4章 2話 オモチ
歓声を上げていたカレンが、白猫に聞く。
「野良猫ってことは、名前もないんだよね?」
「名前っていうのは、他のものと区別するための便宜的な記号に過ぎないからな。唯一の存在である俺には必要ないのさ」
ニヒルに答える白猫。
いちいち芝居がかっていて鬱陶しい。
「ないみたいだから、俺らでつけるか」
すぐにカレンが、
「白いからオモチでいいんじゃない」
「安易だな。適当すぎないか? 火々野が納得すると思えん」
火々野の反応を見ると、
「オモチ……うん……、いいんじゃねーか」
どうやら気に入ったようだ。
火々野が良いなら、俺は構わないんだが。
「できればもっとスタイリッシュで、カッコイイのにしてほしいんだけど」
オモチが異議を唱えるが、カレンと俺は、
「オモチは不満なの? 私は可愛くて良いと思ったんだけど」
「ダメだぞ、オモチ、わがまま言っちゃ」
「もう定着してるし!」
「諦めろ。名前なんてただの便宜的な記号なんだろ」
俺がそう言うと、オモチは言葉を詰まらせ、最後には受け入れた。
「しばらくの間面倒見るなら、いろいろ買い揃える必要があるな」
「そうと決まったら、出発だ」
オモチが火々野の頭の上に飛び乗った。
俺達はペットショップに向かった。
「具体的には何が必要なんだろ。とりあえず、衣食住にまつわるものだよな」
俺が首を捻っていると、カレンがオモチに質問する。
「何歳なの?」
「一歳だ」
ピンと来ない。
火々野が口を開く。
「人間でいうと十六歳くらいだ」
「ケージとは要るのかな」
「狭苦しそうなところは、息が詰まるよ」
オモチが答えた。
顔をしかめているように見える。
「通常一歳の猫にケージは必要なんだろうか?」
俺が誰に聞くともなく呟くと、また火々野が口唇を滑らかに動かした。
「完全な屋内での飼育なら、基本的にケージはあった方がいい。家の中でも事故は起こるからな。猫嫌いの同居人がいる場合とかも必要だ。猫にとってケージは、昼寝とか放っておいてほしいときに籠もれる自分の部屋として使える。飼い主の中には、ケージは狭くてかわいそうだからって言うやつもいるけど、それは人間のエゴだ。ただオモチみたいに狭くて嫌がる猫もいる。今回みたいに猫に直接聞けるなんてレアなケースはそうそうないから、様子をみて判断するしかないけどな」
感心して聞いていたカレンが、徳用のキャットフードを手に取りながら、
「ご飯は絶対いるよね。やっぱりお魚がいいのかな」
また火々野が答える。
「昔は日本人の食生活が魚中心で、猫にも魚を与えていたから、猫は魚が好きっていうイメージがついているだけで、本当は肉食なんだ」
「へ~。あ、猫用のミルクがある。私達が飲む牛乳とどう違うんだろう?」
「入ってる栄養素が違うんだよ。牛乳だと猫にとって摂り過ぎたり、足りなかったりする栄養素があるんだ。例えば、乳糖は分解しきれなくて下痢を起こしちまう。もちろん、個体差はあるけどな」
すかさず火々野が答え、別の棚を見る。
「食器は食事用と飲み水用があった方が良い」
……もしかして。
「あのさ、あくまで俺の想像なんだけど、もしかしていつか猫を飼うために勉強してた?」
「……そ、そんなわけねーだろ。何バカなこと言ってんだよ」
火々野は視線を逸らした。
「いや、すごく詳しいから」
「そうか? あたしが言ったことって、全部皆が知ってる常識だろ?」
本人もかなり苦しい言い訳だと自覚があるようで、大量の冷や汗を流している。
追求したところで得るものがあるわけでもないし、さっさと買い物を進める。
「あとはトイレとトイレ用の砂だな」
必要なものが揃ったところで、オモチが騒ぎ始めた。
「トイレは個室にしてくれよ。それとベッド! ベッド買ってくれよ!」
「居候があんまり贅沢言うなよ」
「なんだよ。猫のくせに、猫の分際で、ふかふかのベッドはもったいないって言うのか?」
「そこまでは言ってねぇよ」
「猫に人権はないのかよ!」
「それはそうだよ! 猫に人権はねぇよ」
その後、暴れるオモチを鎮めるために、爪とぎ、小枝タイプのマタタビ、猫じゃらしなどを買う羽目になった。
そして、火々野の部屋に荷物を運んだ後、クロユリ荘の皆に事情を説明し、了解を得た。
最近感心したラブコメは、「かぐや様は告らせたい」。