読者の想像力に丸投げするシリーズ ~君は私と出会えて幸せだった?~
貴方は自分の想像力に自信がありますか?
『ねぇ。君は私と出会えて良かった?』
それは懐かしい声だったが、別に振り向こうとは思わなかった。
どうせ嘘だと分かっていたから、ただ目の前を見つめて苦笑する。
――サラ・ヴァ―ミルトン、ここに眠る。
墓石の表面には色々と彼女の功績が刻まれているが、俺にとっての真実はこの一行のみだ。
サラは死んだ。もういない。だから声の正体にも察しが付いた。
「君はサラの言霊だな?」
サラが唯一持っていた最大最強にして最低最悪な世界を変革する能力――言霊。早い話が限定的に『嘘を実現する』という力だが、まさか本人の死後にこんな形で現れるとは思ってもいなかった。
ひょっとして今でも覚えている彼女の最期の言葉――私はいつでも君を見ているよ、という“嘘”によって誕生したのが今ここにいる彼女なのだろうか。
『……あはは。ばれてたか』
嘘のサラは悪戯がばれた子供のように笑っている。しかし振り返らずとも分かる彼女の反応はまるで嘘なのに本物のようで、それは何だか不思議な感覚だ。
何処か嬉しいようで虚しくもあり、それでもこうして再びサラと話ができたという実感が俺の心に温かい熱を与えてくれる。
たとえそれが一時のまやかしに過ぎないとしても、今だけはこの温もりを大切にしたいと思った。
「なぁ、お前はグラスを覚えているか?」
『あの変な人?』
「俺はあいつと一緒にここを出る。この国から……逃げようと思う」
『――帝国を敵に回すってこと?』
「こっちから敵対する気はないさ。真面に戦って勝てる相手でもないからな。だから、次の戦場でどうにか死んだことにする」
当然リスクはある。きっとすぐにばれるだろう。もしかしたら何処までも追い掛けてくるかもしれない。何せそれだけの秘密が俺たちの身体にはあるのだから。
しかしそれでも受け入れられないことはある。どうしても許せないことがある。死んでもやりたくないことがある。それを無理矢理させられるくらいなら、もう死ぬしかない。
「俺達みたいな失敗作は勿論、お前みたいな成功例さえも国は消耗品としか思っていなかった。冗談じゃない。俺達はそんな奴等のために身体を弄られたわけじゃない。命を懸けて、戦ってきたわけじゃない」
だから、逃げる。そのために俺はこうしてお前に会いに来たんだ。
ちゃんと最後に、別れの挨拶をしておきたくて。
『――そっか』
嘘のサラは何かを言いたそうにして、それ以上は何も言わなかった。
俺は元来た道を引き返すために、ようやく後ろを振り返る。そこにはやはり彼女の姿はなかったけれど、しかしそれでも「そこにいる」という確信があった。
「……そう言えばお前はいつまでいられるんだ? 永遠ってわけにもいかないんだろ?」
『うーん、どうだろう。多分君が死ぬまでだと思うけど、その前に私の方が消えちゃうかもしれない。どのみち私はここから離れられないから、その辺のことは分からないな』
「そうか」
まあ本人が死んでいるのだから、彼女の能力にも何かしら不具合が生じていてもおかしくない。そもそも死後に能力が発動すること自体奇跡のようなものなのだ。それに未来のことなんてきっと誰にも分らない。
俺は軽く溜息を吐いて、何となく目の前に立っている嘘のサラを幻視した。
本当はまだ言いたいことも聞きたいこともあるけれど、これ以上はきっと決意が鈍る。だから、もう十分だ。
「……じゃあな」
『ねぇ』
俺が別れを告げてその場を離れようとすると、それを引き留めるようにサラは言った。
『君は私と出会えて良かった?』
ああ、そうか。そう言えば最初にそんなことを言っていたっけ。
サラと出会えて良かったかなんて、そんな答えは分かり切っている。何せ彼女がいたから、今の俺がここにいるのだ。過去を否定する理由なんて何処にもない。
俺はこれまでの思い出を振り返りながら笑った。
「ああ、良かったよ。良かったに決まってる。間違いなく人生最大の幸せだ」
『――ありがとう。私も君に出会えて幸せだったよ』
「そっか」
本物のサラは言った。いつでも俺を見ていると。ならばきっと、この嘘のサラは俺の見えないところでも俺を見ていてくれるのだろう。
そう考えると、別れの挨拶なんて馬鹿らしくなってくるな。
だから俺は一つ、言い直すことにした。
「なぁサラ」
『なぁに?』
「――またな」
『――うん。またね』
嘘で造られた幻のくせに、サラの声は何だか嬉しそうだった。
俺もまた彼女の笑顔を見たような気がして、思わず釣られるように微笑んだ。
彼等にどんな物語があったのか、これからどんな物語が始まるのか。
全てはこれを読んだ貴方の想像力に委ねています。