5章 1話 送り迎え
昼休みになり、カレンと食堂に行こうと席を立つと、
「谷河、百瀬先輩が来てる」
とクラスメートが慌てた様子で俺に告げた。
見ると、ドアのところに桃音さんが立って、小さく手を振っている。
クラスメート達の視線が、桃音さんに一斉に向けられる。
異性である男子はもちろん、女子も熱い眼差しを送っている。
華やかな容姿に、妖艶なオーラを持つ桃音さんは、意図せず注目を集めてしまうのだ。
カレンを席で待たせて、俺だけ桃音さんのところへ行く。
「大事な休み時間にごめんね」
「いえ、それは全然大丈夫ですけど。どうしたんですか?」
「実はお願いがあるの」
「なんですか?」
「今週末本番の舞台があるの」
「演劇部の活動ですか」
桃音さんは首肯し、
「今日から練習の場所が体育館から、本番の公演が行われる場所に変わるんだけど、それがちょっと遠くなるの。しかも、練習時間も延びて、帰りも遅くなっちゃうし」
「なるほど」
クロユリ荘から遠くなる上に、部活の終了時間も遅くなる、と。
「だからね、部活が終わる時間に迎えに来て、一緒に帰って欲しいんだけど」
「いいですよ」
「本当? ありがとう」
二つ返事した俺の両手を取って、喜ぶ桃音さん。
クラスメートの視線が怖いから、早く放して欲しい。
桃音さんが、迎えに行く場所の住所と地図をスマホに送ってくれる。
「よろしくね。そうだ」
立ち去ろうとした桃音さんが踵を返し、耳元で囁く。
「猛丸くん、一人でお願いね」
またこの人は、思わせぶりなことを。
「さすがの俺も、カレンを遅い時間に連れ回したりしませんよ」
カレンなら魔法で何とでもできてしまうのだろうけど。
カレンのところへ戻ると、
「桃音と何話してたの?」
「演劇部の練習の場所が遠くになって、帰りの時間も遅くなるから迎えに来てくれだってさ」
「私も一緒に行っていい?」
「一人でって言われた。それより、待たせて悪かった。早く食堂に行こう」
歩き出したとき、カレンが真面目な顔で聞いてきた。
「桃音って、猛丸のこと好きなの?」
「は? そんなわけないだろ」
「そうなの? いつも猛丸に迫ってるからてっきり」
「あの人は俺をからかって楽しんでるだけなんだよ。それか良いところ、何でもお願いを聞いてくれる後輩って感じじゃないか。今回のことは桃音さんの事情で、カレンに夜道を歩かせるのが嫌だったんだろうし。それより今は、昼飯だ」
カレンに背を向けて、俺は歩き始める。
後ろでカレンが「待ってよ」と言った。
自分が可愛いと思うヒロインが、読者にとっても可愛いかどうかは分からない。