3章 6話 約束
石動のプランに従い、ショッピングモールの一角にある雑貨屋に来ている。
「以前から少し気になっていたもので。この機会に見てみようと思いまして」
というのがここに連れて来られた理由だ。
カレンはぬいぐるみが並んでいる方へ走って行ってしまった。
俺と石動は文房具コーナーに向かう。
途中、生活雑貨と小物のコーナーを横切る。
タオル、ハンガー、コップ、部屋や浴室の便利掃除道具、調理器具――様々なものが目に飛び込んでくる。
小物は基本的に置物などだが、用途がわからないものもたくさんある。
見ているだけで時間が過ぎそうだ。
文房具コーナーに着き、ボールペンやノートの棚を見ていると、カレンが戻ってきた。
両脇にぬいぐるみを抱えている。
左右三匹ずつ、計六匹だ。
「それはなんだ?」
「買って」
「戻してきなさい」
「えー、こんなに可愛いのに!」
どれも可愛いとは到底思えない、妙な造形をした生物のぬいぐるみばかりだ。
踊るうさぎもそうだが、やはりこいつはセンスがおかしい。
「この子達もウチに来たがってるよ」
抗議するカレンが、腹話術を始める。
「旦那~、買ってくれよ~」
なんだよ、そのアプローチ。
無視を続けると、
「このままじゃ俺達、路頭に迷っちまうんだよ~」
「くだらねぇ!」
石動は、ある一点を見つめていた。
「何か買うのか?」
「いえ」
短く答え、その場を離れていく。
しばらく経ち、石動が俺とカレンを集めた。
「この後ですが、もう少しモールを回って、夕方の七時に噴水公園に行く予定です」
噴水公園はこの街で最も大きな公園で、中央に噴水があることからそう呼ばれている。
「でも、確か七時になると、噴水が止まるんじゃなかったか」
「はい。ですが、その代わり、イルミネーションが点灯します」
「そうなのか。知らなかった」
「猛丸くんもまだ見たことみたいですね。私も初めてです」
イルミネーションとは、まさにデートに相応しい。
「そう言えば、書店には行かないんだな」
「どうしてですか?」
「だって、本好きだろ。それってこのデートがあくまで取材だから、資料になりそうな場所だけを選んでるのか?」
「もちろん前提として、それはあります。しかし、もう一つ理由を挙げるなら、デートは一人だけ楽しくても仕方がないと思うからですね」
俺は少し驚いた。
今日のプランを練るに当たって、石動は多少でも俺のことを考えてくれたのか。
そのとき、カレンが急に、俺の肩を軽く叩いた。
「ねぇねぇ」
「なんだ? ぬいぐるみなら買わないぞ」
「向こうに響がいるよ」
慌ててカレンが言う方向を見ると、同じフロアにあるペットショップの前に火々野がいた。
店はガラス張りになっていて、火々野は店内の動物達を熱心に見ている。
こちらに気づく様子はないが、バカ騒ぎをしていれば、いつ発見されてもおかしくない。
「移動しましょう」
石動の意見に反対する者はおらず、俺達は逃げるようにモールを出た。
「本当はモールの中の服屋さんに行く予定でしたが、別のお店にします」
この近くにアパレルショップは何軒かあるが、また火々野と遭遇するかも知れないから、少し離れたところの方がいい。
ただ、石動の計画では七時に噴水公園へ行くことになっている。
噴水公園はここからそんなに離れていない。
だから、あまり遠くに行くと移動の時間が増え、店の中で過ごす時間が減ってしまう。
石動としてはどうなんだろう。
やっぱり知っている人に会いにくい方を取りたいのかな。
石動にそれらのことを言うと、
「猛丸くんの言い分はもっともです。遠くの方が、知人と合う可能性が低くなりますから。ただし、別に移動の時間が長くなることはデメリットではありません」
俺が首を傾げると、石動は淀みのない口調で言う。
「どこかお店に入っていなくても、私達が一緒にいる時間は全てデートですよ」
俺達は相談して、ここから少し距離のあるアパレルショップに行くことにした。
客は少ないが、質の良い物を扱っている感じがする。
店に入ってすぐカレンが、
「ちょっとあっち見てくるね」
「あ、おい!」
俺の制止も聞かず、奥の方へ駆けていくカレン。
まったく、協調性のないやつだ。
「私達はゆっくりしましょう」
石動の提案に乗り、俺達はプランが許す時間まで服を見て回る。
何だか本当にデートしてるみたいだ。
いや、もちろんこれはデートなんだが、ふと取材という目的を忘れ、純粋に楽しんでいる瞬間がある。
そんなことを考えていると、視界の端にあるものを捉え、ぎょっとした。
美志緒先輩と桃音さんがいる。
似ている人とかじゃない。
まさかここで遭遇するとは……。
石動に教えると、表情に焦燥を滲ませる。
「火々野さんだけでなく、三馬咲先輩と百瀬先輩にも会うなんて」
桃音さんに見つかったら一巻の終わりだ。
とてもじゃないが、あの人を相手に誤魔化しきれる気がしない。
店の外に出ようとするが、奥まったところにいるため、ほとんど一本道になっている。
二人がこちらに向かってくる。
このままでは鉢合わせてしまう。
「隠れるぞ」
俺は咄嗟に石動の腕を取り、近くの試着室に飛び込む。
入ってから気がついたが、どうやら下着売り場の試着室のようで、かなり狭い。
よく考えれば、二人一緒に入る必要はなかったのだが、冷静な判断ができなかった。
半畳ほどの場所で、石動と息を潜める。
石動との距離は、映画館のときよりも近くないはずなのに、個室という遮断された空間のせいで、妙に相手を意識してしまう。
石動のわずかな動きが視界に入り、ほのかなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
「美志緒ちゃんはこういうのが似合うんじゃない?」
近くから桃音さんの声が聞こえた。
おそらくこの更衣室の真ん前だ。
桃音さんが美志緒先輩の下着を選んでいるらしい。
俺も石動も体を強張らせた。
桃音さんに続いて、美志緒先輩の声がする。
「こんな面積の小さい下着、着られるわけがないだろ。それにうっすら透けてるじゃないか」
桃音さんは何をしてるんだ、と思いつつも、外の様子が気になってしまう。
あの二人が色とりどりの下着片手に、女子トークしているのを見てみたい。
石動が俺を睨み、小声で、
「間違っても顔なんか出さないでくださいね」
どうして分かった――じゃなくて、
「見損なってもらっては困るね」
「せめて、見たいと思ってない、と言ってください」
……なるほど、その手があったか。
しばらくして、先輩達の声がしなくなったことで、俺達は危機を脱したと分かった。
生殺しの監獄を出て、大きく息を吸い込む。
ようやく生きた心地がする。
時計を見ると、結構な時間が経過していた。
今から噴水公園に向かってちょうどくらいだ。
「神城先輩はどこにいるんでしょう」
石動が店内を見回しながら聞いてきた。
それから俺達は店の中を一通り探したが、カレンは見つからなかった。
何度も電話するが、出る気配がない。
俺は表情を曇らせる石動に、
「先に行っててくれ。一緒に探して全員間に合わなかったら、イルミネーションの取材できないだろ。カレンと合流したら、すぐに向かうから」
「わかりました。ただし、くれぐれも、時間厳守でお願いします」
石動は黙考した後、そう言った。
納得していないが、仕方ないと思っているのだろう。
そして、切実な表情で、「約束ですよ」と言い残し、噴水公園に向かった。
密室で密着。ベタ、あるいは使い古されたシチュエーション。