1stMail
「1stMail」
■登場人物
・A:立花 真紀:ラジオパーソナリティ。
・C:女子高生。ラジオネーム「バスケットウーマン」。
・D:教師。教師歴三年目。日本史・バスケ部顧問。
・I:ラジオ番組スタッフ。
一
始
オーディオドラマのタイトルコール。
本編
夜十時前のラジオスタジオ。「放送中」のランプが灯る。
わずかなノイズの音が入り、スタッフの声が聞こえてくる。
I 「まもなく本番……5秒前……4……3……2……」
しっとりとした音楽と共に番組がスタートする。
A 「みなさんこんばんは。今夜も始まりました「マーブル・ナイト」、パーソナリティの「立花真紀」です。代々木放送からお送りする、生放送の一時間。今夜もゆったりとお聞き下さい。
さて、さっそくですが、リスナーさんからのメールコーナーにいきましょう。
今月のメールテーマは「あの時」。あなたからの、忘れられない「あの時」のメールをお待ちしています。
と、フリートークもなくコーナーに入ったのはですね、なんと既に、もの凄い数のメールが番組に届いているからです。ありがとうございます。
せっかくですので、時間のゆるす限り、みなさんからのメールをどんどん読んでいきたいと思います。
ではさっそく、最初のメールです」
一通目のメールを読み始める。
A 「ラジオネーム「バスケットウーマン」さんから。
『「真紀」さん、こんばんは。』
こんばんは。
『わたしは二十歳の女子大生です』
二十歳か~羨ましいな。
『わたしにとっての「あの時」は、なんと言っても高校時代。その中でも忘れられないのは、大好きだった先生との思い出です。バスケ部だったわたしは、毎日の放課後、体育館で汗を流していました……』」
ドリブルの音とバスケットシューズのスキール音が遠くから聞こえてくる。
二
Cの回想。
ボールがゴールに入り、笛が鳴る。
C 「やった!」
D 「よ~し!十五分休憩!」
Dに駆け寄ってくるC。
C 「先生!今のシュート見ました!?」
D 「ん?あぁ、見てた見てた」
C 「ホントですか?」
D 「ホントだって。よく見てた」
C 「わたし3ポイント入れましたよ!」
D 「あぁ、見事な3ポイントだった」
C 「…………」
D 「うん?どうした?」
C 「……わたしが打ったの、普通のシュートです」
D 「えっ……そうだった?」
C 「もう!」
D 「悪い悪い」
笑って受け流すDとそれを攻めるC。
C 「(ナレーション)このてきとうな人がわたしの先生。バスケ部の顧問で、普段は日本史を教えています。たしか、教師になって三年目。
顔は普通、背も普通、やることはどこか抜けている。でも何故か生徒からは好かれていて、よく相談されている姿を見かけました。
高校三年生になったわたしは、もうすぐ部活も引退し、ちょっとすればこの学校を卒業することになります。これは、そんなある日のことでした」
C 「次はちゃんと見てて下さいね!」
D 「はいはい」
C 「絶対ですよ!」
D 「分かったよ。だからそんなに怒るなって」
C溜息をついて、話を変える。
C 「ところで、何考えてたんですか?」
D 「ん?」
C 「ずっとボーっとしてましたよね」
D 「あぁいや……」
C 「なんです?」
D 「……もうすぐお前らも卒業だなって考えててな」
C 「……急になんですか?」
D 「いや、お前らが俺の初めての生徒だろ?だから、こんななんでもない普通の日を、ちゃんと憶えておかないとな~って。そう思ってたんだ」
C 「だったら……わたしのシュートも見てて下さいよ!」
D 「だから悪かったよ!……でも、お前もちゃんと憶えておけよ」
C 「なにをです?」
D 「こういう何でもない日をさ。きっとこれからの一年は、あっという間だぞ」
C 「はーい……それにしても……」
D 「うん?なんだ?」
C 「いえ、先生って意外とセンチメンタルなんだな~って」
D 「っ……うるさい!だから言いたくなかったんだ!」
恥ずかしがるDを見て、Cは笑う。
D 「くそ……ほら、練習に戻れ!」
C 「まだ休憩中ですよ~!」
C、Dを茶化しながら走って離れていく。
C 「はぁ……卒業かぁ……」
C 「(ナレ)先生の言うとおり、一年という時間はあっという間でした。最後のバスケの大会は一回戦で負け、体育祭、文化祭と、次々に楽しいイベントは過ぎていきました……そして卒業式の前日……」
三
社会科準備室。卒業式前日の夕方。
C 「よし……」
C、ドアをノックする。
D 「は~い」
ドアを開け、中に入るC。
C 「……失礼します」
D 「おお、どうした?」
C 「ちょっと……部活の様子見に来たんですけど」
D 「今日は休みだ」
