3章 2話 取材デート
ついに、言ってしまった。
そして、聞いてしまった。
この瞬間、石動の秘密を知ってしまった、ということが歴とした事実となったのだ。
それは、石動の様子がおかしくなり始めてから、俺が最も危惧していたことだった。
石動の反応を見ていれば、小説を書いていることを他人に知られるのは恥ずかしいと思っていると誰でも分かる。
カレンのような例外を除いては。
しばらくすると、石動はすっかり落ち着きを取り戻した。
「座ってください」
俺とカレンは、この部屋からまだ脱出できないようだ。
罪悪感から、正座で座った。
俺達の向かいに座った石動は、仕切り直しとばかりに、一つ咳払いをしてから、
「谷河先輩、神城先輩、先程言った通り、私は小説を書いています」
「書いてるって、プロってことか?」
そう聞くと、石動は首を横に振り、否定して見せた。
「いいえ、そうではありません。アマチュアです」
「ってことは、趣味みたいなものってことか?」
「最初はそうでしたけど、今は新人賞の応募を考えています。机の上の原稿がそうです。初めて書いているちゃんとした小説です。まだ執筆中ですが」
読書が趣味の石動の「好き」が高じて、プロを目指すことは自然な流れかも知れない。
「とにかく、このことは他言しない。墓まで持っていく。だから安心していい」
立ち上がろうとすると、石動が、
「待ってください」
「まだ何か?」
石動が俺達を引き止めたのは、秘密の件を口外しないように念を押すためだと思っていたのだが、どうやら他に理由があるようだ。
「私の執筆のお手伝いをしてください」
「手伝い?」
思わず聞き返すと、石動は淡々とした口調で言う。
「実は執筆作業が難航しているのです。原因は分かっています。恋愛小説を書いているにも関わらず、その、」
恥ずかしそうに、少し言い淀んでから、
「私はそういう経験がないんです」
「そういう経験っていうのは、恋愛にまつわる体験っていうことだよな? 自慢じゃないが、俺だってそんな経験ないし、大したアドバイスなんてできないぞ」
「谷河先輩に恋愛のアドバイスなんてもの、期待していません」
石動が冷たい眼差しを向けてくる。
「じゃあ、どう手伝うっていうんだ」
「私とデートしてください」
石動は俺の目をじっと見て、言い切った。
「どういうことだよ?」
「デートするシーンがあるのですが、納得のいく描写ができないのです。もちろん私には、異性とのデートの経験なんてありませんし、想像力にも限界があります。だから、取材としてデートに付き合ってください。こんなことは、私の秘密を知っている人にしか頼めません」
確かに、「取材として」という部分を説明せずにデートに誘うのは、リスクが大きい。
「そんなの本当に男の俺と行かなくても、女の子であるカレンと一緒に行けばいいだろ」
「じゃあ私も一緒に行くよ。いいでしょ、伊織?」
カレンが尋ねると、石動は首肯した。
「はい、構いませんよ」
何だか話がおかしな方向に向かっている。
「カレンが行くなら、俺はいいだろ」
「ダメです。取材のためでもありますが、デートの際の男性の気持ちを逐一知りたいのです」
もっともらしい理由で断られ、俺は言葉に詰まってしまう。
「谷河先輩は、私と外出するのがそんなに嫌なんですか」
石動は眉をひそめ、上目遣いで俺を見つめた。
こういう聞き方はずるい。
「嫌とかじゃなくてだな」
単純に気恥ずかしいだけなんだよ。
「住居侵入罪」
石動の発したその一言は、俺の背筋を凍らせた。
元はと言えば、完全に俺とカレンが悪いのだ。
承諾なく部屋に入った上に、石動の秘密を暴いてしまったわけだし。
「分かったよ。俺にできることなら、何でもやらせてくれ」
それが少しでも石動への罪滅ぼしになるのなら、喜んで引き受けるべきなんだ。
「明日は日曜日ですし、ちょうどいいです」
こうして、石動とのデートが決まった。
ラブコメにデート展開は必須だが、マジでデートってどこ行けばいいのか分からない。