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15 立ち位置 前編

ヴィックが聖女としての使命を(まっと)うしてから落ち込むかと思われていたトレーネの様子に変わりは無く、幼い子供にありがちな《聖女として何処かの神殿で神に祈っている》と勘違いしているらしい。

“聖女”がどういう存在かトレーネには一切教えていないので仕方ないとも言えるソレは、おそらく次の聖女が選ばれた時も近くに居るだろうトレーネの存在が、ほんの少しだけでも彼女の慰めになる筈だからとヴィック本人の想いが込められていた。


その優しい願いにより、ぼんやりと空を仰ぐ事が少しだけ増えた事以外は何も変わらない日々を過ごしていた。





数週間程アイトとロイエに相談しつつ様子を見ていたグランツは久しぶりに時間が作れたからとトレーネとお茶を楽しんだ後、城に戻る前に振り返ってトレーネを見下ろす。



「トレーネ、今日は早めに帰るから夕食を一緒にどうだ?料理長が新メニューを考案したから意見を聞きたいらしい」


「あ、はい。えっと……わかった。楽しみにしてる、ね」



最近グランツに対する口調を直そうと努力しているトレーネの、たどたどしい返事に小さく笑って頭を撫でると別れを告げて城へと戻った。


その日の夜、いつも遅い時間に帰る為滅多にトレーネと行動する事がないグランツが帰って来た事により、屋敷の中がそわそわした空気に包まれた。

グランツとトレーネが定位置に座ると目の前のスープやサラダ、パンの皿が並べられた。あくまでも試食会なのでコース料理のように順番に出てくる訳ではないようだ。



「本日はお時間を頂きまして、誠にありがとうございます。以前から考えていた新メニューがやっと完成しました。何か気になる事があれば遠慮なくどうぞ」


「話には聞いている、ご苦労だったな」



料理長の指示でメインの皿を並べ始めると、トレーネの顔がやや強張る。トレーネが肉を苦手とする事は今や使用人全員が知っている事実だが、今回の新メニューは何処からどう見てもハンバーグだった。

それは当然料理長も知っている筈で、トレーネが嫌がるような料理を出す訳がないと信頼もしている。


グランツの感想を聞いてから判断しようと待ってみても肉の種類やソースについて料理長と話すばかりで、トレーネが求めているような内容は何も言わなかった。


ゆっくりと深呼吸をして決意すると最初の皿に手をつける。トレーネの事を配慮して小さめに作られているハンバーグを、いつもより小さめに切り分けて口に入れる。



「ぁ………………おいし……」


「お口に合ったようで安心しました。トレーネ様は肉がお好みではないようなので、通常のハンバーグより肉の配合を少なめにしてみました」


「ありがとうリョーリチョー、おいしい!」



パッと顔を上げてみれば料理長は白くなる程に両手を握り締め、トレーネの笑顔を見て安堵したように笑う。


トレーネが食べられるようにと試行錯誤をしてみたものの口にしてくれるか、食べたところで受け入れられるか不安だったのだろうと彼の様子から感じ取れた。

やはり自分の信頼は間違ってなかったのだと笑みを浮かべながら再度感謝を告げ、何口か食べて味を確かめた辺りで少し名残惜しく思いながらも次の皿に取り掛かる。


いくら小さめに作られているとはいえトレーネの食事量では半分以上食べてしまうと何皿かは食べられないまま残してしまうだろう。

試食する皿はまだまだあるのだから。



「すごい!タマゴがはいってる!」


「ソレが1番苦労しました。普通に焼くとタマゴが全て固まってしまって、タマゴをとろっとさせると肉が半生になってしまって……理想は生ではないけれど白身が完全に固まらず、切ったら溢れてくる事でしたので何度も作り直しました」


「どうやったんだ?」


「内緒です。レシピは料理人の命ですから」


「ははっ、そうだったな。構わん、許す」


「ありがとうございます」



グランツと料理長の会話を聞き流しながら、今度は大きめに切り分けてソースと流れ出したタマゴをたっぷり絡ませ口に運ぶ。


普段厨房から出る事は無い為給仕をしている者から話を聞くばかりだった料理長は、トレーネが食事をしている姿に思わず涙ぐんだ。屋敷に来た当初は全てに警戒して拒絶し、ろくに食事をしなかったトレーネの、幸せそうな顔で口いっぱいに頬張る姿が見られただけで今までの苦労が報われた気がした。



「料理長、コレに関わった者達は把握しているな?料理人から試食をした者、試食の為に仕事を代わった者全てだ」


「はっ。部屋にメモがございます」


「では関わった全員に、私の私財から功労金を出す。アイト、手配を」


「はい」


「あ、ありがとうございます!!」



その後も夕食という名の試食会は順調に進み、料理長は2人の意見を書き込んだ大量のメモを手にすると、満足そうな顔で片付けの為に厨房へと戻った。

食後のお茶を楽しんでいる最中、グランツが重い口を開く。



「トレーネ……3日後に昼過ぎから会議があるから、いつものお茶の時間くらいに城に来てほしい。第一会議室、と言ってもトレーネには分からないだろうから、アイトとロイエを連れておいで」


