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MEMORIES  作者: つむぎ日向
2/4

2ndMail

「2ndMail」


■登場人物

 ・A:立花たちばな 真紀まき:ラジオパーソナリティ。

 ・E:OL。ラジオネーム「仕事に生きる女」。

 ・F:新人サラリーマン。

 ・I:ラジオ番組スタッフ。



   始

   タイトルコール。

   ノイズが聞こえる。

   ラジオスタジオ。CM明けからの番組スタート。


I 「CM明けます……5秒前……4……3……2……」


   ジングルが鳴り、番組が始まる。


A 「改めまして、こんばんは。「立花真紀」がお送りする一時間の生放送「マーブル・ナイト」。今月のメールテーマは「あの時」。あなたの忘れられない「あの時」を教えて下さい。まだまだ募集中ですよ。

メールを読まれた方には、もれなく番組ステッカーをプレゼントします。

それではさっそく、次のメールに行きましょう。ラジオネーム「仕事に生きる女」さんからのメールです。

『真紀さん、こんばんは。いつも楽しく聞いています』

ありがとうございます。

『わたしの「あの時」は、三年前のことです。別に憶えていたいわけでもないのに、この三年間ずっと憶えていることがあります。それは、会社で残業していた時のことです……』」


   キーボードを叩く音が聞こえてくる。




   Eの回想。

   会社のオフィス。

   パソコンや電話、コピー機の動作音が忙しそうに鳴っている。


E 「はぁ……」


E 「(ナレ)その会社に入って六年目。最初こそ慣れない営業に四苦八苦していた私ですが、いつの間にかコツを掴み、今では営業部の中でもそれなりの成績を残しています。このままバリバリ仕事して、そのまま営業部長……そしてさらに……なんて考えていた頃だっていうのに……」


F 「あれ?先輩お疲れっすね」


   Fに話しかけられ、仕事の手を止めるE。


E 「あんたのやらかしたミスの報告書作ってるんでしょうが!」

F 「あぁ、そうでしたね……すんません!」


E 「(ナレ)今年の四月に入った新入社員の面倒を見てくれと部長に頼まれ、早半年。入社したばかりの彼に仕事ができないのは仕方ない。でも、彼にはあまりにも常識がなかったのです。敬語は使えない、お得意様への営業には平気で遅刻する、忘れ物は多い……今回だって、彼のミスをカバーするために、私がどれだけ頭を下げて回ったか……」


E 「ああもう!それで、始末書は書けたの?」

F 「はい……さっき、課長の席の上に……」

E 「あのね、この前も言ったでしょ……まず私に見せてから出す。それに、出すなら机の上じゃなく本人に直接……」

F 「でもさっき課長が……」

E 「いいから持ってくる!」

F 「はい!」


   走り去って行くF。

   Eは溜息をつき、イスに深く寄りかかる。


E 「(ナレ)彼のせいで私の仕事は思うようにいかず、成績もだんだんと同期や後輩に抜かれていきました。「なんで私があんな奴の……」なんて考えたことは、一度や二度じゃありません。それでも、これも仕事だと割り切って、なんとか毎日を過ごしていました。そんなある日です」


   机に置いてあった携帯が着信音メールを鳴らす。

   E、携帯を取って画面を見ると、Eの母からのメールだった。


E 「お母さんか……『最近連絡ないけど元気にしてるの?』って言われてもね……」


E 「(ナレ)大学に入る時に上京して、そのまま卒業後に就職。それからはずっと仕事が忙しくて、なかなか実家に帰ることもしませんでした。連絡するとすれば、年賀状ぐらいなもので……」


