二周年記念 クリスマスに
「くりすます?」
私はオルドヌング家の家令としてグランツ様にお仕えしております。名乗る程の名前は御座いません、ただ「家令」と呼ばれています。
「大好きな人や、大切な人と過ごす日の事です」
「家族や恋人と過ごす者が多いが、使用人全員に居なくなられると困るだろう?代わりに後日休みを取るか、家族を呼んで皆で賑やかに過ごすか選ばせる事にしている」
「へぇ……くりすます……」
グランツ様とアイトさんにクリスマスについて説明を受けている幼子が、グランツ様が拾って……保護しているトレーネ・ゲミュート様です。
屋敷に来た当初は“沈黙の民”の者という事で使用人達から恐れられていましたが、私には彼がそれ程恐ろしい存在には思えませんでした。“沈黙の民”という先入観を無くして見てみれば、ただ差し伸べられた手に戸惑っているだけの幼子です。
アイトさんを世話係りにと指名したのはグランツ様ですが、進言したのは私です。トレーネ様の姿が屋敷に来た頃のアイトさんと重なって見えたからでしたが、あの時の判断は間違っていなかったと断言出来ます。
「お兄さんやお姉さん達も、パーティーするの?」
「はい、毎年参加させて頂いてます」
「私もです。クリスマス用の特別な料理が楽しみで」
「じぃじ、も?」
「えぇ、参加いたします。休みを頂いても会う家族は居ませんので」
「そう。楽しみ、ね?」
「……えぇ、本当に」
あれはアイトさんが世話係りになって、暫くした頃でした。トレーネ様が屋敷での生活にも、我々使用人達にも慣れてきた頃です。
アイトさんの後ろに隠れて少しだけ顔を出す姿が大変に愛らし……いえ、何でもありません。
我々使用人をどう呼べばいいのか、というご相談でした。
普通に名前で、とも思いましたが幼子の容姿では想像出来ない程に聡明なトレーネ様が、名前呼びに気付かぬ筈がありません。なによりアイトさんに最初に相談した筈です、アイトさんが答えなかったのですから普通の答えを求めている訳ではないと理解出来ます。
どう呼んで頂こうか悩んでいる中、最初に口を開いたのは誰だったでしょう。
本人としても冗談半分だったと思いますが、『お姉さんでもいいですよ?』と口にしました。トレーネ様も納得されたようでしたが、自然と皆の視線が私に集まりました。自慢ではありませんが、『お兄さん』と呼んで頂ける年齢ではございません。
『お兄さん……おじいさん…………じぃじ?』
あの時の感動は言葉に出来ません。
先代家令より後継者として指名されて以降、ずっとオルドヌング家を見守っていました。家族は居ませんが、後悔もしていません。していない筈でした…。どうやら、祖父という立場に未練があったようです。
「じぃじ!」
「はい、トレーネ様」
「あのね、リョーリチョー達がパーティーのごちそう作るんだって!何が食べたい?って聞いてくれたの!」
「何と答えたのですか?」
「あのね、俺ね、皆でおいしいねって食べれるモノがいい!」
「っ…………それは、それは……楽しみですね」
「うん!」
誓って申し上げますが、トレーネ様を血縁の代わりにするつもりは全くありません。ですが『じぃじ』と呼んでくださるトレーネ様が、我が子のように、実の孫のように愛おしく思います。
「家令、後で頼みがある」
「既に手配は完了しております」
「……流石だな」
「おそれいります」
クリスマス同日、グランツ様とトレーネ様はアイトさんとロイエさんをお供に街へ出掛けました。買い物と、孤児院を訪問されるそうです。正直、準備がありますので屋敷内に主が居ない方が助かります。
あぁ……この匂いはパイでしょうか?トレーネ様の大好きなカボチャのパイは甘いのですが、甘いモノが苦手なグランツ様もお好きな料理です。
料理人が頑張ってくれているようですね。本当に楽しみです。
――――――――――
「「「「「「メリークリスマス!!」」」」」
「皆、今年も1年ご苦労だった。今日は無礼講だ、明日の事は気にせず、大いに飲んで食べて騒ぐといい」
グランツの短い挨拶を皮切りにパーティーは始まった。
屋敷の1番大きなパーティーホールに集まり、じゃんけんに負けた為に当番になってしまった数人の給仕や警備等を除いて、いつもはシンプルな制服を身につけている使用人達も今日ばかりは目一杯に着飾っている。何人かの既婚者は家族を連れて来ているのでホール内は温かい声で溢れていた。
「トレーネ様、どのお料理をお取りしましょうか?どれもお気に召して頂けると思いますよ」
「わぁ、美味しそう!えっと、えっと…………全部食べてみたいから、ちょっとずつちょうだい」
「ふふっ。かしこまりました」
料理人達が1日掛けて作った力作の料理はバイキング形式になっており、座って食べられるようにいくつかのテーブルが並んでいる。そのテーブルの1つにグランツとトレーネ、そしてトレーネの両隣りにロイエとアイトが座る。
