3rdMail
「3rdMail」
■登場人物
・A:立花 真紀:ラジオパーソナリティ。
・G:警察官。ラジオネーム「雨男」
・H:「G」の妻。
・I:ラジオ番組スタッフ。
一
始
タイトルコール。
ノイズが聞こえ、番組が聞こえ始める。
A 「『……片想いを続けた五年間。そして、ラブレターの返事を貰った「あの時」のことを、私は一生忘れないと思います。』ラジオネーム「ボギー」さんから頂きました「あの時」。ありがとうございます。素敵な思い出ですね。きっと、あなたが想っていた相手も、そのことを忘れていないと思いますよ。
それでは、続いてが今日最後のメールです」
違う紙を手に取り、読み始める。
A 「ラジオネーム「雨男」さん……あっ、こちらは男性からのメールですね。ありがとうございます。
『真紀さんこんばんは。』
こんばんは。
『私は都内で公務員をしている三二歳の男です。私の忘れられない「あの時」は、妻との出会いでしょうか。あ、でもそれと同じぐらい忘れられない「あの時」がありました。どっちを書いて良いのか迷ってしまったので、両方続けて書いてしまおうと思います。』
雨男さんはなかなか欲張りですね。でも今日最後のメールなんで良いですよ。
『まずは妻との出会いから……』」
二
街。人々の行きかう声が聞こえてくる。
G 「(ナレ)妻と出会ったのは、今から五年前。私が職務中のことでした。あ、さっきは公務員って書きましたが、正確に言うと交番勤務のお巡りさんです。
私がいつも通り交番で書類仕事をしていると、スーツを着た一人の女性がやってきました」
扉を開け、Hが入ってくる。
H 「あの、すみません……」
G 「はい。どうされました?」
H 「この財布が、そこの公園に落ちていたので」
G 「落し物ですね、ありがとうございます。では少々お待ちください、今書類を……」
H 「あっ、すみません、急いでいるので……」
走って出て行くH。
G 「あっ、ちょっと!……参ったな。あれ?」
G 「(ナレ)彼女の出て行った足元には一枚のハンカチが落ちていました。まだ新しい、キャラもののハンカチが」
G 「どうしよっかな、これ」
G 「(ナレ)その数時間後、落とした財布を探しておばあさんが訪ねてきました。それが、さっきの女性が届けてくれた財布だったわけですが、結局彼女がまた交番に現れることはありませんでした。そしてそれから数日が経ち……」
雨の音。
街中を走るG。
G 「(ナレ)買い物に出た非番の日のことでした」
お店の前で雨宿りをするG。
G 「はぁ……今日雨降るなんて言ってたかな……」
自動ドアが開き、Hが出てくる。
H 「あの、大丈夫ですか?」
G 「え?あぁ、はい……って、あれ……?」
H 「あっ、びしょびしょじゃないですか!ハンカチ……」
G 「ああ、そんな。大丈夫ですから……あっ、思いだした!」
H 「え?」
G 「ほら、俺のこと憶えてませんか?って制服着てないし、あの時だけじゃ憶えてないか」
H 「えっと……」
G 「あぁ、すみません。(咳払いして)落し物ですね、ありがとうございます、なんて」
H 「え?」
G 「ほら、この前財布を」
H 「あっ!交番の!」
G 「はい。あの時はありがとうございました」
H 「いえ、そんな。それより、財布の持ち主は……」
G 「ご心配なく。あのあとすぐに、おばあさんが探しに来ましたよ。あなたにお礼を言いたいと言っていたんですが」
H 「お礼なんて……」
G 「それに、ハンカチ!交番に落としていったでしょ」
H 「あぁ、やっぱり落ちてました?」
G 「はい。取りにくるかと思って、まだ保管してありますよ」
H 「ありがとうございます。あれ、買ったばかりだったから」
G 「じゃあ、なんで取りに来なかったんです?」
H 「だって……」
G 「だって?」
H 「落し物を届けに行ったのに、わたしが落し物したなんて……恥ずかしいじゃないですか」
G 「(笑いながら)確かにそうですね」
H 「そんなに笑わないで下さいよ」
G 「すみません。あ、ハンカチ、取りに来ます?」
H 「はい、お願いします……じゃあ、交番まで傘を……」
傘を開くH。
G 「どうも……って、これ……」
H 「はい?」
G 「骨、折れてますよ。ほらここ」
H 「あれ?さっきまではなんでもなかったのに」
G 「まあ、差せないことはないですし、交番まで行けば傘ありますから」
H 「……すみません」
G 「いえいえ」
雨の中歩く二人。
交番に着き、中に入る。
G 「お疲れ様です……あれ?先輩、警邏中かな。あっ、入って大丈夫ですよ」
H 「失礼します」
G 「そんなにかしこまらなくても」