F 「たまには帰った方がいいんじゃないっすか~」

E 「……なにが?」

F 「実家っすよ」

E 「……聞いてたの」

F 「まあ、聞こえたんで」

E 「あんたに説教されるほど、落ちぶれてないわよ」


   仕事に戻るE。


F 「いや~でも帰った方がいいですって」

E 「だから、なんであんたにそこまで言われなきゃならないのよ」

F 「俺、母子家庭だったんすよ」

E 「……え?」

F 「物心ついた頃から母ちゃん一人で俺のこと育ててくれて。こんなんに育っちまったけど、今は、逆にっていうか……俺が母ちゃんの面倒みないとな~って。ま、そんなこと言ったら、母ちゃんに「あんたに面倒みてもらうほど落ちぶれてない!」って、実家追い出されちゃったんですけどね。まあ、だから先輩も親は大切に、って」

E 「……あんた」

F 「アパートだと好きなバイク置いておくのも大変で、早く実家戻りたいんすけどね」

E 「はぁ……「こんなんに育った」自覚があるなら、せめて書類ぐらいちゃんと書いてくれる?」

F 「努力しまーす!」

E 「それで、始末書は?」

F 「ははぁ~」


   F始末書をわたす。


E 「……ここ、漢字間違ってる」

F 「え?」

E 「ここも……ここは言葉の使い方がおかしい」

F 「ありゃ……」

E 「書き直し」


   始末書をFに着き返し、ぼそりと言う。


F 「……はい」

E 「それと……」

F 「まだなにか?」

E 「実家には次の休みにでも帰るわ」

F 「はい!」

E 「ほら、とっとと書き直す!あんたが仕事終わらせないと、私の休みもなくなるんだからね!」

F 「ど、努力しまーす!」


   慌てて仕事をし始めるF。

   それを見て、また溜息を吐くE。

   携帯を操作し、もう一度メールを見る。


E 「(ナレ)母からのメールには『あなたもそろそろいい歳なんだし、結婚とかどうするの?』なんて続きがありました。その言葉は無視して、次の休みに帰るという返信だけを手早く済ませ……」


   携帯の着信メールが鳴る。


E 「(ナレ)すぐに母からの返信が来ました。メールが苦手な母が、こんなに打つのが早くなっていたなんて……」


   Eのどこか優しい表情を見たFが独り言のように言う。


F 「そういう顔してた方がいいっすね」

E 「なんか言った?」

F 「いえ、なんも……あっ!あの、ここどう書いたらいいか分からないんすけど……」

E 「さっき言ったでしょ」

F 「そうでしたっけ?」

E 「ほら、貸して」

F 「ありがとうございます!」

E 「もう……」


   始末書を受け取り、書き方を教えるE。

   Fは分かっているのか分かってないのか、曖昧な返事を繰り返している。


E 「(ナレ)その後、私は実家に何度か帰るようになりました。帰るたびに、母からはいつ結婚するんだと叩かれ、父からは結婚して欲しくないのかして欲しいのか分からないような目で見られ……それでも、やはり実家の安らぎは大きく、仕事の疲れを癒してくれました」

