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5 お話ししたいんだけど 後編

えっ、今更引き返さないよね?だって最初に説明文、読んだ筈でしょ?(←コレが説明の全てです)

「ねぇ、トレーネ君。2人だけでお話ししたいんだけど、いいかな」


「…………はい」



いつもならアイトと一緒のお茶の時間は、今日だけはヘルヘーレンになった。


建物の中心付近にあるサロンや中庭より人気が少ないとの理由から、北側のトレーネの部屋にお茶の用意の手配をする。



「かしこまりました」


「トレーネ様、本日のおやつは何かご希望はありますか?」


「…………ぁ……えっ、と…」


「トレーネ君?」



顔をほんのりと赤く染めて恥ずかしそうにするトレーネに声を掛けると、少し時間をおいて漸く口を開いた。



「……パンケーキ。陛下とお茶したときの……アレがいい…」


「まぁ!」


「生クリームと蜂蜜のパンケーキですね。かしこまりました」


「昨日の果実のコンポート、確かまだありましたよね?」


「えぇ、トレーネ様にお出しするようにとの陛下のご指示でしたから」


「アレも添えて下さい、トレーネ君が気に入っていましたから」


「そうですね、かしこまりました」


「あら、でしたら温かいコンポートの上にアイスを添えると素敵だと思います」


「直ぐに厨房に指示してきます」



あれこれと案を出し合いながら準備は進められていった。











「トレーネ君、近くに居ますから何かあれば呼んでください」


「ふふっ。うん、わかった」



お茶菓子としてトレーネにはパンケーキ、ヘルへーレンには甘さ控えめのクッキーが用意された。

室内からは給仕すらも排除される為テーブル横のワゴンに、自分達でいれられるようにポットや砂糖壺等が置かれている。


最後に心配そうに何度も振り返るアイトが退室するとヘルへーレンはにこりと微笑み、持ち込んだ大きな荷物を開け2つの人形を取り出す。



「さて。まぁ、早速本題ってのも味気無いからね。この子達が君に会いたがってたよ」


「あ、お人形さん!」


「また踊りを見て欲しいって」


「わぁ!みたい!」



準備を済ませたヘルへーレンがコホンと1つ咳払いをして楽器を構えると、少し低めの声と音に合わせて人形が起き上がり互いに手を取り合ってクルクルと踊り始めた。


全3曲の演奏を終えて優雅にお辞儀をした人形達はヘルへーレンに駆け寄り、1枚ずつクッキーを受け取ってその場に座ると食べる真似を始めた。



「ふふっ」


「さて、緊張は解れたかな?」


「……はい」


「俺さぁ、アイトやグランツの事は結構気に入ってんの」


「なんとなくわかります」


「まぁ、端的に言うと君が危なくないか判断したいって事なんだよね」



じっとヘルへーレンを見つめていたトレーネは不意に椅子から降りると扉の方へと歩き出した。


トレーネが屋敷に来てから廊下側と室内の両方、何処の部屋の扉横にも階段状の踏み台が必ず設置されている。

その踏み台に乗って扉を開けると正面の壁際で待機していたアイトの姿に、思わず笑みが零れた。



「ききたい事とおねがいしたい事があるんだけど、いい?」


「もちろんです」


「レンさんにどこまで話していいの?」


「トレーネ君が大丈夫だと思うなら構いませんよ」


「“ちんもくの民”については、しってる人?」


「えぇ。ただ出身は此処の国ではないので、知識としてですが」


「レンさんに話した事はホウコクするの?」


「それを決めるのはレンです。グランツ様は「話したくなったら話せばいい」と仰っています」


「じゃあ2つ、おねがい。中からでてくるまで誰も近づかないでって言っておいてくれる?」


「分かりました、直ぐに手配します」


「もう1つ。ミルクティーのおかわりちょうだい」



嬉しそうに笑うアイトの手を借りて踏み台から降り、改めて椅子に座らせてもらう。

ワゴンに用意はされているし、トレーネも自分でいれた事はある。しかしトレーネにとっては他の誰がいれるよりアイトがいれたミルクティーがお気に入りで、アイトに特に用が無い時には彼に頼んでいた。


再びアイトが退室するとトレーネは目を伏せてゆっくりと息を吐き、目を開けると少し大人びた表情をしていた。小さな身体から発せられる、背筋が震える程の威圧感に、ソレが長としての姿だと察し生唾を飲み込む。



「さて……遅くなって申し訳ない。話し方は意識しなければ身体に引き寄せられる為、幼い言葉では理解出来ない事もあるだろう。何を聞きたい、申してみよ」


「では、“沈黙の民”について」


「ふむ……知識としては知っていると言っていたな?何を聞きたいのだ?」


「“沈黙の民”は何故存在したのか、何故滅ぼされたのか。ご存知であれば是非」


「何故滅びたのか……結論から言えば私が滅ぼしたのだ」


「は?」


「何故存在したのか、コレを答えるには建国から話さねばならんが私が語る訳にはいかぬ、許せ」


「……貴方は、一体…」


「私が産まれた頃からならば問題なかろう。不愉快な話になるが、聞くか?」


「はい」


「そうか」





グランツに話した通り、トレーネは“沈黙の民”一族末席の家の、若い夫婦の子として産まれた。


白銀の髪から、産まれて直ぐ本家に引き取られる筈だったが、せめて乳離れするまではという母親の訴えにより監視付きだが両親と共に過ごす事を許されたそうだ。



本家に用意されたのは土を掘った“部屋”に鉄格子が取り付けられた、牢屋と呼ぶのが相応しい場所だった。

いつも薄暗く、ジメジメしている上にボロボロの毛布が1枚与えられ、暴力を振るわれるのが日常だった。早く死ねばいいと言わんばかりに殴られ、蹴られ、幼い身体でよく生きていたものだと自分でも思う。


