灯が頼りなく照らす道を進む。

 桃音さんが、俺に少し近づいてきた。


「やっぱり男の子がいてくれると安心するわ」


 誰もが恋に落ちそうな微笑で、いとも簡単にこんなことを言う。


「なんで俺なんですか?」


 気がつくと、そう口走っていた。


「なにが?」

「なんで俺に迎えを頼んだんですか。他に強そうな男はたくさんいるでしょう。桃音さんが頼めば、誰でも喜んで引き受けますよ」


 言っている途中から、もう後悔は始まっていた。

 しかし、止めることはできなかった。

 まくし立てた俺に、桃音さんはいつもの調子で答える。


「猛丸くんにしか頼めないからよ。家まで送ってなんて、信頼してる人にしか言えないもの」

「またそうやってからかって」

「からかってなんかないわよ。私は本気よ」

「だからそういうの、もういいですから。クラスメートに冷たい目で見られるの嫌なんです」


 それきり俺達は黙ってしまったが、しばらくして、桃音さんが口を開いた。


「猛丸くんとこうやってゆっくり話すの、久しぶりな気がするわ」

「そうですか?」


 と言いながら、俺もたしかにそうだなと思った。

 カレンが来てから琴吹先生に言われて、カレンの面倒を見なきゃいけなかった。

 あいつは魔法使いなんていうとんでもない属性を持っていて、世話役の俺は本当に目まぐるしい日々を送る羽目になった。


 桃音さんがおもむろに言う。


「ねぇ。舞台の本番、観に来てよ。無料だし、誰でも入れるから」


 俺が口を閉ざしていると、桃音さんは少し不安そうに、


「週末予定あるの?」

「いや、そういうわけではないんですけど」

「じゃあ、いいでしょ? ね、お願い」


 桃音さんが、真剣な表情で俺を見据えている。

 俺は小さく首を縦に動かした。


「分かりました」

「本当? やった! 約束だからね」


 無邪気に喜ぶ桃音さん。

 普段は大人びているのに、たまにこうやって子供っぽさが垣間見えるのも、桃音さんの魅力なのかも知れない。

 クロユリ荘に着き、別れ際、桃音さんが「明日もお願いね」と言って、手を振った。

この物語には、オリジナリティとインパクトがない。

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