「…………はい」



トレーネは顔を上げてグランツを見つめると静かに目を伏せ、暫くして再びグランツへ向き直って了承の返事をすると共にそっとカップを置いた。











「―――隔離を―――気が――まる恐れが――」


「――庫に―――の、―薬――」


「この――壊滅――――国――」



重苦しい空気が立ち込める会議室でグランツは気付かれないように溜め息をつき、書類を見ているフリをして室内を見渡す。

宰相から騎士団隊長まで、国政に携わる全ての代表が集められた会議は半年に一度、多い時には月に一度の頻度で行われる。


現在宰相と大臣が言い合いをしているのは歴代の皇帝達があらゆる対策をしてきたが根本的な解決には至らない内容についてである。グランツが皇帝となってから数回目の議題だが、幾つか上げられた意見を実行に移すまでもなく却下する事がグランツの中では決まっていた。



「失礼します」



不意に張り詰めた空気を壊すように扉がノックされ、グランツは口元に笑みを浮かべつつ席を立つと入室に許可を出した。


開いた扉から入ってきた幼い子供の姿に、先程までとは違う意味で重苦しい空気が立ち込めた。外出の時に着用していると聞くローブのフードを目深に被っているものの、その子供が誰であるかその場に居た全員が分かった。



「トレーネ、おいで」


「……はい」


「さて、本日よりトレーネの城への立ち入りを許可する」


「っ!!」


「陛下、それは!!」


「異論は認めん。既に半年近く屋敷に住まわせている、使用人達からも逃げ出したり暴れたりしたという報告は無い。まさか国を護る者が、かの“沈黙の民”とはいえ何もしない幼子に害を成す訳がないだろう?」



近付いてきたトレーネを腕に抱きながら宣言したグランツの言葉に室内がざわつく。



「クッ…………陛下には稚児趣味がおありか」



彼方此方で話し声が聞こえている中で、ソレは小さく響いた。


次の瞬間グランツ達の身体がぞわりと粟立(あわだ)ち、背筋が凍るような鋭い殺気に息苦しささえ感じる。

元凶であるトレーネがふわりと浮かび、空中を撫でるように手のひらを横に動かした。すると発言しただろう男の首を取り巻くように風が渦を描き、男は苦しそうに呻き声を上げながらなんとか取り去ろうともがいていた。



「今、何と?」


「ふ………ぐっ…」


「この国の王を、皇帝であるグランツを稚児趣味と言うか。ほぅ?……其方(そなた)が何者かは知らぬが、随分と高貴な者のようだな?そんな高貴な者が何故こんな末席に座っている?」


「トレーネ、もういい。解放してやれ」


「グランツよ、王たる者に忠誠を誓えぬ愚か者などスパッと切り捨ててしまえばよかろう。あぁ、部屋が血で汚れるのを心配しているなら問題ないぞ。汚さずに済ませるのは得意だ」


「ただ口が滑っただけかも知れんだろう」


「我が手が血に染まるのも気にしなくていい、既に血塗れだ。と言っても、其方は止めるのだろうな」


「あぁ、もちろん。お前はもう、血塗れの道を歩く必要はないのだから」


「其方は、甘いな」


「そうか?」


「だが…………存外に悪くない」



小さく笑ったトレーネが再びグランツの腕の中に納まった直後殺気が消え、身体の力を抜いて深く息を吐いている音が聞こえた。



「アイト」


「はい」


「ちごしゅみ、って何?」


「っ………トレーネ君…」


「分からずにやったのか……分からないのに、あそこまでやったのか…」


「だって、アイトが怖い顔してたから」


「僕ですか?」


「俺のセワガカリしてるけど、アイトの主は陛下でしょ?あの人がちごしゅみって言った時にアイトが怖い顔したから、何かワルい事言ったのかな?っておもって」


「アイト……」


「すみません、まさか見られていたとは……稚児趣味とは、簡単に言うと幼い子供しか愛せない人の事です。今回の場合、皇帝陛下には妻も愛人も居ないけど、同じ年頃の女性よりも幼い子供しか愛せない人だったのか、という感じです」


「…………えっと……」



少し柔らかく説明するアイトの言葉にトレーネは少し考え込んだ後に室内へと視線を向け、未だ風に首を絞められている男を指差して小さく首を傾げる。



「スパッとやる?」


「やらない。解放してやりなさい」


「はーい」



仕方なさそうに返事をしながら指を鳴らすと同時に風が消え、男はがくりと椅子から崩れ落ち床に手をついて身体を支えながらゼエゼエと苦しそうな呼吸を繰り返していた。



「お話おわった?俺お庭いきたい!」


「アイト」


「はい。トレーネ君、此方です」


「トレーネ、2時間程したら私の執務室に来なさい。場所はアイトが知っている」


「はーい」







閲覧ありがとうございます。





私の敵は語彙力と文字数です。←《功労金》が出てくるまでに何度もキーワード変えて検索しまくった奴



試食会が無ければもう少し話が進んでたなー、と思うと同時に試食会が無ければ多分文字数足んなくて不完全燃焼だったんだろうなーとも思います。


この試食会を書いてた頃の私は多分チーズ入りハンバーグが食べたかった。切ったらトロトロのチーズが溢れ出してくるヤツ。





今回の話が次話をアップすると同時に【前編】に変わってたら「こいつwwww」と笑ってくださいww

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