使用人を含めて本家の人間全員がトレーネを見る目は鋭く、儀式等で長として参加する度に一族の誰もが卑しい子供だと悪態をつく。


ただ、一度だけ。

当時の世話係りだった男が、本家から比較的人が居なくなる《儀式の日》に両親に会わせてくれた。


ほんの数時間、もしかしたら数分だったかも知れない。本家の者に見付かって以降、世話係りの男がどうなったのかトレーネは知らない。

ただ、お父さん、お母さんと呼べなかった後悔の方が強かった。





「……長は……代々の記憶を継承すると聞きました」


「代々の長は夢を見ていた。『こんな一族は存在してはイケない』、と。一族の罪や(ごう)を継承してきた長達は、ただ1つ、一族が滅びる未来を夢見ていた」





トレーネが継承した記憶の中の長達は、いつも哀しかった。

妻や子供が居た長も、一族の者に愛されていた長も、皆哀しかった。


長は、継承される記憶で“沈黙の民”が存在する理由を知っている。

長は、継承される記憶で“沈黙の民”が何をしてきたか知っている。


滅びねばならぬ、栄えてはならぬと想いながらも長が死んだのでは次代が産まれるだけ。

誰にも、何も出来なかった。





「“沈黙の民”の里には結界があるのを知っているか?」


「結界?」


「あぁ。どういう原理かは言えぬが、2種類の結界がある。1つは里を覆う、侵入者を拒む結界。もう1つは更に外側にあり、侵入者を感知する結界」





感知する結界の距離は広く、侵入者が近付くまでに対処の準備をする為ではないかと言われている。


あの日、トレーネの結界は皇帝軍の進軍を感知していた。

そして、一族を滅ぼすつもりだという事も分かっていた。





「皇帝軍を感知した私は…………拒む結界を消したのだ」


「っ!?」


「死など怖くない、怖いのは私が死ぬ事で産まれる次代だ。一族が滅ぼうとも構わない、長達の夢が叶うのだから」


「な、ぜ……」


「ヘルへーレン、お前は皇帝軍の進軍理由を知っているか?」


「…………いえ…」


「皇帝殺しを企んだからさ」



淡々と告げたトレーネは冷めてきたミルクティーを飲んでカップを置くと、青ざめた顔のヘルへーレンににこりと微笑む。



「私の、長の力で皇帝を殺し、国の頂点に立とうとした。いつの世も周囲の者達が欲深くて困る」


「……ぁ……えっと、その…」


「そんな事が出来るのか、か?」


「……はい」


「出来る。やりたくはないが」


「最後に1つ、お聞かせ下さい。まだ死にたいと願われますか?」



ヘルへーレンの問い掛けに、トレーネの動きが止まった。



「この…………血は、絶やさねばならない。その考えを変える事は出来ない。だが…」





初めて食べる甘いお菓子

アイトの淹れるミルクティー

屋敷を歩き回れる自由

温かいスープ

初めて行った街

買い物をする人

飴細工

賑やかな噴水広場

初めて貰った首飾り

旅の楽士と踊り子





「……い、きて…みたい……」



小さく震える声と共に大粒の涙が零れ落ちた。


屋敷に来るまでは死にたいと願い続けてきた、一族は滅びなければイケないと思い続けてきた。


トレーネが屋敷に来てから、まだ1ヶ月も経っていない。その短い時間で知り得た体験は既に両手を超えた。

この大陸の西側にあるという海を見ていないし、アイトがいつか連れて行きたいと言っていた故郷にも行っていない


まだまだ知りたい事も見たい物も、それこそ星の数程ある。



初めて願う。

《生きてみたい》











今まで空気に徹していた人形達はトレーネが泣き出した事でわたわたと慌て始め、パッと顔を上げるとヘルへーレンへ駆け寄った。



「君達さぁ、ご主人様は俺だって忘れてない?」



明らかに主人よりもトレーネを優先している人形を指先でつつくと女の子の人形が首を横に振るのに対し、男の子の人形がバシバシとヘルへーレンの手を叩いて何かを催促している。


深く溜め息をついてハンカチを取り出すと奪ってトレーネの方へ戻り、涙を拭こうと必死にハンカチ持つ手を伸ばす。



「ふふっ……どうもありがとう」



ハンカチを受け取り真っ赤な目をして笑うトレーネを見届けたヘルへーレンは、持ち込んだ荷物の中から1枚の布を取り出して頭に巻き、楽器を奏でる。



「ah―――」



今までにトレーネが聞いた曲とは違い、歌詞が無い旋律だけの歌が静かな室内に響き渡る。



「この曲はね、俺達の一族で古くから伝わる曲なんだ。トラオムという名前だよ」


「…………トラオム」


「そう。トレーネ君の願いが叶いますように」



その後、ヘルへーレンはずっと曲を奏でていた。


彼が歌い、人形が踊る。


その光景を眺めるトレーネの瞳から、涙が零れ落ちなくなるまで、ずっと。





誤字脱字に気を付けていますが、もしあれば報告して頂けると大変嬉しいです。





最後にヘルへーレンが頭に巻いたのはバンダナです。



今までにボカしてきたトレーネの過去でした。

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