4章 3話 首輪
オモチが火々野の部屋に住むようになって、一週間が過ぎた。
オモチは新しい環境にすぐに順応した。
今ではテレビを流しながら、雑誌や漫画を読んだりしてすっかり馴染んでいる。
俺とカレンは食事や風呂、トイレの世話をしに行っている。
今日は下校途中に、なくなりそうになっていたキャットフードを買って帰ってきた。
カレンと二人で火々野の部屋に行くと、オモチとすごい剣幕で喧嘩していた。
「どうしたんだよ」
「こいつがあたしプリン食べたんだよ!」
火々野は怒声を上げた。
テーブルの上に、食べかけのプリンがある。
これのことだろう。
「俺の言うこと無視するからだ!」
「無視してねぇよ!」
「落ち着きなさいよ」
俺は火々野を押さえ、カレンがオモチを抱き上げる。
「オモチはなんて言ったの?」
「キャットフードばっかりだから、たまには違うのが食べたいって言ったんだよ。人間だって毎日同じものだとさすがに飽きるだろ。それと一緒だよ。ちょうどテレビでグルメ番組やってたから、そこに出てきた肉が食べたいって言ったんだ」
「あんな高いの、買えるわけないって言っただろ!」
「俺が安いのでもいいって言ったら、無視したじゃねーか!」
「晩御飯の買い出しのついでに選ぼうと思ってたんだよ。それをトイレに行ってる間に、プリン食べやがって」
「だったらプリンなんか食べようとせずに、すぐ買い物行くって言えば良かっただろ」
「おやつぐらい食わせろよ」
睨み合っていたが、ついにオモチが火々野に飛びかかった。
相性の良い魔女であるカレンを持ってしても、オモチを止めることはできなかったらしい。
オモチは火々野の顔や頭を肉球でポコポコと叩く。
火々野はオモチを捕まえようとするが、素早い動きで翻弄されている。
「おい、お前らやめろよ」
俺が仲裁に入ろうとしたとき、火々野が体勢を崩し、転倒した。
その拍子に制服のスカートがふわりとめくれる。
クマが現れた。
六畳一間のアパートに。
パンツに可愛いクマがプリントされているのだ。
突然出没したクマと目が合う。
そのつぶらな瞳が俺に向けられる。
めくれたスカートを大慌てで元に戻し、起き上がる。
火々野は顔をしかめながら、俺を睨み付けた。
「……見ただろ」
「あぁ、ずっとクマと目が合ってた」
「嘘くらい吐けよ!」
「男らしいかと思って」
「どこで男らしさ見せてんだよ!」
オモチに向き直る火々野。
「お前のせいだぞ」
「そっちが勝手に転んだんだろ」
第二ラウンドが始まってしまった。
俺とカレンはまた分担して、火々野とオモチをおとなしくさせようとする。
抵抗する火々野を後ろから羽交い締めにして、何とか動きを止める。
一方、オモチをカレンから逃れようと、テーブルに飛び乗る。
そのとき、テーブルの上のプリンが宙に舞い、オモチの体に付着した。
驚いたオモチは闇雲にジャンプし、その先に俺と火々野がいた。
そして、慌てる火々野に巻き込まれる形で俺達は倒れる。
だが、床に咄嗟に手をついたことで何とか助かった。
危ないところだったが、どこにも痛みは感じない。
「……おい」
下から低い声がする。
どうやら火々野が俺の下敷きになっているようだ。
退こうとすると、火々野が怒気を孕んだ声音で言う。
「どこ触ってんだよ」
確認すると、右手をついていたのは床ではなく、火々野の胸だった。
「いつまで触ってんだよ!」
火々野は俺を突き飛ばし、自分の体を抱きしめるようにして、両腕で胸部を隠した。
涙目で睨み付けてくる。
「何か言うことないのか」
「分かってる。謝るよ。平らすぎて、床と間違えちまった」
「喧嘩売ってんのか! あたしの胸に触ったことを謝れよ」
「それに関しては不可抗力だし、事故みたいなもんだと思ってる。ただ、床と間違えたことは失礼だから謝る。すまん」
「バカ!」
声を荒げる火々野の横で、カレンがオモチをティッシュで拭いている。
「オモチ汚れちゃったね」
「ベトベトするぜ、気持ち悪いよ」
「風呂に入れるか」
ハプニングのせいで気が逸れ、火々野とオモチの喧嘩の熱は下がってしまったようだ。
とは言え、火々野はまだ不機嫌で、オモチの世話をしようという雰囲気じゃない。
オモチを風呂に入れるため首輪を外すと、カレンがオモチを抱え上げ、
「私が入れるよ」
そのままオモチを抱えて風呂場に行った。
首輪もプリンの被害に遭ったようなので、その汚れを落としていく。
首輪にはいくつもの傷があり、年季が入っているように見える。
今まで意識しなかったが、付属しているリボンが気にかかった。
首輪と同じ赤色の可愛らしいリボンだ。
よく見ると左右の輪の大きさがわずかに異なり、高さも違っていて平行になっていない。
市販されているものではなく、手作りのようだ。
イタズラしたというやつらが、買うのはもったいないから自作した?
そもそも、イタズラでリボンまで付けるだろうか。
「なぁ、火々野」
「なんだよ」
火々野は棘のある声で返事した。
俺への怒りもまだ冷めていないようだ。
俺はあることを考えながら、カレンが戻ってくるのを待つことにした。
変に真面目になってしまう。
伏線とか整合性とか、優先順位を下げなきゃいけない。