1 沈黙の民
白銀の髪が特徴の“沈黙の民”
その一族を今回討伐する任についたのは皇帝軍。
たかだか山奥に住む一族を殲滅する為に何故皇帝軍が出向かなければイケないのかと誰もが考えたが、“沈黙の民”は代々不可解な能力を操る長が治めている。
村へと兵を差し向けて早数時間
家々は炎に包まれ
民の血で彼方此方が赤黒く染まり
悲鳴と怒号が響き渡る。
「陛下、この者が最後です」
「そうか。名は?」
集落が見渡せる丘から戦況を指示していた皇帝の前へ兵士が捕らえてきたのは小さな子供だった。
まだ10になっていない、もしかしたら5才程度ではないかと思う程に小さな小さな子供は素足にボロボロに汚れた服を着ていた。よく見れば腕や脚には傷や打撲痕があり奴隷かとも思ったが服は元々高価なモノらしく、生地や刺繍がそれを物語っている。
月明かりに照らされてキラキラと輝く髪に暁色に輝く一対の瞳、象牙色のしなやかな手足。
まるで作り物のような子供に思わず目を奪われた。
「…………」
「お前の名は?」
「黄泉の世に名は不要」
「ふむ……一理ある」
「早く処刑を」
「待て、この者は連れ帰る」
「ッ!?」
「陛下!!」
「なりませぬ!!“沈黙の民”は滅ぶべき一族ですぞ、それを連れ帰るなど!!」
「私の監視下に置く。それに、この者が最後の生き残りだろう?血は絶えた」
「そんな、お待ちください!!」
「改めて問う。名は?」
「…………殺してください、一族と共に黄泉へ行かせてください。後生でございます」
「お前の名は?」
先程まで感情を含まぬ声で淡々と話していた子供は押さえつける兵の手をすり抜けて立ち上がり、後ろ手に腕を縛られながらも血の滴る剣や自分を囲む大人に臆する事無く鋭い目が皇帝を射抜く。
幼い子供の、まるで一瞬で殺されるかのような強い殺気を含む視線に背筋をゾクリと何かが撫でた気がした。
「殺せ!俺だけが生き残ったなどと生き恥を晒すくらいなら死んだ方がマシだ!その剣で喉を切り裂き、心臓を貫けばいい!」
「陛下、ご命令を!!」
「陛下!!」
「“沈黙の民”とは長年の歴史を代々、一族の長から長へ語り継ぐ一族だそうだな。直系の第一子のみが知る事を許される歴史を私は皇帝として聞いてみたいのだ」
「……俺は「長はお前だろう?」
「ッ……なにを……馬鹿な事を…」
「これが最後だ。名は?」
「……………トレーネ……“沈黙の民”ゲミュート一族、本家第一子の……トレーネ・ゲミュート…」
「ではトレーネ、私はグランツだ。グランツ・クルーガー・オルドヌング。好きに呼べ」
「王よ、私は何も語りません。“沈黙の民”には実の親、兄弟にさえ歴史を紡ぐ事を許さぬ掟がございます。いくら問われようと、私は長として掟を破る訳にはいかない」
「構わない。引き上げるぞ」
「はっ!!」
子供―トレーネは最後に燃え上がる屋敷を見つめると何処か安堵したように目を細め、グランツに促されるままに兵に囲まれながら城までの道のりを歩く。
途中道端に咲く花であったり群をなして鳴く鳥であったり、“日常”と呼ばれる光景を見ては目を輝かせ、その姿はまるで鳥籠から生まれて初めて出た小鳥のようだ。
「あの白銀は……“沈黙の民”!?」
「まぁ、汚らわしい」
「陛下が気に入って連れ帰ったらしい」
「陛下は何をお考えなのか」
「…………」
「トレーネ、こっちだ」
「……はい」
城に着いて廊下を進めば彼方此方で蔑むような視線と話す声がトレーネに向けられる。ぐっと手を握り締めながらグランツの後ろを歩いていると、不意に周りを囲んでいた男達が足を止めて跪く。
「陛下、我々は此方で失礼します」
「ご苦労だった」
「あの……本当によろしいのですか?」
「問題ない」
「はっ、失礼しました」
男達をその場に残して再び歩き始め、突き当たりにある扉の左右で警護していた兵士が2人に気付いて扉を開け通してくれる。
城の外に出たらしく、トレーネはキョロキョロと周囲を見渡しながらグランツの後を追い掛ける。
様々な種類の花が美しく咲いた花壇や木々の他に、2人が居る所からは見えないが水音が聞こえる事から池か小川があると思われる。
トレーネが夢中になっている間に目的の大きな屋敷に到着し、先程と同じく警護の兵士が扉を開けると数人の使用人が頭を下げて2人を出迎えた。
「お帰りなさいませ、陛下」
「あぁ、ご苦労。報告は後にしてくれ」
「かしこまりました。失礼ですが、此方の少年は?」
「これから屋敷に住む事になった」
「左様ですか、かしこまりました」
装備していたマントや剣を渡しながらグランツが軽く説明している間に、トレーネを縛っていた縄が外され思わず困惑する。
「この屋敷は私の家だ、たとえ大臣であろうとも入って来れない。後で部屋に案内させる、家具も使用人も好きに使え。食事は私「王よ……私は穢れた民の者、牢で結構。使用人も必要ない」
「トレーネ」
「可哀想だと思われるな、今までもそうして生きてきた……雲の上で優雅に暮らす貴方達とは違うのだ」
淡々と、用意されていた文章を読むように告げるトレーネは無表情であったが、今にも泣き出しそうな瞳をしていた。




