LastMail
「LastMail」
■登場人物
・A:立花 真紀:ラジオパーソナリティ。
・B:Aの幼なじみの男子小学生(当時)。
・I:ラジオ番組スタッフ。
一
始
タイトルコール
ノイズが聞こえてきて、だんだんと音楽が流れてくる。
I 「CM明けます!5秒前……4……3……2……」
A 「……さぁ、代々木放送から一時間の生放送をお送りしてきました、「立花真紀」の「マーブル・ナイト」。
今夜もお別れの時間がやってまいりました。
この一カ月にわたり、「あの時」というテーマで、リスナーの皆さんからのメールを頂いてきました。どれも素敵で、読んでいる私まで心動かされるものばかり。聞いていたリスナーさんにも、きっと何かを感じてもらえたのではないでしょうか。
そこで今日の最後に、私の忘れられない「あの時」の話を少しして、お別れしたいと思います。
あれは私が小学生だった時のことです……」
二
Aの回想。
小学校の教室。給食の時間(昼休み)。
騒がしい教室の中、スピーカーから放送委員による放送が流れていた。
A 「……それでは、今日のお昼の放送はここまでです。また来週……」
A 「(ナレ)この放送をしていたのが、小学生だった時の私。あの頃から、今と同じようにパーソナリティーなんてやっていたんです。とはいえ、実はじゃんけんで負けて入った放送委員会で、嫌々やっていたんですが」
小学生A、放送が終わった安堵から溜息をつく。
A 「はぁ~……」
B 「どうしたの、真紀ちゃん?」
A 「今週もやっと終わったな~って」
B 「(笑いながら)なんだかおばちゃんみたいだよ」
A 「しょうがないじゃん。放送、疲れるんだから」
A 「(ナレ)この子は、同じクラスの放送委員の男の子。委員会に入る前は、話をしたことはなかったけど、二人しかいない放送室で話すようになり、いつの間にか仲良くなっていました」
B 「楽しくないの?」
A 「楽しくないよ」
B 「……そうなんだ」
A 「それより、来週は放送やってよ」
B 「真紀ちゃんがじゃんけんで勝ったらね」
A 「分かってる……」
じゃんけんする二人。
B 「それじゃあ、来週もよろしくね」
A 「……うん」
A 「(ナレ)記録更新。次週のパーソナリティーを賭けたじゃんけん勝負で、私は十六連敗中でした。ちなみに、私が勝って、彼がお昼の放送をしたのは、後にも先にも最初の頃の二週だけでした」
A 「なんで私ばっかり……」
B 「あっ!もうすぐ終わっちゃう!」
B、ラジオのスイッチを入れる。
ノイズ交じりの、軽快音楽が流れ始める。
A 「また聞いてるの?」
A 「(ナレ)彼は当時でも少し変わってる、「ラジオっ子」でした。ラジオ番組が好きらしく、学校にも小さなラジオを、こっそり持ってきているぐらい。それに放送委員会に入ったのも、お昼休みに静かな場所でラジオが聞けるから、なんて理由だったりします」
A 「そんなに楽しい?」
B 「うん!楽しいよ」
A 「ふ~ん……」
A 「(ナレ)当時の私には、ラジオの何がそんなにも楽しいのか、さっぱり分かりませんでした。でも、他の子がスポーツの試合や、アイドルのライブを見て目を輝かせるように、彼もラジオを聞いている時はとても楽しそうだったのを、今でも憶えています」
突然ラジオのノイズが大きくなる。
B 「あれ?おかしいな……?」
A 「どうしたの?」
B 「なんか急に……」
ノイズが大きくなり、流れていた音楽が聞こえなくなる。
A 「壊れちゃったの?」
B 「そうみたい……」
A 「じゃあ、しょうがないね。もう教室帰ろう。お昼休み終わっちゃうよ」
B 「直してから行く」
A 「え?」
ラジオを分解し始めるB。
A 「ねぇ……大丈夫なの?」
B 「うん。お父さんがやってたの見てたから」
A 「そっか……(疑わしげに)」
作業を終えて、スイッチを入れる。
B 「よしっ!これで……(スイッチを入れる)」
ノイズに混じり、しっかしと音楽が聞こえてくる。
A 「ほんとに直った……」
B 「良かったぁ……」
A 「これ、そんなに大事なの?」
B 「うん。お父さんにもらったんだ」
A 「お父さんもラジオが好きなの?」
B 「うん!あのね……」
言葉を遮るように、チャイムが鳴る。
B 「あぁっ!もう時間だ!」
A 「急がないと!先生怒っちゃうよ!」
駆け出す二人。
A 「(ナレ)そんなお昼休みを過ごすのが、私の日課になっていました。毎日放送室に行き、嫌々ながらお昼の放送をする。二人で給食を食べ、くだらない話をする、そんな日々。ある時は、こんなこともありました……」
お昼休みの放送室。
A 「今日のお昼の放送はここまでです。また明日~」
スイッチを切る。
B 「慣れてきたんじゃない?」
A 「まぁ、これだけ毎日やってればね」
B 「楽しいでしょ?」
A 「あんまり」
B 「そっかぁ……」
A 「それよりさ、見てほしいものがあるの!」
B 「え?」
A、持ってきていた袋からオルゴールを取り出す。
A 「これなんだけど」
B 「これ……オルゴール?」
A 「うん。お母さんに貰ったんだけどね、昨日落として壊しちゃったの」
B 「そっか……」
A 「でさ、これ直せないかな?」
B 「え?俺が?」
A 「うん!前にラジオ直してたから、できるかなって」
B 「そんな、無理だよ」
A 「お願い!見てくれるだけでいいから!」
B 「……分かった」
オルゴールをいじるB。
