6 大神官
「トレーネ、明日は神官に会いに行こう。以前レンとアイトが話していただろう?」
酷く疲れた顔のグランツが、そう告げたのはヘルへーレンが屋敷に滞在して1週間目の朝だった。
いつもならトレーネの起床よりも早い時間から城で仕事をしている筈のグランツが珍しくのんびりと紅茶を飲んでいた事に驚きつつも頷けば、アイトとヘルへーレンから安堵した気配を感じた。
「おしごとは?」
「サボりだ」
「今日はずっとこっちに居るんですか?」
「そうなるな」
「…………じゃあ…」
「ん?どうした?」
「えっと、えっと……お茶…一緒に…」
「あぁ、なるほど。もちろんだ」
気まずそうに視線を逸らすトレーネの言いたい事に気付いたグランツは頷いた。
その返事にパッと明るい笑顔を浮かべて手早く、しかしマナーはしっかりと守って朝食を済ませて椅子から滑るように降り、斜め前に居たグランツの服を掴んで強引に引っ張る。
「こっち!来て!」
「トレーネ?」
「早く!こっち!」
「はいはい。とりあえず行けばいいんだな?」
戸惑いながらも腰を上げて差し出されたグランツの手を握り直し駆け出すトレーネに着いて行く途中、扉の手前で振り返った先ではアイトとレンが顔を見合せて笑っていた。
「ゼクスさん、おはようございます!」
「おはようさん。おやおやぁ?今日はサボりか、我らがオーサマ?」
「ふっ、まぁな」
「お水あげてくる!まってて!」
苦笑するグランツとニヤニヤ笑うゼクスをその場に残し、日課の水やりへと駆け出す。
そっと息を吐いてトレーネを見送ったグランツは花壇に花の苗を植えているゼクスの傍にしゃがんで雑草をひく。
「報告には聞いていたが、トレーネは邪魔になってはいないか?」
「あぁ、助かってらぁ。高い服が汚れるぞ?」
「構わないさ」
「……まぁ、アンタがいいっつーならいいが」
普段は皇帝として厳格に振る舞うグランツも屋敷では気を抜いている様子に呆れた顔で溜め息をつき、その後は特に会話も無く黙々と作業に没頭した。
予定していた花の苗を全て植え終えたゼクスが深く息を吐いて立ち上がり、身体を伸ばしている最中に小さく吹き出す音が聞こえて視線を下げると、グランツは楽しそうに笑いながらゼクスを見上げて目を細める。
「いや。そういえばお前に殴られた事もあったな、と思ってな」
「あったあった。オヤツの取り合いで喧嘩したりとかな」
「そういえばそんな事もあったか。あの時は親父さんが真っ青になってて面白かったぞ」
「マジかよ、見てねぇわ」
一旦作業を中断した2人は花壇のレンガブロックに座りながらアレがあった、こんな事をしたと思い出話に花を咲かせる。
ふと、静かになったゼクスへと視線を向ければ彼は少し眉を寄せてグランツを見ていた。
立場こそ違うものの幼い頃から付き合いのあったグランツには一見すると不機嫌そうに見えるその表情が、思うように出来ないもどかしさからだと知っている。
「初めて会った頃、さ……お前、水晶玉みたいな目してたんだよ」
「水晶玉?」
「ん。作り物みたいな、《世の中にはキラキラしたモノばかりじゃない》って何もかも諦めたような目をしてた。あの坊主と同じくらいの年頃だったクセに、だ」
「…………」
「小さいガキってのは夢も希望も溢れててさー。俺は毎日冒険してるみたいで楽しかったのに、コイツは持ってないんだって知った途端にムカムカしてきて、衝動的に殴ったんだよ」
ぺたりと座り込み、何が起こったのか理解していない姿を今でもよく覚えている。
宝石のようにまんまるい瞳が呆然とゼクスを見上げ、ゆっくりと、人形のようだった表情が怒りへと変化して心から安心した。
「そう、だったのか」
「…………う…」
「ん?」
「今は、どうなんだよ」
「どうだろうな……まぁ、また水晶玉みたいな目をしてたら殴ればいいさ」
「フンッ。言われなくても」
「私の事はともかく、トレーネをどう思う?」
「《大人がいつも本当の事ばかり言う訳じゃない》ってのと《必ずしも子供が愛される訳じゃない》ってのを知ってるガキだな。昔のお前みたいだ。あのちっせぇ手に溢れさせてみてぇなー、夢や希望が詰まったキラキラしたモノを」
「ゼクスなら出来るさ」
「馬鹿にしてんのか?」
「褒めているつもりだが?」
軽口を叩きながら顔を見合せた2人から自然と笑みが溢れた。
暫く話していると水やりを終えたトレーネが駆け寄ってくる姿が見えたので話を切り上げ、腰を上げたグランツの手に触れたトレーネの手が、興奮にほんのり赤い頬とは対照的にひやりと冷たかった。
「陛下!こっち!」
「何処に行けばいいんだ?」
