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7 イデー

イデーに促されてグランツとトレーネはソファに座り、アイトは慣れた様子で2人の後ろで控える。


部屋の奥の扉から女性が出てきて紅茶とお茶菓子をテーブルに並べ、暫くして退室し足音が遠ざかる頃にイデーが口を開いた。



「アイトも座んなよ」


「いえ、結構です」


「お前の為じゃなくて、この辺から気まずそーな空気すっから座ってやれ」



そう告げながら掌で空中をくるくると撫で、自然とその先に居たトレーネに視線が集まる。

この部屋に来るまでは年相応の顔をして好奇心を抑えきれないといった様子で(しき)りに周囲を見渡していたのに対し、先程のやりとりもあってイデーを警戒していた。



グランツとアイトでトレーネを挟むようにして座り直す間、イデーは丁度トレーネの頭上辺りに顔を向け、ウンウン唸りながら何かを考え込んでいた。



「さて…………あ、んー……どうすっかなぁ…」


「イデー?」


「トレーネさぁ、“神様”って聞いて思い浮かぶ方居るよな?」


「っ!!」


「あー待て待て、そんな警戒すんなって。っと…………“話し掛ける”力はあんのに“聞く”力は無いのか、厄介だな。んー……僭越ながら申し上げます。貴方が如何に話し掛けようとも本人には伝わっておりません。私は貴方を崇めている者ではないが、代弁させて頂く許可を」



グランツにさえ使わない丁寧な口調で告げた言葉は、この部屋の誰に向けたモノでもない事を室内に居る全員が、確かに感じ取った。



「“君達”に聞く力が無いのが悪いんだけど、今まで護ってやれなくてすまないってさ」


「えっ」


「長……えっ、長?マジで?この子が?あぁ、いや、うん。長ってのは“沈黙の民”っていう小さい国の王様として扱われる存在なんだよ。本来なら、な?それなのに、長であるトレーネを(しいた)げる民の存在が気に入らなかったんだってさ」


「………………」


「これ以上は人払いしていいか?皆には孤児院にでも行ってもらって、2人だけで話したいんだ」


「あぁ、もちろん」















「悪い、遅くなった」


「トレーネ君?」


「ん、大丈夫」



神殿の裏手側にある孤児院へとグランツ達が移動して2時間後、漸くイデーとトレーネが合流した。


部屋の外に残してきた青年に手を引かれながら孤児院の院長と挨拶をしているイデーを横目に、パタパタと駆け寄って来たトレーネはアイトの足元に抱き付き、真っ赤に染まった目元を細めて笑った。



「わぁ!いんちょーせんせ、あたらしいこ?」


「ホントだー。ねぇお名前は?」


「えっ?あ、えっと……」


「いっしょに遊ぼ!ダイシンカンさま、いいですか?」


「あぁ、遊んでおやり。ただし、敷地から出ないようにな」


「やった!」


「ね、遊ぼ!」


「ちょっ、あの」



孤児院の子供達がトレーネの手を掴んで建物の外へと駆け出して行った。


イデーとグランツは木陰の休憩スペースに移動してアイトが紅茶を淹れるのを待つ間、イデーが人目を引かないように静かに話し始めた。



「トレーネをどうするつもり?」


「……どうだった?」


「あの子は…………カワイソウな子だ。そして、賢い……俺にあの子程の勇気があれば包帯なんて巻かずに生活出来るんだろうな…」


「何を視た」


「ほんの少しだけだ、俺が視れたのは。すぐ逃げられちったから……」


「誤魔化すな」


「…………強姦……いや、強姦なんて生温い。あれは暴力だ。トレーネに、まだ何も分からない幼い子に《お前が出来損ないだから“苦しい事”をしなきゃイケないんだ》って教え込んで、ナイフや鞭で痛めつけて……泣き叫ぶ子供をレイプする…………なんで…………なんで、あんな酷い事が出来るんだよ……」


