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3 檻の外

何の心境の変化か、アイトが世話係を任されてからトレーネの様子変わった。



ただ窓の外を眺めているだけだったトレーネが、アイトに付き添われているものの使用人達と会話をする努力を始めた。

その様子を見ていたアイトはグランツに時間を作ってもらい、数日かけてトレーネに対して許された範囲の擦り合わせを行った。









「トレーネ君、今日は街に出掛けてみませんか?」


「ッ、いいんですか?」


「はい、もちろん」



城に近付かれるのは困るが出歩く自由はあり、トレーネが望めば街への外出も可能だという事。

何かあれば、いつものように事後報告で構わないという事。


どんなに問い詰めようともアイトがグランツから指示されたのは、たった2つだけだった。



グランツの屋敷を出て城と逆の方向に、ちょっとした森を抜けた先に城をぐるりと囲む外壁の端がある。

其処には殆ど利用されない両開きの扉があるのだが片側が防犯の為に普段は使用出来ないようになっている。大人が1人通れるかどうかといった扉から出ると外を警備する兵士に挨拶をして2人は街へと向かった。







城から歩ける程の距離にある街は周囲をぐるりと塀で囲まれており、一般的に“水の都”と呼ばれる程に水が豊かな街である。


用水路を流れる水は顔がはっきり映る程に透き通り、中心には大きな噴水広場が造られている。

噴水広場を囲むように並ぶ店の中には国が管理している、旅商人達に貸している店舗が幾つか存在する。祭りの日には楽士や踊り子達が利用する事もあるが、基本的に広場や大通りはいつも賑わっている。



「アイト、あれは何ですか?」


「あれは靴を磨く代わりに代金を貰って生活している人達です」


「アイト、あれは?」


「あれは馬車と言って、馬に引かせる乗り物です」


「アイト、あれは?」


「服の元になる布を売っている店です。布を買って仕立てを選べば数日中に服に仕上げて届けてくれます」


「あれは何ですか?」


「何でも屋さん、とでも言いましょうか。客が掃除をしてくれと言えば駆け付け、探し物をしてくれと言えば全力で探してくれます」



髪色を隠したがった為グランツが幼少期に使っていたローブを着てフードを目深に被ったトレーネは声を弾ませながら彼方此方を指差しては問い掛け、アイトも嫌がる事なく答えていく。

むしろ、トレーネが何かに興味を持つ度に少し嬉しそうな声で答えていた。



門の出口である街外れから大通りへ近付く毎に道を歩く人が増え始め、同時に道なりの店の数が増えて活気が良くなっていく。


次第に、緊張から口数が減ってきたトレーネはフードを被り直してアイトと繋いだ手をしっかりと握った。



「いらっしゃい」



大通りの手前にある路地を曲がった先、スラムへと続く道にその店はあった。



アイトと店主は顔見知りらしく、にこやかに話をするとアイトはトレーネを抱き上げてカウンターの上に置かれたガラスケースを見せてくれる。



「トレーネ君、どんな形がいいですか?」



ケースの中には棒の先に形作られた飴細工が並び、戸惑いながらもジッとケースを見つめて悩むトレーネに、2人は思わず笑みを浮かべる。



「えっと、えっと…………と……鳥…が、いいです…」


「はいよ」



幾つかの種類の中から1つを選ぶと店主の男はごそごそと作業台の下から何かを取ると棒の先に飴を取り付け、指先で摘まんだりハサミで切ったりといった作業を繰り返して、あっという間に翼を広げた鳥を作り上げた。



「はい、お待ち」


「スゴい!魔法みたい!」


「ッ……そりゃどうも」


「トレーネ君、ちょっとだけ待っててくださいね」


「はい」


「あと、いつもの飴をお願いします」


「はいよ」



トレーネが飴細工を陽に透かしてみたり角度を変えたりと夢中になっている間にアイトは店主から受け取った飴の袋と、丁寧に折り畳まれた紙を一緒に握り、持ってきたカゴの中に入れ会計を済ませて店から離れる。



