1章 3話 石動 伊織(いするぎ いおり)
無表情系クール後輩。
読み返すと、猛丸と伊織の会話がいかにもオタクっぽい。
家まで後少しというところで、小さな書店が現れた。
前を通ると、店内に見覚えのある横顔を発見した。
眼鏡の位置を直しながら、本棚に視線を走らせている。
石動 伊織。
火々野と同じ学年で、身長も同じくらいだ。
ブレザー姿の石動は切りそろえられたショートカットを揺らし、本棚の最上段、本人の目線より高い位置にある文庫を見上げている。
手を伸ばすが、わずかに届かない。
今度はつま先立ちをしたが、ぴんと伸ばした手の指先がぷるぷると震えている。
目当ての本に触れるか触れないかくらいかまで近づいた。
しかし、石動の身長ではわずかに足りないようだ。
見かねた俺は代わりにその本を取り、石動に差し出した。
「これだろ」
「先輩じゃないですか。どうも」
石動は平坦な口調で言い、ぺこりと頭を下げ、本を受け取った。
そして、感情が希薄な顔を店の奥に向け、
「マニアックな成人向けの本は、あちらですよ」
「要らん案内はしなくていい」
そもそもまだ十六歳だ。
「この時間帯は店主のおじいさんが店番をしているので、レジで年齢確認される可能性が最も低いのです」
「…………」
「購入を考えましたね」
「年上をからかうんじゃない」
気まずい空気を誤魔化すため、話題を変える。
「店番のシフト知ってるくらいだから、よく来てるんだよな?」
「そうですね。家から最も近いですし、繁盛していないおかげで、ゆっくり見て回れますから」
「身も蓋もないこと言うんじゃない」
「おそらく採算度外視で、趣味の延長のようなぬるい経営をしているのでしょう」
「容赦ねぇな」
「重要なのは、このお店が私にとって利用しやすいお店ということです」
平然とした表情で毒づく石動に嘆息する。
石動は本を取るために、とりあえず平台に置いたのであろう十冊前後の本を抱え上げようとする。
「そんなに買うのか?」
「えぇ、まぁ。私にとって読書することは、呼吸するのと同様に、あるいは先輩を罵倒するのと同様に自然なことです」
「何が自然だって?」
「先輩がマニア向けの成人雑誌を買うことです」
「その話題掘り返すのかよ」
「さて、何の生産性もない会話はこのくらいにしましょう」
石動が積み重なった本を抱え、レジへ向かおうとする。
「大変そうだな、持とうか?」
「結構です。申し訳ないので」
歩き出した石動が抱える本の半分を奪い、レジまで持っていく。
「頼んでもないのに、まったくお節介な人です」
石動がそう呟いたのが聞こえた。
会計を済ませ店を出ると、石動は小さく頭を下げ、
「それでは」
「どうせ同じ場所に帰るんだし、一緒に帰ろうぜ」
「欲しかった本が一冊なかったので、大型の書店に行こうかと思っています」
「そうか。気をつけてな」
石動は一礼してから歩き始めたが、すぐに振り返り、
「一つだけ言っておくべきことがありました」
「なんだ?」
「後数分で店番がアルバイトの女性に変わるので、お買い物はお早めにした方がいいですよ」
これ以上男のプライドを傷付けるのは、やめてくれ。