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22 コップのジュース 後編

「グランツ、休憩しよ?」


「トレーネ……あぁ、そうだな」



トレーネとイデーが話してから約1ヶ月が経ち、グランツもクヴァールも、冬が本格化する前に全てを終わらせるつもりのようで出兵の日が決まった。

戦争の目的からも戦力差からも皇帝軍を出す程の事ではなく、2万でも十分かと思われたが念の為3万5千を出兵させる事になった。


屋敷に戻るより城に寝泊まりする事が増えたグランツを心配したアイトに頼まれ、トレーネは数日置きに執務室へ突撃しては無理矢理グランツに休憩させる。



「ねぇ、グランツ。俺にできる事があったら言ってね?」


「ん?いや、大丈夫だ。ありがとう」


「…………そう」



薄く笑うグランツに、トレーネは何も言わなかった。















「アハハハハ」


「陛下、お酒は如何ですか」


「もらおうか」



いつの頃からか分からないが、メークリヒカイトでは代々、戦争に出発する前に城で宴が開かれる。おそらく、最期の時間を賑やかに過ごそうという意味があったのだろう。

テーブルがコの字型に置かれて酒や料理が振る舞われ、空いたスペースでは楽士や踊り子等が芸を披露している。


その賑やかな席で、出兵予定の男達が彼方此方で暗い顔をしてグラスを(あお)っていた。





宴が始まって暫くした頃、グランツは不意に背後から話し掛けられて振り向いた。


普段なら貴族達に奴隷だ何だと蔑まれる為用事が無ければ城に近付かないアイトが、気まずそうな顔をしながらも其処に居た。



「どうした、アイト」


「……えっと……トレーネ君が…」


「トレーネ?」


「貴方の為に剣舞を」


「……いいのか?」


「はい」


「……ではお願いしようかな」



ニコッと笑ったトレーネは明るい曲を奏でている楽士達の元へ向かい曲について幾つか打ち合わせをすると輪の中心へ入り、剣舞用の飾りの付いた剣を掲げ持った。

そして曲が始まり、楽士の音に合わせて軽やかにステップを踏み、手にした剣で空中を斬る。


最初はトレーネの舞いという事で眉をしかめていた周囲も、いつしか手拍子をつける程に魅了されていた。





曲の終盤に差し掛かるとトレーネは子供の腕力とは思えない程空高く剣を投げ飛ばして両手を組み目を伏せて祈るように俯き、落ちてきた剣を受け止めその場でクルリと回って再び剣を投げ飛ばし腕を広げて空へ叫ぶ。



「神よ、我等“沈黙の民”が崇めし神よ!我の祈りに応え、我が願いを叶え賜え!」


「トレーネ…?」


「この国に繁栄を、嵐におそわれようとも他国に攻めこまれようとも折れない勇気を、どんな絶望にうつむこうと立ち上がれる希望を!我が命を対価に我が願いかなえたまえ!」


「トレーネ!!」



グランツが慌てて席を立つと同時にいくつもの刃物が空から降り注ぎ、トレーネを囲むようにしてドーナツ状に地面に突き刺さった。


ナイフであったり剣だったりと様々だが、唯一共通しているのは刃物である事。そして最も異様なのは、そのいくつかの持ち手に血がついている事だった。



「…………なにが…起こったのだ?」


「…………これは……?」


「……トレーネ…」


「これ、覚えてる。初めてギシキさせられた時のナイフだ」


「ッ、トレ「誰かグランツをとめて!」


「トレーネ!!」


「俺から離れて!だってまだ、さっきのが落ちてきてない!」



そう叫んで視線を上げたトレーネにつられて全員が空を見上げた。


次の瞬間、見覚えのある剣が空から一直線に落ちてきたかと思えば細い細い稲妻が走り、トレーネの頭上数mの所で砕け散った剣の破片がキラキラと周囲に降り注いだ。



「……………、とで……」



現実味のない光景にざわつく周囲の騒ぎに消え入りそうな程に微かな声が風に乗って届き、グランツは反射的にトレーネに駆け寄った。



「生きろとでも言うつもりか!こんなことを俺が喜ぶとでも思ったか!“神”と崇められているだけのアクマが………………“ちんもくの民”をさんざん殺してきたお前が、俺を生かすのはなぜだ!」


