ナイショのお話 その1
それは、アイトとトレーネが初めて街に買い物に行った日の事。
宝石店から出た2人はお菓子屋を幾つか巡り、アレでもないコレでもないと言いながら最終的に焼き菓子を幾つか購入し、商品を入れたカゴをトレーネに持たせたアイトは店主と話し込んでいた。
楽しそうな表情でありながら小声で交わされる難しそうな話に、トレーネは早々に飽きてキョロキョロと店内を見渡す。
――ポロン
不意に聞こえた音色に興味を引かれて振り返り、ふらふらと人混みの中へと消えた。
――ポロロン
――ポロン
何かに誘われるように暗い路地の奥へ進んだトレーネは1人の楽士らしき男の前で足を止める。
異国風の見慣れない絨毯を敷いて座っている為背格好はよく分からない。男の前には小箱に凭れさせた手のひら程の人形が2体あり、腕に抱いた楽器の弦を戯れに指で弾いて鳴らしている。
ふと、真っ赤な髪をさらりと揺らして顔を上げた男は同じ色の瞳でトレーネを見上げてにこりと微笑んだ。
「やぁ。いらっしゃい、小さなお客さん」
「ぁ…………えっと……」
「まぁ見てってよ、暇で暇で仕方なくてさぁ」
男は背後に置いていた荷物の中から自分の座っている物と同じような絨毯を取り出し観客席として広げトレーネを座らせると改めて楽器を構えた。
男が歌い出すと同時に小箱に凭れさせた人形がむくりと立ち上がり、曲に合わせて踊り始めた。
くるり、くるりと手を取って踊る人形達は曲が終わると小箱の蓋を開けて中を覗き込み、楽士の髪と同じ真っ赤な花を1輪取り出してトレーネに差し出した。
思わず受け取ると人形は蓋を閉めて互いに手を握り、優雅にお辞儀をして最初と同じく小箱に凭れて座る。
「ご静聴ありがとうございました」
「すごいすごい!生きてるみたいだった!」
「ははっ、ありがとね」
「ハッ!お代、お代……俺、お金もってなかった……クッキーじゃダメですか?」
「いいよ、クッキーで。俺と人形の分で3枚ちょうだい」
「3枚だけ?」
「もう1枚くれたらいい事教えてあげるよ」
「う、うん」
カゴの中からクッキーの袋を取り出して男の手のひらに4枚乗せると人形達が再び動き出して男からクッキーを受け取り、その場に座って食べる真似を始めた。
どことなく嬉しそうな人形達にクスクスと笑いながらクッキーを食べ終えた男はスッとトレーネの背後を指差した。
「この道を真っ直ぐ行くと噴水広場に突き当たるんだ。白いお花が咲いてる所で少しだけ待ってたら、一緒に居たオニイサンに会えるよ」
「ハッ!……アイト…」
「残りのクッキーを食べながら待ってるといいよ。大丈夫、心配はしてるけど怒ってないから」
「お兄さん」
「ん?」
「また会える?」
「もちろん」
「今度はアイトとくるね!」
「と、いう訳だから広場に行ってやんなよ」
大きく手を振りながらトレーネが走り去り周囲に誰も居なくなると男は振り返ってトレーネに渡したのと同じ花を1輪、建物の影へと放り投げる。
いつから其処に居たのか、花を受け止めた青年は大人しく出てきて花を投げ返す。
「屋敷に来ればいいのに」
「アレが例の、オーサマが拾ってきた“沈黙の民”だろ?」
「えぇ」
「“バラして”いい?」
男の唇が愉快そうに弧を描き、その指がポロンと短く弦を弾いた瞬間、小箱の傍にあった筈の人形が3つの三日月で形作った笑顔を浮かべて両手に刃物を構えた。
「駄目ですよ」
「ちぇっ。まぁいいや、このクッキーまた食べたいな」
「おや、お口に合いましたか。用意しておきます」
「また夜に」
「はい」
話は終わったとばかりに男に背を向けて噴水広場へと歩き出したアイトの背後でポロンと短く音が鳴り、同時に男の気配が消えたのを感じ取った。
男はつい先程まで其処に居た痕跡すらも残さずに姿を消した。
しかしアイトは振り返って確認する事はなく、数分後、泣きながら何度も謝罪を繰り返すトレーネを慰めながら帰路についた。
男の服装については《女の子 踊り子》と聞いてパッと思い付いた衣装を男用にアレンジして下さい。
多分それで合ってます。




