8 選択
翌日
イデーと約束した通りトレーネは1人で神殿まで来る予定だったが、初めてお金を使うからと頼み込んでお菓子を買う所まではアイトに手伝ってもらった。
店先で別れてからは1人で来たのだがコレで問題無かったかとイデーに問うと、彼はクスッと笑っただけで何も言わなかった。
孤児院の子供達と遊んで一緒にお菓子を食べ、帰り際には神殿の前までイデーが見送りに来てくれた。
「大神官様、またね」
「おぅ、またいつでも来いよ。門番に《トレーネが来た》つったら通すように言っとくし、また孤児院の子達と遊んでやって」
「はーい」
大きく手を振りながらイデーと別れたトレーネはフードを被り直して歩き出した。
此処から城まで帰る道は2つある。
1つには変わらぬ平穏が、1つには平穏と引き換えに辛い事があると言ったイデーは、どちらの道がどちらとは教えてくれなかった。
トレーネは、アイトに教えてもらった別れ道まで来ると目を伏せてゆっくりと息を吐き、なんとなく右の道へと歩き出した。
どちらを選んだつもりは無いものの、なんとなく、右の道からはグランツに初めて会った日と同じ気配がした。
「さっさと歩け!!」
キョロキョロと周囲を見渡しながら暫く歩いていると奥の方から喧嘩のような男の怒鳴り声が聴こえた。少し懐かしさすら感じるソレはどんどん激しさを増し、恐る恐る路地を覗き込むと何かにぶつかって身体が飛ばされ少し離れた場所で尻もちをつく。
「痛っ……」
「あぁ、すんませんね坊ちゃん」
差し出された大きな手を反射的に取って立ち上がりパタパタとローブの汚れを払いながら顔を上げ、サッと顔色を青くして息を飲む。
男の身体越しに見えた、ボロボロの服を着て手枷をつけた人達が列を成して何処かに連れて行かれ、その内の1人の少年が数人の男に取り押さえられていた。その光景は最近思い出す事が少なくなった、似て非なる遠い記憶を鮮明に甦らせた。
「い、いえ…………奴隷…」
「の、筈で仕入れたんですがね。モノは壊すしお使いは出来ねぇし役に立たねぇ奴でしてね」
「テメェ、命令に従え!!」
「今度こそ生きられないと思え!!」
「っ…………」
奴隷商人達の咆哮にビクリと肩を揺らしたトレーネが怯えているのを見た男が背後を振り返りケタケタと笑いつつ子供が怯えてるだろうと話し掛け、男達も笑って返事をしながら少年の身体を左右から掴んで無理矢理立たせた。
一刻も早く立ち去る事を考えながら視線を向けた先の、取り押さえられていた少年の表情に再び息を飲んだトレーネはカタカタと震える手を握り締めて声を上げる。
「ちょっと待って!」
「どうしました?」
「あ、っ…………その人いらないの?じゃあ、俺が買う!」
「いっ、いいんですかい?いや、本当に何も出来ない奴ですぜ?」
「俺は彼がいい」
「へ、へい、まいど」
お金の入った袋を投げ渡して購入の手続きをしている間に別の男が少年を引き渡せるように準備する。
暫くして身なりを整えた少年が連れて来られた頃には手続きは全て終わり、トレーネは少年を見上げて片手を差し出した。
「さ、いこっか。っていっても俺も拾われた身だけどね」
「ぁ……はい、ご主人様…」
「トレーネ」
「はい?」
「君を奴隷にするために買ったわけじゃないからトレーネでいい。君の名前は?」
「…………ロイエ……ロイエ・アオフガーベと申します…」
「ちょいと待ってくだせぇ坊ちゃん、これは流石に多すぎでさぁ。残りをお返ししますよ」
「そう?ありがとう」
最初の男から代金を引いた残りのお金を返して貰うとトレーネは少年――ロイエに抱っこを強請ると少し遠回りをして彼方此方の店でお菓子を買い、その中の幾つかをロイエに食べさせながら城まで戻った。
最初は不思議そうな顔をしていたロイエだったが城に近付くにつれて青ざめ、いつもトレーネが使っている扉を護っている兵士にアイトを呼び出して欲しいと頼むと彼はロイエを一瞥し魔法で作り出した鳥を飛び立たせる。
暫くその場で待機していると扉が開いてアイトが姿を見せ、ロイエに一瞬驚いた表情をしたものの微笑みを浮かべた。
「お帰りなさい、トレーネ君。君はお名前は?」
「ロ、ロイエ・アオフガーベと申します」
「僕はアイト・ゼーンズフトです、よろしくお願いしますね。どうぞ中へ」
「えっ?あ、あの……いいんでしょうか。その……得体が知れない奴隷を…」
「ねぇ、コレ知ってる?」
中に招くアイトに対して戸惑うロイエを振り返り、少し躊躇いつつもフードを取る。
「っ、“沈黙の”……」
肩を揺らして驚くロイエの反応に目を伏せ、ゆっくりと息を吸って顔を上げると何事も無かったように笑って手のひらを差し出した。
「大丈夫。おいで、優しい人ばかりだよ」
閲覧ありがとうございます。
ちょっと色々足りない気がしますが、今後ちょくちょく補足していく予定…です。
【追記 19/06/29】
ユニーク1000人突破ありがとうございます!!!!ちなみにPVは約2500です。
正直ネタ的にも文才的にも読む人少ないだろうなぁと思ってました、皆様のおかげです。
これからもよろしくお願いします!