C 「知りませんでした」
D 「まあ、引退した三年には知らせてなかったからな」
C 「…………」
少しの時が流れ、Cが口を開く。
C 「あの……あっ、二年の坂口、ちゃんと部長やってますか?あの娘、たまに部活サボろうとするから……」
D 「それあいつが一年の時の話だろ?今はもう立派な部長様だ。大丈夫、心配いらないよ」
C 「そうですか……なら……あっそうだ……」
D 「なんか話があるんだろ?」
C 「え?」
D 「違ったか?」
C 「いえ、その……なんで?」
D 「これでも先生なんでね。三年間見てきた生徒のことぐらい、何でも分かるんだよ」
C 「……シュートは見ててくれないのに?」
D 「なんの話だよ?」
C 「もういいです……」
C引き返し、部屋を出ようとする。
帰ろうとするCの背中に、今見たかのように話し出すD。
D 「レイアップの踏み切り、いつもちょっと早いんだよな~」
C 「え?」
D 「逆に、ジャンプシュートの時は判断が一瞬遅いんだよ。だからブロックされる。あっ、でもフリースローは良い線行ってたな」
C 「先生……?」
D 「お前が見とけっていうから、あれから目を皿にして見てたんだ。そしたらいろいろと弱点が分かってさ」
C 「それ……なんで練習中に教えてくれなかったんですか!?」
D 「え?言ってなかったっけ?」
C 「もう!先生!」
D 「いや~てっきり伝えた気でいたよ。悪かった」
Dひとしきり笑ってごまかし、話を戻す。
D 「で?なんの話だ?」
C 「はぁ……わたし、明日で卒業なんです」
D 「うん、そうだな……」
C 「早かったです」
D 「……そうか」
C 「この高校に入学して、バスケ部に入って、先生と出会って……憶えてます?わたしが入部した時のこと」
D 「憶えてるに決まってるだろ。俺にとっては、はじめての生徒だったんだ。はじめて見たお前たちの顔、全員分しっかり憶えてるよ」
C 「わたしは……忘れちゃいました。その時の先生の顔なんて」
D 「お前な……」
C 「でも、だから残念なんです。あの時、しっかり憶えておけば良かったって……先生の言った通りでした。この三年間、本当に早かった……」
D 「うん……」
C 「……だから最後に、想い出に残るような、特別な何かが欲しくて……」
D 「そっか……でも、そんな特別なモノはいらないだろ?」
C 「え?」
D 「お前、俺がシュート見てなかった時の事、憶えてただろ?」
C 「それが?」
D 「何か一つ特別なモノがある必要なんてない。そういう、なんでもない事をなんとな~く憶えてる。それが一番重要だったりするんだ」
C 「…………」
D 「これから先、大変なことも辛いこともある。でも、そんな時にふと思い出すんだよ。あの時楽しかったな~って。そう思うだけで、なんだか今も楽しくなってくる。だから、一つ特別なモノを作る必要なんてない。もうお前の中では、この三年間っていう高校生活自体が、何よりも特別なモノになってるんだから」
C息をのみ、笑ってイタズラっぽく言う。
C 「先生……なんだか先生っぽいですね」
D 「先生だよ、俺は。お前が卒業したって、何年経ったって、ずっとお前の先生だ。ま、まだ半人前だけどな」
Cクスッと笑って、小声で残念そうに言う。
C 「ずっと……先生のままかぁ……」
D 「ん?」
C 「三年間ずっと半人前だったな~って言ったんです」
D 「なっ……お前なぁ!」
C 「先生、憶えてます?わたしが一年生の時の冬」
D 「……なんかあったけ?」
C 「わたし、部活辞めますって言いに、ここに来たじゃないですか」
D 「あぁ……そんなこともあったな」
C 「バスケは楽しかったけど、どれだけ練習しても上手くならないし、なんだか毎日部活に行くのも辛くて、あの時は本当に辞める気でした……なのに、先生なんて言ったか憶えてます?」
D 「忘れた」
C 「「あっそう。分かった」ですよ。わたしなんだか悔しくなって……普通ちょっとは引き留めますよね?」
D 「そんなこと言ったっけ?」
C 「言いましたよ!それで、その後に言ったのが……」
D 「「好きな事ができるのは、何も部活だけじゃない」だったか?」
C 「……憶えてるじゃないですか。「楽しい青春を送るために部活を辞めるしかないんだったら、別に好きにしろ」って」
D 「それは忘れた」
C 「……あの時、他のどこでもなくて、先生の下でバスケがしたくなったんです」
D 「後悔してるか?あの時辞めときゃよかった……って」
C 「まさか……楽しい三年間でした」
D 「なら、良かったな」
C 「はい……先生、いつまでも……わたしの先生でいてください」
D 「……おう」
