3章 7話 箒飛行
店から少し離れた商店街のベンチで寝ているカレンを発見したときには、走っても間に合わない時刻になっていた。
起こして事情を説明すると、
「私も美志緒と桃音に見つかりそうになったから、マネキンの振りをしたの。二人が通り過ぎてから、店を出てどこかで時間を潰そうと思ってたら、ちょうど良いベンチがあって」
マネキンの振りってなんだよ。
あの二人のことだから、気づいててスルーしたんだろう。
とにかく、もう間に合わない。
しかしそれは、走った場合の話だ。
気は進まないが、一つ方法がある。
「カレン、箒で俺を噴水公園まで運んでくれないか」
「分かった。乗って」
カレンが箒を出し、それに跨る。
そうか。
二人で箒に乗る、という発想がなかった。
初めて会ったときみたいにぶら下がるのをイメージしていた。
俺はおずおずとカレンの後ろに乗った。
とりあえず、箒を両手で握ってみる。
突然、ダンシングラビットが消えた。
「飛ぶのに魔力使うから消したよ。猛丸、ちょっと急ぐね。しっかり捕まってて」
カレンがそう言うや否や、箒はすごい勢いで上昇し、目的地に向かって高速飛行を始めた。
俺はあまりの恐怖に、箒を掴んでいた手を放し、カレンに抱きついた。
ジェットコースターの比じゃない。
速度も高さも桁違いだ。
しかも安全バー無しときてる。
怖い思いをしてる甲斐あって、本当にあっという間に、噴水公園が見えた。
地面に近づき、もう着陸のことを考えた方が良さそうだが、箒の飛行に変化はない。
「そろそろ速度落としたほうがいいんじゃないか」
俺がそう叫ぶと、カレンが振り向き、
「ブレーキがきかないの!」
「はぁ!?」
箒にブレーキなんかあるのかという疑問など、すぐにどうでもよくなった。
このままだと母なる大地と正面衝突だ。
これマジで死ぬんじゃないのか?
カレンが必死に箒をコントロールして、ようやく速度が落ち始めた。
しかし、もう地面は寸前に迫っている。
咄嗟に目を瞑る。
もうダメだ!
――何かに衝突したが、意識はある。
死んではいないようだ。
体に多少の痛みはあるが、動かないほどではない。
どうやらカレンがすんでのところで機転を利かせ、俺達は茂みに突っ込んだようだ。
茂みから這い出る。
カレンはどこだ?
辺りを見回すと、すぐ近くの茂みから足が生えていた。
ニーソックスに包まれている二本の細い足が、天に向かってそびえている。
カレンは逆立ちのような姿勢で、茂みに突き刺さっているのだ。
スカートが重力に従い、カレンのウエストを覆うように被さっているせいで、白と青の縞パンが惜しげも無く披露されている。
「カレン、あの、……大丈夫か?」
「なんでいきなり夜になったの?」
何とか生きていた。
だが、状況が飲み込めていないらしい。
機転ではなく、僥倖だったのか。
カレンは足をバタバタさせながら、「なんでー」と叫んでいる。
パンツと喋っているみたいだ。
「茂みに突っ込んでるんだよ。今引っ張りだすから」
足首を持ち、なるべくパンツを見ないようにしながら、カレンを引っ張り上げる。
絶妙に引っかかっていて、なかなか抜けない。
痛くさせないようにするための力加減が難しいというのもあるだろう。
「時間大丈夫なの?」
慌てて時計を見た。
「まずい。後一分しかない」
公園中央の噴水まで全力で走ってギリギリという感じだ。
カレンを助けてまた箒に乗せてもらえばという考えが脳裏をよぎるが、この調子では引っ張り出せそうにない。
「猛丸だけでも行って」
カレンが語気を強めて言った。
依然としてパンツは丸見えだ。
しかし、気づいていないのか、気にしていないのか、カレンはさらに強い口調で、
「伊織が待ってるんでしょ。早く行って」
俺は上着を脱ぎ、パンツを隠すように被せる。
そして、石動の待つ噴水へと駈け出した。
笑い、というかコメディの哲学みたいなものは、皆それぞれ持っていると思います。