「あのね、ゼクスさんとお花のタネうえたの。もうすぐ咲くんだって!すっごくキレイなお花だってゼクスさん言ってた!」
「へぇ?それは楽しみだな。咲いたら是非教えてくれ」
「うん!ぁっ…………はい」
「トレーネ、アイトやゼクスにも言っている事だがこの屋敷に居る私は皇帝ではない。そんなに緊張しなくても大丈夫だ、誰も怒ったりなどしない」
「…………でも………」
暗い顔で視線を下げたトレーネに合わせて片膝をつき両手に触れる。
アイトや使用人達が努力したおかげか最近では死角から不意をつかない限り、その時の状況にもよるが触れても怯える事が減ったように思える。
「お前はもう、自分のやりたい事を自由にやっていいんだ」
「…………わかってます。わた……俺が間違ってるんだって。“沈黙の民”が間違ってるんだってわかってます。でも…………俺には、今までフツウだった事が違うのは少しむずかしいです」
「少しずつ分かっていけばいい」
「………うん」
「おーいグランツ、坊主。アイトがお茶の用意してくれたから少し休憩にしようぜ」
「行こうか、トレーネ」
「うん」
ゼクスの呼び声に腰を上げたグランツが差し出す手を見つめ、暫く考え込んでいたトレーネはぎこちない笑顔を浮かべながらも自らの手を重ねた。
翌日、お忍びで行きたいとのグランツの主張により城から少し離れた場所に待機させていた平民が使う質素な馬車に乗り込み神殿へと移動する。アイトに抱き上げられて馬車から降りたトレーネは物珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡し、青年が3人を奥へと案内する。
ふと、お忍びとは言ってもグランツに護衛が居ないのは問題ないのか気になりアイトに問い掛けると、グランツ本人もアイトも訓練を受けている為小隊でも襲って来なければ基本的に問題ないようだ。
「大神官様、皇帝陛下をお連れ致しました」
「どうぞー」
扉の中から聞こえた声は、トレーネが想像していたよりも若かった。
案内人の青年が扉を開けて3人を室内へと促し、グランツと親しげに挨拶を交わしながらソファから腰を上げた人物に目を見開く。
真っ白い衣装に身を包む12、3といった少年は傍に立つ男性と手を繋いでいた。背中まで無造作に伸ばした髪は本物の金を糸に紡いだのかと錯覚する程に柔らかく肩を流れ、キラキラと輝く光の波が少年に合わせて動く。
最も驚いたのは目元を完全に覆い隠した包帯であり、その穏やかそうな外見とは裏腹にトレーネの方へ顔を向けた直後ケラケラと声を上げて笑い出した。
「トレーネ、紹介しよう。大神官のイデー・ウムアルムングだ」
「この子オーラすげぇ!!何処が身体!?うっは、こんなのグランツ以来じゃん!!」
「……包帯?」
「イデー・ウムアルムング、数年前に天啓を受けて大神官なんてモノにご指名されただけの元平民だ。ウムアルムングは俺を迎えに来たオッサンがそこそこ有名人だったおかげで、“大神官”やってる間だけ借りてる。イデーでいいぜ、“沈黙の民”の少年」
「ッ……!!」
思わず息を飲み、アイトにしがみつくトレーネにイデーの口元が笑いかける。
「大神官は天啓を受けると同時に能力?魔法?が、使えるようになるんだ。俺の能力は《ツクヨミ》とか《先見》とか《千里眼》とかいろんな呼ばれ方してっけど、まぁそんな感じ」
潜在能力が覚醒するのか、神から与えられるのかは誰にも分からない。
イデーが天啓を受けた当時は違和感すら無かった。しかし日を重ねる間に小さな違和感から確信、そして恐怖へと急速に変化していった。幸いだったのは両親から感じ取るモノに嫌悪や畏怖といった感情が無かった事だろう。
イデーを迎えに来たのは60を過ぎたが若々しい見た目の男だった。
男は約1年半、イデーの家に住み着いて神官としての役目から食事等のマナーまで様々な教育を施した。
その間に《目》の使い方に慣れ、普通に生活出来る程度に封じる為の包帯を巻き出したのも同じ頃である。
「トレーネ・ゲミュート、お前には力がある。お前が真に望むなら世界を支配する覇者にも、人々に癒しを与える聖人にもなれるだけの“器”がある。正直、グランツを凌ぐ程の器が何を成すのか……俺には想像も出来ないな。お前が何を望むのか楽しみだ、トレーネ」
「…………」
「とりあえず座れよ、お茶にしようぜ」
いつも閲覧ありがとうございます。
祝!!!初めてのブクマ!!!本当にありがとうございます画面外でアホほど歓喜してました!!!
読んで分かる通り、《大神官とは何ぞや?》について一切触れてません。
それについては次回を予定しています。