E 「はい、これ」


   紙袋をわたすE。


F 「なんすか、これ?……あ、まんじゅうだ!」

E 「一応、田舎のおみやげ。お母さんと食べて」

F 「ありがとうございます!なんで母ちゃんがまんじゅう好きなの知ってたんすか!?」

E 「いや、知らないけど……まあ、好きなら良かった」

F 「はい!ありがとうございます!」

E 「じゃあ、行くよ」

F 「え?どこにっすか?」

E 「「え?」じゃない!営業先に決まってるでしょ!」

F 「あ、はい!すぐ準備します!」

E 「まったく……」


   営業先からの帰り道。

   車や人通りが多い中、二人歩いている。


F 「いや~今日はいい仕事しましたね~!」

E 「そうね……あんたがわたす資料間違えなければ、もっと良かったのにね」

F 「ははは……すんません……あっ!」


   F、何かに気が付き足を止める。


E 「え?なに?」

F 「先輩!俺、大事なこと忘れてました!」

E 「だからなに!?」

F 「たまご!」

E 「……はっ?」

F 「たまご買うの忘れてたんすよ!」

E 「たまごって、あのたまご?」

F 「そうっす!にわとりが生むやつです!今日特売日だったの忘れてた~」

E 「え?あんた特売とか気にするの?」

F 「そりゃ気にしますよ!美味しい物は食べたいけど、普通に買ってたらお金モッタイナイじゃないですか!」

E 「じゃあ、料理とかも?」

F 「もちろんしますけど」


   吹きだすE。


F 「え?ちょっと、なにがおかしいんすか!?」

E 「だって、あんたが料理するなんて見えないから」

F 「ひどいな~もう!だったら、今度お弁当作ってきますよ!」

E 「そんな、いいわよ別に」

F 「いえ、前から気になってたんすよ!毎日コンビニ弁当なんて、健康にも財布にもよくないです。だから今度作ってきますから!」

E 「いいって」

F 「ダメです!」

E 「いい……」

F 「ダメ!」

E 「もう、わかったわよ……ありがとう」

F 「はい!」


E 「(ナレ)翌日、彼は本当にお弁当を作ってきた。肝心の味はというと……私が作るよりも美味しかった……。そんな彼も、やっと仕事が板につくようになってきた頃……」


E 「そんな……なんでですか!?」


E 「(ナレ)突然の得意先からの契約打ち切り。誰のミスでもなく、ただライバル会社に出し抜かれただけ……」


   溜息をつくE。


E 「(ナレ)でもその損失は大きく、取り返すために、あの日も夜遅くまで残業していました」


F 「大丈夫っすか、先輩?」

E 「なんとかね……自分の仕事終わったんでしょ?早く帰れば?」

F 「まあ、そうなんすけどね。どうせ帰っても一人なんで」

E 「だからって、私の仕事見てたってつまらないでしょ?」

F 「まぁ、それもそうなんすけどね」

E 「あんたね……そこは手伝いましょうか?とか……」

F 「いや~俺じゃ先輩のジャマにしかなりませんから」

E 「よく分かってるじゃない」

F 「それほどでも」

E 「ほめてない」

F 「あれ?……あっ!じゃあ、一緒に気晴らしにでも行きませんか!」

E 「気晴らしって、まだ仕事終わってないし。それに、こんな時間じゃどこも……」

F 「じゃあじゃあ、俺のおススメポイントに案内しますよ!」

E 「はぁっ?」

F 「一時間……いや、五五分くらいで仕事終わらしておいてくださいね!それぐらいで戻ってくるんで!」

E 「ちょ、ちょっと!」


   F走ってオフィスを出て行く。


E 「なんなのよ……」


E 「(ナレ)腑に落ちない思いを抱えつつも、私は言われたとおり一時間弱で仕事を終わらせ、会社の入り口で彼を待っていると……」


    バイクの音が近づいてきて、目の前で急停車する。


F 「いや~すんません!信号全部捕まっちゃって……あっ、待ちました?」

E 「ねぇこれ……?」

F 「さっ、行きましょ!」

E 「えっ?行くってどこに?」

F 「それは着いてからのお楽しみ!はい、ヘルメット」


E 「(ナレ)私は彼に言われるがまま、ヘルメットを被り、彼のバイクに跨りました」


F 「しっかり捕まってて下さいね!」

E 「え?……きゃっ!」


   バイクが走り出す。


E 「もうっ!なんなのよ!」


E 「(ナレ)それからしばらく風を感じながら走り、到着したのは……」


   バイクが止まり、風と波の音がする。


F 「着きました!」

E 「着きました……って、ここ海?」

F 「はい!」

E 「なんで?」

F 「あれ?海嫌いでした?」

E 「そういうこと言ってるんじゃなくて、なんで海なんて……」

F 「だって海良いじゃないっすか!俺、悩んだり落ち込んだりしたら、いつもバイク走らせて海来るんすよ。潮の匂いとか、波の音とか聞いてると、なんか……よし!明日も頑張ろう!って思えてきて」