「さて、次は何処に行きましょうか」


「行くトコ、決まってないの?」


「えぇ」


「…ぁ…………っ……」


「何処か行きたい所はありますか?」


「……っ、…あの!」


「はい」



言葉を詰まらせながらも必死に紡ぐトレーネの発言に、アイトは一瞬目を見開き、そして笑った。



「それはいいですね」


「ホント?いい……かな…」


「もちろん。あと、緊張が解れてきたみたいですね」


「っ!?ご、ごめんなさい!!」


「トレーネ君?」


「ちゃんと喋らなくてごめんなさい!!以後気を付けます!!ごめんなさい!!」



先程まで嬉しそうな様子で頬を真っ赤にしていたトレーネが一瞬にして青ざめ、屋敷に来た頃のような少し虚ろな瞳でガタガタと小さく震えながら謝罪を繰り返す。


戸惑いつつも様子を確認しようと目の前にしゃがんだ男を、アイトだと認識していないようで大きく身体を揺らして怯えた、小さな子供を抱き締めて殊更ゆっくりと話し掛ける。



「…………トレーネ君、僕は君を傷付けるような事はしません。それに、言葉遣いも気にしてませんから謝らなくて大丈夫ですよ」


「えっ………ぁ……」


「大丈夫です。ゆっくりでいいんです。僕は君の味方ですよ」


「……ごめ………なさい…」



小さく肩を震わせるトレーネを抱き上げてポンポンと軽く背中を撫でながら、普段より歩調を緩めて歩く。

腕の中の子供は、飴の入ったカゴの方が重いように錯覚する程軽い。



この小さな身体に強いられた過去は、数日前に少しだけ話してくれた過去は、色々と不幸を経験したつもりのアイトをも凌駕する程のモノだった。

グランツがトレーネに会った時、連れ帰ると指示を出した時に何を思ったのかは誰にも分からない。いや、面白い事が好きな王様の事だから何も考えていないだろう。



それでも、アイトは感謝している。

あの時のグランツの決断を、世話係を任された事を、アイトが触れるのをトレーネが許してくれた事を、少しずつでも心を開いてくれている事を。



居る筈がないと、今まで憎んですらいた神に感謝している。









「店主。この子に何か(あつら)えたいのだが、いいのはあるか?」



トレーネが落ち着いてきた頃、目に入った宝石店に入る。

カウンターには色とりどりの宝石が並べられており、店主側には加工した首飾り等の見本が吊り下げられていた。


目に見える所にある全ての宝石がほとんど価値の無い、仮に強盗に盗まれても懐の痛まないクズばかりであるのを見ながら店主らしき男に声を掛ける。



「他所行き用ですか?それとも普段用?」


「普段用だ、可能ならずっと身につけていられるようなモノがいい。前金だ」


「あ、はい……ちょっと其処の椅子に座って待っててください」



予算としてトレーネの拳が入る程度の小さめな袋を渡すと中身を確認した店主がカウンターの前にある椅子を指して奥に引っ込んだ。



暫く待っていると店主は幾つかの箱を持って戻りカウンター内の作業台に置き、その中の一番大きな箱をカウンターに乗せて蓋を開けアイトに見せる。


前金として渡された金額から総額を計算して持って来た宝石はアイトから見ても、貴族の前に出して恥ずかしくない程の品質だと分かる。



「此方の石を使って、多少長さを調節出来るような首飾りを誂えましょうか?宝石には加護があります、想いが強ければ強い程護りたいモノを護ってくれます。貴方は何を願われますか?」


「では……誠実を。どんな権力にも怖れず、揺るがない意志を持ち……人の痛みを知れる、そんな優しい子に」


「かしこまりました」



箱を作業台に戻し他にも持って来た箱の蓋を開けて並べると横長のトレイの上にピンセットで宝石を並べていく。


何度か並べては取り替える作業を繰り返すと別の箱から幾つかのチェーンを取り出してトレイの横に並べ、宝石と同じように幾つか交換して満足したらしくトレイに広げてカウンターに向き直りアイトに見せる。



「お待たせしました。小ぶりな赤い石に勇気・自由の意味を、真ん中の紅い石に真実・勝利の意味を、透明な石に感受性・調和の意味を込めました。此方でよろしければ装飾に移ります」


「あぁ、問題ない」


「少し時間がかかりますが、待たれますか?」


「あぁ」


「お客様にお茶とお菓子を」


「はーい」



店の奥の方からおそらく娘だろう、若い女性が2人分のお茶と焼き菓子を運んできたのを見て今まで持っていた飴細工を思い出したトレーネはアイトに渡そうとするも、アイトは首を横に振りトレーネが食べるようにと促す。

初めての飴細工を睨むように見つめながら何処から食べればいいのか悩むトレーネに、アイトは唇を噛み締めて笑いをこらえながらプルプル肩を震わせる。



数十分程して漸く首飾りが完成したらしく同じようにトレイに広げてカウンターに出した。

中央の少し大きめの紅い石を挟むように左右対称配置された小ぶりな赤い石と透明な石に白銀色の細身のチェーンが通され、フックになっている逆側の端には透き通った青色の石が嵌め込まれていた。



「如何でしょうか」


「この青い石は?」


「サービスです。石の加護は聡明と、幸福に満ちる」


「そうか…………着けていくから包まなくていい。残りの金だ」


「はい、確かに。石のご加護がありますように」



首飾りをトレーネに着けたアイトは先程渡した前金と同じサイズの袋を渡して腰を上げ、腕にトレーネを抱き上げたまま店を出ると人の流れに沿って歩きだす。



「…………イト…」


「はい」


「……アイト…」


「はい」


「…………」


「トレーネ君、《ごめんなさい》よりも《ありがとう》の方が僕は嬉しいです」


「ぁ…、っ…………ありが、と。あの、嬉しい……こういうの、もらったの、初めてで…」


「トレーネ君」


「……うん…」


「いつか、君に聞いて欲しい話があります。辛くなるかも知れないけれど知って欲しい事があります。……いつか話す決意をした時に、気が向いたら聞いてください。コレは報酬の前払いです」


「……分かった」


「ありがとうございます。さぁ、買い物を終わらせて帰りましょうか」


「うん」







いつか話したい事がある。

いつか知って欲しい事がある。



軽蔑されるかも知れない、警戒されるかも知れない、同情されるかも知れない。それは話してみないと分からない。



今までグランツと先代皇帝しか知らなかった事を、誰にも話した事のない事を。

ただ、トレーネにだけは知っていて欲しいと思った。

遅くなってすみませんでした。



先日の大雨の影響ですが、全くありません。被害皆無です、無事です。





【追記】

作中の石についてですが、ネットで調べたので違ってたらすみません。だってサイトによって書いてる事違ったりするし。



赤い石

→ルビー


紅い石

→ガーネット


透明な石

→水晶


青い石

→アクアマリン

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