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 ナイショのお話 その2








夜も()けた頃、その女性はカートを押しながら廊下を進む。

柔らかな踏み心地の絨毯が足音を消してしまう為、ほとんど物音が聞こえない。


ふと、1つの扉の前で足を止めて控えめに2回ノックをすると数秒の後、室内から返事があり扉を開けてカートを中に入れる。



「あら……申し訳ありません、もうお休みでした?」



ソファーで寛ぐ男性にお辞儀をして声を掛けたのは室内の奥、ほぼ扉の正面にあるベッドの手前で子供を抱きながら、ゆらり、ゆらりと緩やかに身体を左右に揺らしている男性。



「いえ。そろそろ寝る習慣が出来てきたかと思ったんですが、無駄だったみたいです」


「あらあら。さて、今日はどんなお茶を淹れましょうか」



男性――アイトと話しながらカートに乗せて来たガラス製のティーポットの蓋を取るとソファーに居た男性――ヘルヘーレンが興味深そうに近付いて来た。



「寝る前にお茶?」


「よく眠れる特別製ですわ」



何も入っていないポットの上部でふわりと手のひらを(かざ)せば水魔法と火魔法の応用でポットの中に透明なお湯が湧き出て来た。


アイトが抱いていた部屋の主であるトレーネを、ポットが見えるように近付けるのを待って右手をぎゅっと握りイメージと共に魔力を込め、手を開いて小さな結晶をポットの中に落とす。

すると結晶からスルスルと蔦が伸びて幾つかの花がお湯の中に咲いた。



「わぁ……赤いお花だ!」


「どうぞ、トレーネ様」


「ありがとう」



同じくガラス製のカップに注ぐとほんのり赤いお茶の中に花びらが浮かび、何処か嬉しそうに笑ってカップを受け取ったトレーネはゆっくりとお茶を飲む。カップが空になると間もなく眠そうに目元を擦り、ふらりと傾いた身体は傍で待機していたアイトに受け止められる。



「…………こんな……お茶を飲まなければ、眠れないなんて…」



女性が胸に抱いたポットにぽたりと涙が当たって弾けた。







彼女の家系は医療師の資格を持つ者が多く、そのほとんどは城や軍に所属し、彼女はたまたま縁があってグランツに(つか)えている。

彼女が淹れたお茶には麻酔の効果があり、身体の損傷が激しい者や酷い病に(おか)された者が痛みを忘れて眠れるように、と先祖が開発したモノだ。



トレーネは屋敷に来た当初、人の気配を感じると起きて怯える為、不寝番が困っていた。少しでも人の気配に慣れるようにと世話係りを任された頃からアイトが添い寝を始めてみたが効果は無かった。


最初にお茶を飲ませたのは気まぐれからだったが、その後トレーネの部屋を訪れてお茶を淹れるのが彼女の日課になった。





「あっ、忘れてました。すみません、今すぐ寝間着に着替えて来てもらえますか?」


「えっ?寝間着、ですか?」


「流石に外聞が悪いでしょうから、上に何か羽織って来てください。ほら、早く早く」


「は、はい」



急にポットを取り上げて背中を押すアイトに困惑しつつ自分の部屋に戻って普段の寝間着に着替え、足元まで隠すようなローブを羽織って元来た廊下を戻る。



「あの……」


「では今日は此処で寝てください」



数秒と掛からずに彼女が羽織っていたローブを奪ってトレーネを抱かせ、ベッドに寝かせて布団を被せる。むずがるトレーネに慌ててぽんぽんと背中を軽く叩いて落ち着かせ、顔を上げるとアイトは奪ったローブを不寝番に渡して何か話していた。



「アイトさん!?」


「あまり大きな声を出すとトレーネ君が起きますよ。あぁ、1人で寝かせると泣き出すので注意してくださいね。では我々はグランツ様に呼ばれてますので、後はよろしくお願いします」