E 「あんたでも悩んだり落ち込んだりするの?」

F 「あっ、酷いな~俺だってそういう時くらいありますよ!先輩に怒られたり、先輩に説教されたり、先輩に睨まれたり……」

E 「ケンカ売ってんの?」

F 「そんなまさか……」

E 「はぁ……まぁ、いいわ。それにしても……なんも見えないわね……」

F 「えっ?……あぁ、そうっすね……いつもはもっと明るい時間に来るから……夜の海って、暗くてなんも見えませんね!」

E 「風も強いし……」

F 「波凄そうっすね!見えないけど!」

E 「……あのね、他人の事連れてくるなら、もっと考えて連れてきてくれる?」

F 「ははは……はぁ~……すんません……以後気を付けます!」

E 「あぁ~あ……なんかあんたと話してると、私がバカみたいに思えてくる」

F 「そんなことないっすよ!先輩、俺よか頭いいじゃないっすか!」

E 「だからそういう話じゃ……まぁいいや。ちょっと歩きましょう」

F 「はい」


   浜辺をゆっくりと歩く二人。

   波の音がする中、二人は話す。


E 「ねぇ……あんたにはさ、私ってどう見えてる?」

F 「え?なんすか急に?」

E 「たまに思うのよ。ガツガツ仕事して、毎日作り笑いして、イライラして……私は今、なにしてるんだろう……って、分からなくなるのよ」

F 「先輩……」

E 「なんて、急に言われても困るわよね」

F 「先輩は……先輩はカッコいいっすよ!」

E 「え?」

F 「俺、先輩が仕事してるの、ずっと横で見てきたから思うんです!仕事してる時の先輩の顔、超カッコいいっす!それで、仕事が上手くいった時の笑顔が素敵なんすよ!だから、そんならしくないこと言わないで下さい!俺、先輩に迷惑かけないように、もっともっと頑張りますから!先輩が笑顔で、カッコよく仕事できるように頑張りますから!」

E 「……えっと、ありがとう」

F 「はい!」


E 「(ナレ)彼に聞いた言葉は、仕事の疲れからフッと出ただけだった。けれど、彼は真剣な顔でそう答えてくれた。迷わず、まっすぐに」


   走っていくF。


E 「あっ、ちょっと!危ないわよ!」

F 「大丈夫っすよ!」


   F、少し離れた所まで走っていき立ち止まる。

   波の音が大きくなり、叫ぶF。


F 「先輩!」

E 「え!?(波の音が大きく、聞こえない)」

F 「俺、先輩のこと……」


   Fの言葉に波の音が重なり、Eのところまで届かない。


E 「なに!?」

F 「なんでもないっすよ!」


E 「(ナレ)その時の彼の言葉は、波の音で聞き取れませんでした。でも、彼はいつもとは違う、いい笑顔で笑っていました。暗い夜の浜辺の中、なぜかそれだけがハッキリと見えたのを、今でも憶えています。

   その次の日から、私はまたガムシャラに働きました。でも、心の中にはもうモヤモヤとした気持ちはなく、また全力で仕事ができました。悔しいことにそれは、浜辺で聞いたあの言葉が励みになったようです。

   そんな私を支えてくれた彼は、今では違う部署に異動してしまい、毎日怒られながら仕事をしているようです。

   なので最近は会うこともほとんどなくなってしまいましたが、あの時の何も見えない海を、私はいつも思い出します……」






   ラジオに戻る。


A 「『それが私を支えてくれる「あの時」です。今もあの時のことを思い出して、ラジオを聞

きながら残業中です。ちなみに、あの浜辺で聞こえなかった言葉がなんだったのか、今で

も聞けていません』

……すてきな思い出の話、ありがとうございました。良い後輩さんですね。

そしてきっと、「仕事に生きる女」さんも良い先輩なんだと思いますよ。今も残業中との

ことですが、身体に気を付けて頑張って下さいね。私も生放送、負けずに頑張りますよ。

それでは、続いてのメールです……」


   ノイズが大きくなっていき、声が遠ざかる。


E 「読まれるなんて思わなかった……でも元気でたし、仕事仕事!」


   ラジオが切れる。

   ED。

   終。




何かしらで使って頂ける場合、作者までご連絡下さい。

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