H 「だって、交番なんてそんなに入ったことないので」
G 「まぁ、そうですよね」
机の中をあさり、ハンカチと傘をわたす。
G 「あった……じゃあ、これ。やっと返せました」
H 「ありがとうございます!……よかった」
G 「……ああ、傘もどうぞ」
H 「すみません、必ず返しに来ますので……」
G 「ただのビニール傘ですから、そんなに気にしなくても」
H 「いえ、そんなわけには!」
G 「そうですか?……じゃあ、待ってます」
H 「はい」
G 「(ナレ)綺麗な笑顔で返事をした彼女に、私は見とれてしまいました。そしてハッと我に返り……」
G 「あのっ!名前と連絡先、教えてもらえますか……?」
G 「(ナレ)そう聞いていました。あっ、さっきの言葉、訂正します。この時、私はまだ我に返っていなかったようです」
H 「そっか。傘借りるのにも、書類とか……」
G 「いえ、そうじゃなくて……俺が、教えてほしいんです……」
H 「え?」
G 「ダメ……ですかね……」
H 「そんな……良いですよ」
G 「(ナレ)その笑顔にまた見とれていました。当時二七歳にもなる良い大人が、恋をした瞬間だったと思います。
もしあの時、彼女が落し物を届けてくれなかったら……もしあの時、雨が降っていなかったら……もしあの時、傘が壊れていなければ……私たちが今のような関係になることはなかったと思います。だから、あれから少し雨が好きになりました。
これが最初の「あの時」の話です。
そしてそれから、二人の関係が少しずつスタートします。
彼女は私より三歳年下で、交番の近くの企業で事務員をしていました。
二人の休みを合わせ、食事に行き、映画に行き、水族館に行き……いろいろな所に行き、いろいろな話をしました」
デートの帰り道。
歩きながら、Gが隣のHに聞く。
G 「そういえば、あの時なんで急いでたの?」
H 「あの時って……いつですか?」
G 「ほら、交番に財布を届けてくれた時」
H 「ああ……あの時は就職試験の面接前で。遅刻しそうだったので」
G 「遅刻?」
H 「はい。通りがかった公園で財布を見つけて、しばらく落とした人を探してたんです。でも見つからなくて……だから交番に」
G 「(笑いをこらえながら)それで、面接に遅刻しそうになってたの?」
H 「はい……なんで笑ってるんですか?」
G 「笑ってないよ」
H 「笑ってますよね」
G、我慢できなくなり吹きだす。
H 「ほら、笑ってるじゃないですか」
G 「いや、なんか君らしいなって思って」
H 「それバカにしてますか?」
G 「違う違う!普通、自分が大変な時に、そこまでしないって。だから、本当に良い子なんだなって」
H 「……やっぱりバカにしてます」
G 「なんでそうなるの。ホントだって」
H 「ホントですか……?」
G 「うん。だって俺にはそんなことできないもん」
H 「できますよ」
G 「え?」
思いがけない答えに、きょとんとするG。
H、思い出しながら話す。
H 「この前、昼休みに交番の前を通った時に見たんです。迷った外人さんに、道案内してましたよね?」
G 「ああ……あれ見てたの……」
H 「はい。英語もできないのに、頑張って身振り手振りで教えてて」
G 「カッコ悪いところ見られちゃったな~」
H 「そんなことないです。カッコよかったですよ」
G 「そう……かな?まあ、仕事だしね」
H 「でも、誰にもできない、素敵な仕事だと思います」
G 「……えっと、ありがとう」
照れるGをよそに、話を変えるH。
H 「ところで、なんで警察官になろうと思ったんですか?」
G 「別にたいした理由はないよ」
H 「それでも、いいんです。聞かせて下さい」
G 「そこまで言うなら……親父も警察官でさ、俺が高校生の時に怪我したんだけど」
H 「え?」
G 「ああ、怪我って言っても日常生活には問題ないんだけどね。警邏中に包丁で刺されて、今でも傷が残ってるよ。救急車で病院に担ぎ込まれた親父を見た時は、なんでこんな危ない仕事してるのか、意味わからなかった。でも、親父がその時死にもの狂いで逮捕したのが、指名手配中の通り魔でさ。親父言ってたんだ、「これでもう誰も傷つかずにすむな」って。なんかその顔がスゲーカッコよくて……」
H 「それで警察官に?」
G 「ね、たいした話じゃないでしょ?」
H 「そんなことないです!ドラマみたいじゃないですか!」
G 「そうかな?」
H 「はい!お父さんは今でも?」
G 「定年近いってのに、まだ元気に働いてるよ」
H 「良かった」
Hの優しい笑顔を見て、そっぽを向きながらGは言う。
G 「……ねぇ、良かったら、今度俺の実家来る?」