「……すまない。辛い事をさせたな…」


「俺なんか、トレーネに比べれば」


「イデー様」


「なんで、あんな……小さな子供が…」



小さく震える両手で顔をおおって俯くイデーの脳裏に、人払いした後で視たトレーネの過去を思い浮かべる。


今より幼い頃のトレーネの悲鳴と周囲の大人達の笑い声、痛みと呼ぶのも生温い行為の数々に、同じ人間である事すら忌々しい程どうしようもない嫌悪感が込み上げた。



「あー!コーテイヘイカ、イデーさま泣かせてるー!」


「ヘイカ!ダメだよ!」


「イデーさま、なかないで」


「ぐすっ……大丈夫だよ。ありがとう、怒ってくれて…………トレーネ呼んできてくれるか?」


「はーい」


「私がいく!」



イデーの頼みに、子供達が我先にと駆け出した。暫くしてトレーネの手を引いて戻ると子供達はイデーの様子から深刻そうな話を察し、再び遊びに行った。


残されたトレーネは先程の事もあって気まずそうに視線を泳がせ、イデーに促されて隣りの椅子に座る。



「あの……」


「トレーネ、明日1人で神殿までおいで」


「1人で?」


「そう、1人。アイトも連れてきちゃダメ」


「イデー様、それは……」


「君は明日、辛い選択をしなければイケない。城から神殿に来るには2つの道がある、後で教えてあげる。片方の道を選べば、変わらない平穏が約束されている。片方の道を選べば平穏と引き換えに、とても辛い事になる。どちらを選ぶかは君の自由だ」


「…………はい」


「1つだけアドバイスをしよう。君が心から望む道を探しなさい。『誰かが困るから』でも『誰かが言ったから』でもない。君がどう思うのか、君がどうしたいのか。ソレを本当に君が望んだのなら、必ず周囲の人が助けてくれる。猶予は丸1日ある、よく考えなさい。トレーネ・ゲミュート」


「はい、大神官様」


「手、出して」



青年と繋いでいた手を離して懐から財布を取り出して膝に乗せ、青年が肩に手を置くのを待ってトレーネが出した手に触れ財布から金貨を1枚取って手のひらに乗せる。



「グランツがさぁ、前回来た時にウマイお菓子持って来てくれたんだよ。なんか、こう……フワフワした丸っこくて、食べたら溶けてくの」


「あぁ、アレか」


「アレ買って来て、孤児院の子達にも食わせてやりたいから少し多めに。アイトは後で店、教えてやってな?」


「分かりました」


「んで、こっちは手間賃」


「えっ?あ、あの……」


「返さなくていいから好きに使え」



“手間賃”と言いながらも5枚の金貨を握らせたイデーは宙を見上げ、少し悩んで1枚足すと合計7枚の金貨をぎゅっと握らせる。



「……大…神官、様……」


「いいから、持っとけ」


「……はい」



初めて触れた大金に戸惑いながらもしっかりと頷いたトレーネに対し、財布を懐に戻すイデーの口元が笑いかける。



「俺は選択肢を用意するだけだ。グランツに対しては別の権限があっけど、俺に出来るのはソイツが選べるだけの道を用意してやる事だけ」


「別の権限?」


「大神官は4人居るの知ってっか?」


「いいえ」


「その4人の大神官は、グランツが皇帝として失格だと判断したら全員の同意によって裁く事が出来る。その他は普通の神官と一緒かな?儀式したり神に祈ったり」


「あぁ、だから……」



初めて会った時からずっと疑問に思っていた、いくら平民出身とはいえ軽率過ぎるグランツへのイデーの態度に納得した。


この国の唯一の頂点に対するモノではなく、《皇帝が暴君となった時に裁く事が出来る対等の立場》としてのモノであれば当然だろう。



「俺はトレーネが気に入った、また会いに来て欲しいと思った。だからトレーネが幸せになれるような方法を増やす。でも、選ぶのはお前だ」


「……はい」


「もしもトレーネが俺に会いたいと思ってくれるなら、またおいで。待ってっから」


「はい、大神官様」









閲覧ありがとうございます。



トレーネが受けてきた“暴力”について、本人としてはわざと黙っていた訳ではありません。

今まで同然の事だったので、むしろグランツやアイト達に対して「なんで“苦しい事”しないのかな?」くらいに思ってます。





何故神殿の裏に孤児院があるか、といった設定もちゃんと考えてあったのですが、入れる場所が見当たりませんでした。

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