「大丈夫かトレーネ、なにか身体に異常が……どこか痛かったりしないか?何故、こんな……」


「…………お前は何故、何も言わない?私は言った筈だ、グランツ・クルーガー・オルドヌング。私に出来る事があれば言えと。何故お前は何も言わない?私を屋敷に連れて来てどれだけの時間が経った?お前は生きろとしか言わなかった。この強大な魔力を使うでもなく、民衆の目の前で処刑するでもなく、ただ生きろと…………私は、何をすればいい…?」


「……トレーネ……」


「何故、この戦争を終わらせろと命じない?用意した兵は3万5千、だったか?戦争なんぞ知らぬ私には、それが多いか少ないかは分からん。だが、3万5千のうち犠牲は何人だ?何人が生き残り、何人が泣く?お前は知っている筈だ、グランツ・クルーガー・オルドヌング。3万5千の兵など要らず、たった1で済む方法を」



淡々と口にしたトレーネは近くのナイフを引き抜いて胸を貫いた。しかしナイフはトレーネの身体に触れる前にサラサラと砂に変わり、何度繰り返してもトレーネの身体から血の1滴さえ流れる事はなく、やがて、自傷行為は許さないとばかりに地面に突き刺さった全ての刃物が砂に変わった。



「私は自死は許されない、そういう掟だ。あぁ、そういう意味では…アレは自死になるのか…………ハ……アハハハハハハハハハ!なんという事だ!初めて儀式を強要された、あの日からずっと!長い時間(とき)の中でナイフが胸を貫く光景を夢見てきた行為が!全て…………全て…あり得ない幻であったか…」


「トレーネ、それは……!!」


「私を殺すのはお前達しか居ない、なのに何故殺さない。“沈黙の民”は呪われた血族だと、滅びるべき一族だと私は何度も何度も言った筈だ…………俺はなんの為に生かされてる!」


「トレーネ!!」



ポタポタと大粒の涙を溢しながら叫び、そして不意に背後に向かって駆け出したトレーネをグランツは追った。

しかし数歩も進まないうちに行く手を阻まれ、音もなく現れたロイエが優雅にお辞儀する。



「申し訳ありません、我が主は就寝の時間です。どうか、このまま」


「ロイエ……」


「皇帝陛下、1つ確認したい事が」


「…………許す」


「陛下はトレーネに生きろと言い、自由に過ごせと屋敷に連れて来た。間違いありませんか?」


「あぁ」


「先程のトレーネは、目の前に小さなコップを置かれた幼い子供のようですね」


「……?」


「幼い子供はコップに、母親に甘いジュースを(そそ)いでもらう。でもトレーネは産まれた瞬間から“沈黙の民”の長だった。コップにジュースは用意されず、《“沈黙の民”の長》という名前の酒を飲めと強要されてきた。その子供が、トレーネが、本当は甘いジュースが飲みたいと泣き叫ぶのは罪でしょうか?」


「っ、それは!!」


「普通の子供は母親に頼む。なら、母親が居ないトレーネのコップにジュースを注ぐのは誰の役目でしょう?……トレーネは貴方から欲しかったんじゃないのか。俺でも、アイトさんでもない…………貴方から……」















「トレーネ」


「ロ……っ、ロイ…エ……ひっく…」


「トレーネ、行こう」



小さく身体を跳ねさせて泣く子供に、ロイエは自分が着ていた上着を脱いでトレーネを包み込みフードを被せてゆっくりと抱き上げる。



「俺が居るよ。この命尽きるまで、トレーネが俺の事要らないって言うまで、ずっとずっとトレーネと一緒に居るよ」



ポンポンと軽く背中を叩きながら腕の中の子供にだけ囁く優しい声を、2人が行く道を照らす月が聞いていた。

大変お待たせしました。

メチャクチャ難産だった……。





13日にワクチン接種してきます。

まだ1回目なので大丈夫かと思いますが、副作用怖い……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新、お疲れ様ですm(_ _)m トレーネもグランツも相手を守りたい思いの行動だからこそ、このすれ違いはちょっと悲しいですね(。´Д⊂)
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