H 「え?それって……」
G 「いやまあ、まだ深い意味はない」
H 「 “まだ”ですか?」
G 「揚げ足取るなよ」
H 「すみません……ぜひ、行きたいです」
G 「ありがとう」
H 「はい!」
G 「(ナレ)私たちは、それから三年間交際し……」
G 「俺と、結婚して下さい!」
H 「……はい!よろしくお願いします」
G 「(ナレ)ついに結婚することができました。
そして、結婚してしばらく経ったある日、私が家に帰ると……」
H 「ねぇ……」
G 「ん?」
H 「できたみたいです……」
G 「できたって?」
H 「子供……」
G 「そっかぁ、子供……え!?子供!?」
H 「はい、私たちの子供」
G 「ホントに!?」
H 「うん」
G 「そっか……そっかぁ……」
H 「喜んでくれますか?」
G 「そんなの決まってるだろ!」
H 「良かった……」
優しく微笑むH。
それを見て、Gも自然と笑顔になる。
G 「ありがとな」
H 「はい」
G 「(ナレ)それからの日々はあっという間でした。毎日生まれてくる子供のことばかり考えていて、仕事が手につかないぐらい。
そして月日は流れ、出産予定日……」
病院の一室にて。
ベッドに横たわるH。
G 「じゃあ、行ってくるから」
H 「……うん。お仕事頑張ってくださいね」
G 「ああ。ごめんな、立ち会えなくて」
H 「ううん。私は大丈夫ですから」
G 「ありがとう。しっかりな」
H 「はい」
G 「(ナレ)その日、私はどうしても休みを取ることができず、いつもの制服に袖を通し、交番に向かいました」
交番。
机で溜息をつくG。
G 「はぁ~……」
外で雨が降り出す。
G 「あれ?今日雨だっけ?……そういえば、あの時も降ってたな~」
H 「(回想)あの、大丈夫ですか?」
G 「(ナレ)びしょ濡れの俺を見て、ハンカチを出しながら彼女はそう聞いてくれた。財布を拾い、必死に持ち主を探すような子だった。自分が大変な時でも、誰かのために動ける子だった。俺は、そんな彼女を好きになった。そして結婚した。子供ができた。こんなに嬉しいことはない。
なのに俺は、今不安で一杯のはずの彼女を独りにしている。それでいいのか?いや、いいわけがない。
でも俺には仕事がある。それを投げ捨てるわけにはいかない。それこそ、俺のことを好きになってくれ、俺の仕事を素敵だと言ってくれた彼女を裏切ることになる……。
そんな考えが頭を巡り、どうすればいいのかも分からずに、時間ばかりが過ぎていきました。そんな時……」
携帯の着信音。
G 「はい、もしもし……え!?」
G 「(ナレ)病院からの電話でした。なかなか赤ちゃんが出てこようとせず、時間がかかっている、と。それを聞いた瞬間、私の心は決まりました」
勢いよく立ち上がり、駆け出すG。
G 「パトロール行ってきます!」
雨の中走るG。
G 「はぁ……はぁ……はぁ……」
病院の自動ドアを通り、分娩室の前まで走ってくる。
G 「(ナレ)病院まで辿り着くと、びしょ濡れの制服のまま、分娩室の前で心から念じました。がんばれ……ガンバレ……」
G 「頑張れぇ!!」
G 「(ナレ)思わずそう叫んだ瞬間、扉の向こうから聞いたことのないような、綺麗な音が聞こえてきました」
力が抜け、崩れ落ちるG。
G 「(ナレ)それが赤ちゃんの泣き声だと分かった瞬間、身体中から力が抜け、床に崩れ落ちたのを今でも覚えています」
G 「よかった……」
G 「(ナレ)それから少しして妻と我が子に会ったのですが……」
H 「びしょびしょじゃないですか……。今日は、ハンカチ持ってないですよ……」
G 「(ナレ)なんて笑われてしまいました。
子どもが生まれて、もうすうぐ一年。すくすくと元気に育っています」
三
ラジオに戻る。
A 「『今でもあの泣き声を聞いた時が、私にとっての忘れられない「あの時」です』
以上、「雨男」さんからのメールでした。ありがとうございます。
出産って凄い大変なことですけど、その分記憶に残る素敵な思い出ですよね。
雨男さんは立派な旦那さんだと思いますよ。これから先も、ぜひ奥さんを大切にしてあげてくださいね。
それでは、今日のメールコーナーはここまでです。代々木放送から一時間にわたってお送りしてきた「マーブル・ナイト」。お相手は立花真紀がお送りしました……」
ノイズが大きくなっていき、声が遠ざかる。
G 「おお……メール読まれたよ……」
H 「なんだか、恥ずかしいですね……」
G 「だな……さあ、明日も仕事だし、そろそろ寝ようか」
H 「はい」
ラジオが切れる。
ED
終
何かしらで使って頂ける場合、作者までご連絡下さい。