A 「……どう?」
B 「ラジオと全然違うから分からないよ」
A 「そっか……ありがとう」
B 「ううん……でも、ちゃんと直すから」
A 「……もういいよ」
B 「そんな……あっ、じゃあ代わりにこれ……」
B、Aにラジオをわたす。
A 「これ、いつも聞いてるラジオ?大切なものなんじゃないの?」
B 「うん……でも、前から持ってて欲しかったんだ」
A 「え?なんで?」
B 「真紀ちゃんにも、ラジオを好きになってもらいたかったから」
A 「ラジオを?」
B 「うん……だから、俺がオルゴール直せるまで、それ持ってて」
A 「……分かった。大切にするから」
B 「ちゃんと使ってね」
A 「うん」
A 「(ナレ)それから私も、毎日ラジオを聞くようになりました。最初は、大人の人が難しいことばかり言っているように聞こえて、何が楽しいのか分かりませんでした。でも徐々に、小学生の私でも分かるような話で笑い、好きな曲が流れて喜び、知らない曲を知る。そんな楽しさが分かってきました。
でも、そんな楽しい毎日は突然終わることになりました」
お昼休みの放送室。
A 「なんで言ってくれなかったの?」
B 「ごめん……」
A 「怒ってるんじゃないよ」
B 「……怒ってるよ」
A 「(ナレ)その日の朝、担任の先生から突然言われたのは、彼が東京の学校に転校するという話。それも、今日を最後に。そんなことを聞かされた日のお昼。私たちはいつも通り、放送室にいました」
A 「なんで?」
B 「お父さんの仕事で引っ越すんだって」
A 「そうじゃなくて……なんで転校するって、もっと早く言ってくれなかったの?」
B 「やっぱり怒ってる……」
A 「怒ってないって!」
B 「…………」
A 「…………」
口ごもる二人。
沈黙を破るように、Bはゆっくりと袋からオルゴールを取り出す。
B 「……はい」
A 「……これ、私のオルゴール?」
B 「うん」
A 「直ったの?」
B 「うん」
ぜんまいを巻くと、オルゴールが鳴り始める。
A 「凄い!」
B 「お父さんが直してくれた。時間かかっちゃったけど、引っ越す前に直せて良かった」
A 「……ありがとう!」
B 「ううん、約束したから」
A 「……あっ、それじゃあ、これ返さないと」
A、Bにラジオをわたす。
B 「いや、それは持っててよ」
A 「でも、オルゴールが直るまで、って」
B 「そうなんだけど……引っ越すの黙ってたし……」
A 「……ごめん、もういいよ」
B 「でも……」
A 「ほんとに、もう怒ってないから。私も悲しいけど、きっと、もっと悲しいよね……ごめん」
B 「ううん……ありがとう」
B、話を変えるように切りだす。
B 「あっ!それより、ラジオ好きになってくれた?」
A 「え?……あぁ……ちょっとは」
B 「そっか、よかった……」
A 「……ねぇ、なんでそんなにラジオが好きなの?」
B 「え?あぁ、それはね……お父さんがラジオ作ってるんだ」
A 「あっ、だからオルゴールも直せたんだ」
B 「そうじゃなくて……ラジオ番組を作ってるんだ」
A 「番組?ラジオで話してる人?」
B 「ううん、それはパーソナリティー。お父さんはプロデューサーっていって、その番組を面白くするのが仕事なんだって」
A 「ふ~ん……分かんない」
B 「俺もよく分かってない……けど、ラジオを聞いてれば、いつも仕事で遅いお父さんと会える気がして、それでいつも聞いてたんだ。そしたら、気付いたら好きになってた」
A 「そっか……」
B 「俺もお父さんと同じように、ラジオを作るのが夢なんだ」
A 「へ~いいね!頑張ってよ!私、絶対に聞くからさ!」
B 「うん!でも……真紀ちゃんには、できれば出て欲しいんだよな~」
A 「え?」
B 「ラジオで喋ってほしいんだよね」
A 「そんな、無理だよ!」
B 「そうかな~」
A 「そう、無理だって……」
A、少し考え、ゆっくりと口を開く。
A 「でも、私がラジオで話す人になれば、また会える?」
B 「え?」
A 「だって、もうこれで会えなくなっちゃうんだよね」
B 「……うん」
A 「そんなの嫌だ!だったらなるよ!だからさ、また会えるよね?」
B 「うん……俺も絶対にラジオを作るから」
A 「そしたまた一緒に!」
B 「うん!今みたいに一緒に!」
B、ふと時間に気が付く。
B 「あっ!もうお昼の放送しないと!」
A 「そうだった!」
スイッチを入れるA。
A 「今日もお昼の放送が始まりました……」
A 「(ナレ)それが小学生時代、彼との最後のお昼の放送になりました。放送が終わる頃には、私が泣きだしてしまい、何を言っているのか分からなかった、と後で友達に笑われたのを、今でもしっかりと憶えています。そしてもう一つ憶えていることが……」
A 「ねぇ、なんで私がラジオで話す人になれると思うの?」
A 「(ナレ)放送が終わって、ボソッと聞いた私の言葉に彼は……」
B 「だって……凄く良い声だから」
A 「(ナレ)そんな単純な一言が今でも忘れられません。「あの時」があったから、今私はこうしてパーソナリティーをしているんだと思います……」
三
回想終わり。
スタジオに戻る。
A 「さて、私の「あの時」、いかがだったでしょうか?流石に恥ずかしいですね……。
実はそんな理由で始めた、このラジオパーソナリティーという仕事ですが、今では天職だったと思っています。だって、こんなに素敵な仕事って他にないですよね?