少量ずつ取り分けてもらった料理だが、全種類を食べようと思えばトレーネの口にも胃にも多かった。なのでまずトレーネが少なめに食べ、残りをロイエとアイトの口に交互に運ぶ。
2人は残飯係りを甘んじて受け入れながら空いた皿を料理の乗った皿と入れ換えたりトレーネ用のドリンクを給仕に指示したりと、グランツを家令に任せてせっせと世話をやく。
「リョーリチョー、これおいしい!」
「それはそれは、料理人達が喜びます」
「俺これ好きー」
一通り食べ終わり気に入った料理をいくつか選んでじっくり味わいながら、中央付近へ視線を向ける。毎年グランツご贔屓の旅芸人達を何組か呼んでいるらしく、今は踊り子が伴奏の歌に合わせて踊っていた。
「芸人さん達もお料理食べてるの?」
「えぇ。此処に並んでいるモノと同じ料理ではありませんが、用意してますよ」
「…………リョーリチョー、じぃじ、おねがいしていい?」
「もちろんですとも」
――――――――――
「あー、疲れた」
「でも楽しかったね」
「此処は毎年賑やかだな」
「んじゃ、次は俺達だな」
「よし行くか」
不意に旅芸人達が控え室に使っている部屋の扉がノックされ、思わず返事をすると数人の使用人がカートを押して入ってきた。
「トレーネ様より差し入れです」
「トレーネ様?」
「ほら、ご挨拶したじゃない。皇帝陛下が保護してる子供よ」
「あー、フード被った?」
「キャー美味しそう!!」
「ケーキも可愛い!!」
「おいおい、これから出番の俺達の分も残しといてくれよ?」
――――――――――
「トレーネ様、使用人一同からクリスマスプレゼントをご用意しました」
「クリスマス……プレゼント…?」
トレーネの目の前に置かれた皿が料理からデザートに変わった頃、給仕を含めた使用人がトレーネの席へ集合した。
「はい。女性陣からは皆で編んだ帽子とマフラーと手袋を」
「男性陣からはお茶の時間に使っていただけるようなカトラリーをご用意しました」
「受け取って頂けますか?」
「クリスマス、プレゼント……」
リボンのついた包みをじっと見つめて動かなくなったトレーネの様子に気に入らなかったのかと不安そうな空気が流れ始めた頃、アイトが何かに気付き小さく笑う。
「トレーネ君。クリスマスプレゼントというのは家族や恋人等に送るプレゼントの事ですよ。ちなみに僕もロイエ君も用意してます。お部屋にあるので後で見てください」
「っ…………ぁ、えっ……嬉しい、すごく。ありがとう……っ、俺プレゼント用意してない!」
「ふふっ。受け取って頂けただけで嬉しいですよ」
「やっ!俺がしたいの!えっと、えっと、えっと…………あっ!皆お外きて!テラス!」
椅子から飛び降りたトレーネはパタパタと庭に面した窓に駆け寄ってテラスに出る。手すりをよじ登って外に出ると少し離れた所で足を止めて振り返り、いくつかあるテラスが人影でいっぱいになったのを確認して真っ暗な空を指差した。
「これが俺の、クリスマスプレゼント!」
空に向けた手を一度下ろして勢いよく振り上げると少しして空から雪が降ってきた。月明かりで僅かに光を帯びた雪はふわふわと踊るように降り、その幻想的な光景に彼方此方で歓声が上がる。
「すごい……」
「……綺麗…」
「皆いつもありがとう。来年はちゃんと用意するね」
「トレーネ様……此方こそ、こんな素敵な光景をありがとうございます」
「さぁ、大人が楽しい時間だ」
パーティーの賑やかさとは裏腹に日付が変わった頃、薄暗い廊下を進む2つの人影があった。窓の外にはトレーネが降らせた雪が未だ降り続け、うっすらと白くなっている所もあった。
「お恐れながらグランツ様、トレーネ様の反応は1つかと思われます」
「ほぅ、喜ばんと?」
「えぇ。賭けるならパーティーの時に頂いたワインでお願いします」
「よし、では私はブランデーだ」
鼻歌でも歌い出しそうな程機嫌のいいグランツは大きな包みを持った家令を引き連れてトレーネの部屋の扉をゆっくりと開ける。
顔を上げたロイエに手のひらを向けると寝ず番も巻き込んでトレーネを起こさないように部屋の暖炉を飾り付け、その前に家令の持ってきた包みを置く。
少し離れて数回頷くと寝ず番とロイエに片手を上げて音を立てないように部屋を出た。
「グランツ!侵入者!俺、俺の部屋に侵入者が!」
「あはははははははっ」
翌朝の屋敷内にトレーネの焦った声とグランツの笑い声が響き、家令は満足そうな顔で後日貰えるワインに思いを馳せる。
閲覧ありがとうございます。
タイキ様、朔月様、リクエストありがとうございます。
ちょっと選べなかったので《クリスマス》と《使用人》を掛け合わせてみました。使用人、というより主にじぃじ()ですねww
この世界にクリスマスはありませんが、年末年始にかけてグランツは同じように交代で休みをくれるでしょう。
今年はお休みが長くなってしまってすみません。
また次話から頑張ります。よろしくお願いします。