C 「それじゃぁ……ありがとうございました」
D 「もう、大丈夫なのか?」
C 「……はい」
D 「そっか。じゃ、また明日」
C 「また明日……」
部屋を出て行くC。
扉を閉め、少ししてつぶやくC。
C 「わたしは……いつまでも先生の生徒です……」
ポケットに入れた手紙を握りつぶすC。
C 「(ナレ)その日、本当はある手紙を先生にわたそうと思っていました。でも、結局わたすことなく持って帰り、握りつぶしたその手紙は、今もわたしの机の中にしまってあります。
そして次の日。
なんの問題も起きることなく卒業式は済み、最後のホームルームは涙で終わりました。
いつまでも教室に残り、夜になるまで友達とお喋りしていました。なんの話をしていたのかは、もう憶えていません。でも、なんでかみんなで大笑いしていたのは、しっかりと憶えています。
そして帰ろうと思って外に出た時……」
バスケットボールの弾む音が遠くから聞こえる。
C 「先に行ってて!」
走り出すC。
体育館に着き、息を切らして叫ぶ。
C 「先生!」
D 「うわっ!」
驚いて放ったボールが、ゴールに入る。
D 「おっ、入った……って、お前なんでまだいるんだ!?今何時だと思って……」
C 「先生こそっ……こんな所で遊んでていいんですか?」
D 「いや、これはその……」
C 「はぁ……センチメンタルですね~」
D 「な、なんのことだよ?」
C 「わたしたちが卒業して、「あ~あいつらも卒業しちまったか~」って感傷に浸ってたんでしょ?」
口ごもるD。
D 「……なんで分かった」
C 「これでも先生の生徒ですからね。三年間見てきた先生のことぐらい、何でもわかりますよ」
D 「あっそ」
C 「先生、最後に1on1しませんか?」
D 「やだ」
C 「え~!ここはやる流れじゃないんですか!?」
D 「そんな若さ有り余る青春には付き合いきれんよ」
C 「おじさんみたいなこと言って~」
D 「どうせ俺はおじさんだよ」
C 「はぁ……もういいです」
D 「よし。分かったらとっとと帰れ」
C 「…………」
D 「どうした?」
C 「いえ、きっとこのことも、いつか思い出すんだろうな~って」
D 「そうかもな。まぁ、せいぜい大切にしてくれ。俺との思い出もさ」
C 「はい……あっ!先生、写真撮りましょう!」
D 「え?写真?いいよ、俺は……」
C 「いいから!ほら!」
D 「おい、ちょっと待てって……」
携帯のシャッター音が鳴る。
C 「やった。先生とのツーショットゲット!」
D 「んなもん嬉しくないだろ」
C 「そんなことないですよ……大切にします。いっぱいある思い出と一緒に」
D 「そっか……そりゃありがとな」
C 「あっ、先生照れた」
D 「うるさい!いいから早く帰れ!」
C 「は~い!」
C、歩いて行き、ふと立ち止まる。
C 「先生!」
D 「なんだ?」
そして深呼吸して振り返り、Dに向かって笑顔で言う。
C 「好きです!」
Cの言葉を聞き、Dも笑顔でやさしく答える。
D 「俺も好きだよ」
その言葉を聞き、泣きそうになるのを我慢して頭を下げるC。
C 「……ありがとうございました!」
D 「おう……元気でな」
C 「はい!」
笑顔で答えるC。
C 「(ナレ)わたしは、今でもあの時の先生の笑顔を、そして、やさしい声をよく憶えています。わたしと先生の「好き」の意味は違ったのかもしれないけど、それでも嬉しかった。
わたしが卒業してすぐ、先生も違う学校に転任してしまい、その年に結婚したという話を聞きました。だから、あれからもう一度も会っていません。
それでも、わたしは「あの時」を憶えています。いつまで経っても、先生の笑顔とやさしい声を一緒に思い出す、素敵な思い出……」
四
ラジオに戻る。
A 「『それがわたしの「あの時」です』
……「バスケットウーマン」さん、すてきなメールをありがとうございました。あ、まだ先がありましたね。
『そういえば、真紀さん、聞いて下さい』
えぇ、なんでも聞きますよ。
『なんと今月、その先生と同窓会で再会できそうです。今からドキドキしますが、少しは大人になったわたしを見てもらえると嬉しいです』
わ~良かったですね!きっと緊張してるでしょうけど、大丈夫です。私が付いてますからね。
それにしても、私の学校にはそんな素敵な先生いなかったな~。だから「バスケットウーマン」さんみたいな青春時代が、ちょっと羨ましかったりします。
それでは、次のメールに行きましょう。続いてのメールは……」
ノイズが乗り、声が遠ざかっていく。
C 「やったぁ!メール読まれた……はぁ……楽しみだな~同窓会……」
C、ラジオを切る。
ED
終
何かしらで使って頂ける場合、作者までご連絡下さい。