21 コップのジュース 前編
「お姉さん、いつものお願い」
「はーい。ちょっと待っててねー」
神殿へ行く途中にある噴水広場に程近い大通り、注文カウンター前の小さな花壇が目印の可愛らしい店で、トレーネは焼き菓子を買ってから神殿へと向かう。
「あれ?今日はちょっと高いんですね、どうかしましたか?」
「ごめんなさいね。なんか近々戦争があるとかで材料の物価が上がっちゃってるの」
「戦争…………」
「お兄さん達、遠出する時は気を付けるのよ?皆どこかピリピリして物騒になってきたし」
「はい、ありがとうございます」
心配そうに眉を下げた彼女にそっと頷いたロイエはお金と焼き菓子の袋を交換してトレーネと片手を繋ぎ、神殿へ行く道中で改めて歩く人達を観察してみれば確かに誰も彼もの表情に陰りが見られる。
屋敷の者からは特に何も注意されていないけど…、と思考を巡らせつつ門番に挨拶をして中に入ると丁度部屋から出て来たイデー達を見つけたトレーネが思わず声を掛けた。
しかしイデー達の後ろから姿を現した男女に目を留めて内心焦っていると、何かを囁き合いながら2人に視線を移した男女はにこりと笑って会釈をした。
「いらっしゃい、トレーネ、ロイエ。ちょっと中で待ってな、見送ってくるから」
「はーい」
「すみません、お邪魔してしまって」
「いいえ、お気になさらずに」
「失礼します」
すれ違い際に会釈し合いながらイデーの部屋で紅茶とお茶菓子をもらいながら待っていると暫くしてイデー達も戻って来た。
「悪ぃな、待たせて」
「ううん。大神官様……聞きたい事があるの。戦争があるの……?」
「みたいだな。ま、相手は北の小さい国だから心配する程は長引かねぇよ」
「北……」
「……ちょっと小難しい話になるけど、いいか?」
少し躊躇うような、困ったような声で問い掛けるイデーにしっかりと頷いて返事をするとイデーは紅茶を一口飲んで喉を潤し、そして重々しく口を開いた。
グランツが治めるメークリヒカイトはわりと戦争が起きにくい位置関係にある。
国内の資源が豊富な事、周辺の国との関係が良好な事などが理由に上がるが、そもそも歴代の皇帝に《周辺の国を滅ぼす》だとか《天下統一》などといった野心が無いのが1番の理由だろう。
そのメークリヒカイトの北側にある小さな国が、今回戦争を仕掛けて来たクヴァールである。
国内のほとんどの領地が1年中雪に覆われている、人間はおろか植物すら生きにくい。建国当初はもう少し西南に広がっていたのだが、寒さの厳しい領地をどうにかしようと試行錯誤をしては戦争を繰り返していたので土地を取られ続け、今や雪くらいしか残っていない。
そのクヴァールにとって今回の戦争は、文字通り《最期の生き残り戦》となるだろう。
「国王はもう諦めてんだろうなー。自分じゃ国を救えない、ってさ」
「じゃあ……グランツに国民を助けてほしくて…?」
「多分、な。まぁ……あわよくば、ってのも無くはないだろうけど仮に土地もらってもメークリヒカイトも北側は似たような気候だぜ?これ以上雪あってどうすんだよ」
「…………」
重苦しい空気を壊すようにケラケラ笑うイデーに口元だけの笑みを返したトレーネは、膝に乗せた手をぐっと握り締めて俯いた。
「優しいな、トレーネは」
ポンと頭に乗った温もりに思わず顔を上げれば、目隠しの包帯越しに穏やかな笑みを浮かべたイデーがゆっくりと頭を撫でる。
「クヴァールの王に同情してんだろ」
「…………俺も……“ちんもくの民”をほろぼした、から……」
「ソレを『仕方ない』って開き直るんじゃなくて『罪』として背負ってんだ、トレーネの“器”は大したモンだと思うぜ」
「前にも言ってたよね、ソレ。“器”ってなに?」
「んー……難しいな。1番分かりやすい言葉を当て嵌めるなら“可能性”か?その者が手に届く距離、手を伸ばせる範囲、与える影響力……そんな感じだな」
「ソレが、グランツより大きいの?」
「俺にはそう見えるな。人には必ず善と悪がある。善だけの人間は居ないし、悪だけの人間も居ない」
「大神官様も?」
「当たり前じゃん、俺だって人間だぜ?懺悔聞きながら『そりゃ自業自得っつーんだよクソ野郎』とか思ったりするし」
「ふふっ」
神官らしくはないがイデーらしい発言に思わずトレーネが笑うと、イデーは最後にポンポンと軽く頭に触れて座り直し、長話をしている間に冷めてしまった紅茶を淹れ直してもらう。
「大事なのは自分の中に悪があると認める事、そして悪を“逃げ道”にしない事。善を目指すのはしんどいけど悪に転がるのはあっという間だし、楽だからなー。でも、トレーネはソレが出来てるから大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
「神のご加護がありますように」
そう言ってイデーはいつものように明るく笑った。
やっと国名が出てきた……
今回のサブタイ候補達
・願ったモノ
・神に問う
・神に捧ぐ問い
・月が見ていた
・なぜ生かされた?
いつもはサラッと出てくるんですが、今回は長編の前振りという事で珍しく悩みました。
でもこういうの出すと中二ゲフンゲフン……がバレるから、二度と出さない。
あ、完全に余談ですが割れた爪が伸びて綺麗になるまで約半年かかるみたいですよ!GWの辺りでついた傷が真ん中くらいになりましたから!←
でも私の体験談って創作に使えない雑学ばっか……