2章 4話 ミニカレン
このノリは完全に私個人の趣味。
風紀委員の活動を手伝い始めて三日目、分かったことがある。
実感したというべきか、美志緒先輩が言っていた通り、圧倒的に人手が足りない。
千人超の学生を三十人前後で取り締まるというのは、かなり厳しい。
初日に比べれば減った気はするが、この調子では、撲滅は不可能に近いだろう。
加えて、途中から気づいたのだが、男子学生の一部は、故意に規則違反を繰り返しているようだった。
つまり、美志緒先輩に怒られるためだけに、わざとシャツを出したり、余計なものを持ってきたりしているのだ。
俺はカレンと組んでいる。
カレンはメジャーを、俺は布袋とクリップボードを持ち歩いた。
この分担になったのは、俺がスカート丈を注意するのは心苦しいからという理由だ。
相手も男の俺に注意されたくないだろう。
昼休み、風紀委員室で美志緒先輩が持ってきてくれた弁当を食べている。
先輩の料理の美味しさのおかげで、楽しい昼食のはずが、俺達の表情は晴れない。
「なかなか難しいですね」
先輩にそう言うと、毅然とした態度で、
「確かに厳しい戦いだが、この程度のことで音を上げるわけにはいかない」
真面目というか妥協しないというか、まったく美志緒先輩らしい。
「実際問題、どうしましょうか」
「校内放送じゃ違反者は改めないでしょうし、登下校と昼休み以外で風紀委員の活動はできないですよね」
「もっと大勢で取り締まれればいいんだが」
ため息混じりに零す先輩。
「協力者を募るってことですか」
俺やカレンみたいなのは珍しい。
それに協力を呼びかける暇があるなら、その時間に取り締まりの活動をしろっていう話だ。
ビラを作成するのも同じことだ。
先輩もそう考えているらしく、俺と先輩は二人して閉口してしまう。
「私に任せて」
カレンが口を開いた。
俺と先輩は、同時にカレンを見やる。
「任せてって、どうするつもりだ?」
カレンは俺の質問には答えず、目を瞑って、右手を前に出して下に向けた。
すると、床に幾何学模様が浮かび上がり、その直後、室内に無数の小さな光り輝く球体が漂い始める。
そして、その一つが弾け、――制服姿のカレンが現れた。
しかし、サイズがおかしい。
全長が二十センチほどしかない。
しかも、二等身だ。
その小さなカレンが出現したのを皮切りに、浮遊する光の球が次々に弾ける。
その一つひとつから小さなカレンが生まれ、床やテーブルに着地していく。
あっという間に、風紀委員室は小さなカレンで埋め尽くされた。
俺と美志緒先輩は愕然とし、目を見張った。
先輩がぽつりと呟く。
「これは、すごいな」
空を飛ぶという魔法以外は見たことがなかったが、信じられない光景を目の当たりにすると、改めてカレンが魔法使いなのだと思い知らされる。
カレンは当然のように、
「ミニカレンだよ」
小さなカレン――ミニカレン達は、興味深そうに俺と美志緒先輩を見上げていたが、「たけまるー」「おなかすいたー」と、俺の肩や腕に飛び乗ってきた。
「やめろ!」
足下にもわらわらと集まってきて、一斉によじ登ってくる。
腕や肩にぶら下がったり、頭に乗ったりし始めた。
顔面を覆うように張り付いてきて、髪の毛や頬を引っ張られる。
「ええい、鬱陶しい」
ストレスが臨界点に達した俺は、ミニカレンを体から剥がし、放り投げる。
ミニカレンは「きゃー」と叫びながら、楽しそうに笑っている。
遊んでいると勘違いしたのか、「わたしもやってー」とどんどん飛びついてくる。
俺はミニカレンを掴んでは投げ、
「アトラクションじゃない!」
美志緒先輩のところにも集まっていて、先輩は腕いっぱいにミニカレンを抱えている。
「何とも名状しがたい可愛らしさがあるな」
確かに可愛いとは思うが、それ以上に鬱陶しい。
まるで幼稚園児の相手をしているようで、保育士さんの苦労が垣間見える思いだ。
どうやらミニカレンは、幼児程度の行動原理しか持ち合わせていないらしい。
しかも、カレンの天真爛漫な性格がベースにあるという嬉しすぎる特典付きだ。涙が出てくるね。
「で、この状態でどうするって?」
「手伝ってもらうんだよ、この子たちに」
カレンは平然と言ってのけるが、俺はどうしても鵜呑みにできない。
確かに人手は足りそうだが、ミニカレンたちが人手となるかは分からないからだ。
今も俺の体にしがみつきながら、「もっとやってー」「もういっかいー」と叫んでいる。
強引に引き剥がし、席に戻ると、そこにあるはずの弁当が空になっていて、すぐ近くにお腹をパンパンにして、仰向けで寝ているミニカレンがいる。
実に幸せそうな寝顔だ。
眉間に皺を寄せる俺の横から先輩の手を伸びてきて、眠っているミニカレンに掛け布団を被せるようにハンカチを乗せた。