「かしこまりました」



カートを押すアイトとヘルヘーレンは部屋を出ると厨房に立ち寄ってポット等を片付け、幾分かラフな服に着替えてグランツの部屋を訪ねる。



「お待たせしました」


「ごめんねー、オーサマ」


「構わん。お疲れ」











「アイトはズルいぞ!!」


「アイトが?えっ、何が?」


「ズルい!!」


「もう酔ってるんですか?」


「酔ってない!!だいたい、トレーネは私が拾ってきたんだ!!なのにアイトばかりなつかれてズルい!!」


「だって君、先日視察から帰って来たばかりでしょう。2週間、でしたっけ?」


「あれは…………」



先程までグラス片手にキャンキャンと吠えていたグランツが急に黙り、彼らしくない暗い表情にアイトとヘルヘーレンが顔を見合せてグラスを置く。



「皇帝、どうした?」


「……私は……皇帝として、国を(おさ)める者として間違ってはいないだろうか」


「……何があった?」


「今回視察に行ったのは北の領地だ」





グランツは数人の役員、その護衛達と定期的に国内の視察を行っている。今回は北側の領地を3つ程見て回る予定だった。

今回視察した領地は特に、1年中寒さの厳しい気候故に飢饉が起こりやすく、領主にしても皇帝にしても注意を怠れない。


問題は最後の領地を視察した日に起きた。


領主の案内中に物陰から何かが飛び出したと思ったら、小さなナイフを持った子供がグランツに襲いかかり護衛兵に取り押さえられていた。



『おまえが!!おまえのせいで母さんが死んだんだ!!』


『…………領主殿。次は先程話していた、雪崩れが起きたという場所に案内してくれ』


『は、はい。少し歩く事になりますがよろしいですかな?』


『構わん、歩いている間に身体も少しは温まるだろう。……私は何も見ていない、今日は風が強くてよろけてしまっただけだ』


『……左様ですか』


『無視すんな!!』


『迷子らしい。誰か家まで送ってやれ』


『はっ』



兵の1人が頭を下げて子供を拘束し、グランツ達の姿が見えなくなったのを待って子供に声を掛ける。



『お前にも事情があったんだろうが、皇帝陛下は《何も無かった》とする事でお前を護ってくださったんだぞ』


『はぁ!?なんで!!』


『陛下が《何も無かった》と言わなければ、未遂とはいえ皇帝殺しの犯罪者だ。お前は即死刑、家族も……罰金で済まされる可能性もあるが、全員殺される』


『っ……』


『この数年、何度か炊き出しがなかったか?』


『あった、けど?』


『あれは皇帝陛下が私財を削って領主様に指示を出したんだ』


『はぁ!?』


『他にも、この視察も本当なら部下に行かせて報告だけ聞いてりゃいいのに自分で見ないと分からない事もあると言っておられた。皇帝陛下は平民だからとお前達を見捨てる事も切り捨てる事も、決してしない』


『…………』


『此処では何も起きなかった。お前は此処には居なかった、皇帝陛下も襲われてない。それでいいんだ、今日は大人しく帰りな』


『……ちく…………しょ…』



子供は悔しそうに唇を噛み締めていた、と後で聞いた。





「トレーネと同じくらいの背格好の子供が、ナイフを握らなければ家族を護れないなどと……そんな国にだけはしないよう…努力してきたつもりだった、のに…」


「そっか…」


「……ト」


「あ、はい」


「………イト…」


「はい」


「……アイ……ト…」


「はい」


「私は……お前との約束を、護れているだろうか…」


「僕は知ってます、グランツ様が1人でも多くの民を救おうとわざわざ茨の道を選んでいる事を。寝る間も惜しんで資料を読み、現地へ行って何が出来るか常に悩んでいる事を。僕は、知ってますよ」


「アイト…………アイト…」



やや前屈みになって腕を膝に置き身体を支え、両手で握り締めたグラスの中でカランと氷が音を立てた。


城の中にも一応の理解者は居るものの多い訳ではなく、グランツがあまりにも重い荷物を独りで抱え込んでしまう事を、皇太子時代から傍に居たアイトは知っている。



「明日くらいお休みされては如何ですか?レンと同じようにトレーネ君に着いて回ってもいいし、ゆっくり読書なんてのも素敵ですね」







前回後書きに入れるのを忘れてましたがトレーネの食事量が増えたと言っても、女の子の小さいお弁当を持ってきて「えっ、お前昼飯そんな量で足りんの?」と言われていた運動部員が同じお弁当とおにぎりを1つ食べ始めたようなモノです。

要するに、年齢から考えたら全然足らんからもっと食え状態。





小説の構成についてですが、実は出すキャラやネタについては20話先まで妄想が終わってます。


【ゲフンゲフン】な男の子とか【ピー(修正音)】な女の子とか早く出したい。むしろ女の子、この女の子めっちゃ早よ書きたい。でも女の子より先に男の子出さんとアカンねん。



先日友人と遊んだ時にキャラから構成、最終話の予定まで話したら「割と考えられとるやん」と褒められた(?)ので、女の子が出てくるまで頑張ります。

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