ある人の失恋の話……
ある人の仕事の話……
ある人の家庭の話……
そんないろんなお話を聞いて、それがまた、誰かの人生を変える「あの時」になるかもしれない……それは凄く責任のある仕事で。でも今では、それが楽しくて、毎日こうしてお喋りしています。
ちなみに、転校した彼とはその後どうなったのか……それは……秘密です。
あっ、もうお時間ですね。
ではここで、来月のメールテーマの発表です。来月のテーマは「夏(その時の季節)」。
……なんともシンプルですね。あなたからの「 」の思い出、そしてこれから来る「 」への想いをどしどし送って下さい。
番組で採用された方には、もれなく番組ステッカーをお送りします。もちろん今日読まれた方にも送りますからね。届くのを待っていて下さい。
それでは、今夜はこの辺で。お相手は立花真紀でした。また来週……」
音楽が大きくなってきて、生放送が終了する。
I 「お疲れ様でした!」
A 「お疲れ様です」
スタッフが寄って来て、小声で話す。
I 「(小声で)聞いてないぞ、あの話するなんて」
A 「なんのこと?」
I 「(小声で)最後のだよ」
A 「作家さんには話してたし、アシスタントさんにいちち内容を確認してもね」
I 「(小声で)そうじゃなくて……もういいや」
A 「それより、どうだった?今日の放送?」
I 「……それはただのアシスタントに聞いてる?それとも?」
A 「それとも、の方で」
I 「はぁ~……今日も良かったよ。楽しかった?」
A 「うん、もちろん」
I 「なら、よかった」
戻ろうとするIを引きとめるA。
A 「あっ、そうだ!来月のメールテーマ、私が考えて良いって話でしたよね?」
I 「それは真紀さんがじゃんけんで勝ったらって話です。何連敗してると思ってるんですか?」
A 「……もう数えるの止めた」
I 「来月は頼みますよ。俺も毎月毎月、メールテーマ考えてネタ切れなんですからね」
A 「分かってます」
A、ふとIに言う。
A 「ねぇ……」
I 「ん?」
A 「ありがとう」
I 「なっ……なんですか急に」
A 「ちょっと言っておきたかったから。夢が叶ったのに、まだちゃんと言ってなったから」
I 「なんのことだか……それに、まだ夢叶ってないですよ……」
A 「え?」
I 「ラジオが好きだった少年は、まだアシスタントなんで……」
A 「(吹きだして)何それ」
I 「もういいでしょ!ほら、まだ仕事残ってるんですから、帰った帰った」
A 「はーい」
渋々帰り支度をするA。
準備が終わり、切り替えてお辞儀する。
A 「また来週、よろしくお願いします」
I 「はい、また来週。お疲れ様でした」
IもAを見送り、仕事に戻る。
四
音楽が流れ、ED。
A 「(ナレ)人にはそれぞれ、「転機」というものがあるそうです。それが忘れることのできない「あの時」。嬉しい事もあれば、悲しい事もある。そんな全てを、今日も心をこめてあなたにお届けします。どんな「あの時」でも、素敵な「想い出」になるように。そしてこれから先、もっと素敵な「あの時」と出逢えるように……」
ラジオがスタートする。
A 「みなさんこんばんは。今夜も始まりました「マーブル・ナイト」、パーソナリティの「立花真紀」です。代々木放送からお送りする、生放送の一時間。今夜もゆったりとお聞き下さい」
ラジオが切れる。
ED。
終幕
何かしらで使って頂ける場合、作者までご連絡下さい。