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第9話 初めてのドライブ

三和ホームの営業系社員は全員自家用車を仕事用に持ち込んでいる。その代わり車輌手当とガソリン代が支給されるのだ。スターバックスの駐車場で青山健太は自身の青いSUVの助手席に置かれた荷物を後部座席に移し、スペースを空けた。川上奈々美は赤い小型車を邪魔になりにくい端の区画へ移動させている。火曜日の昼下がり、健太と奈々美は市内郊外にある帝都建設に土地を売却した旧所有者の住まいに向かおうとしている。


目的は売却理由を聞き出すこと。昔からの地主というのは先祖からの土地を手放すことに相当な抵抗がある。相続時に多額の税金のためにやむなく手放すことはあっても、資産活用ではなく売却を選択した理由が気になった。簡単にはいかないだろうが、そこは住宅営業。対話には自信があった。それに意外にも奈々美には天性の才能があるようで、先輩の健太が気付かないことにも考えが及ぶことが多々あり心強かった。


車のエンジンをスタートさせ、駐車場から通りに出たところで健太は隣の奈々美に聞いた。

「スーツのほうが良くないか?」

奈々美はコンパクトの鏡に落としていた視線を一瞬だけ健太に向けて、またコンパクトに戻す。

「あんなとこで土地持ってたんだから、山ほど営業掛けられてたと思うんですよ。ウチもそうでしょ?だからスーツってだけで出て来てもらえないかも知れないじゃないですか。だから、敢えて私服の方がいいと思うんです。」

なるほど、確かにその通りかもしれない。健太は癪だったので、ふーん、とだけ言っておいた。


健太たちが勤めるこの街の市街地は小さい。人口40万人を抱える中核都市ではあるが、大通りを10分も走ればビルと呼べる建物は無くなり、丘陵地を造成した古い住宅地がいくつも姿を現す。平野には田畑が広がり、古墳などの遺跡も点在していた。そんな旧村の一角が目的地だ。奈々美がタブレットで住宅地図を確認しながら健太に指示を出す。道幅が狭くなり、減速しながら健太は慎重に車を進めた。訪問でも来たことのないエリアだった。やがて、地図が示す場所に到着したが、幅員があまりにも狭いため一旦通り過ぎることにした。幸い少し先に神社があり、そこが車を停めても迷惑にならないくらいの幅があったので歩くことにした。


「この辺来たことあります?」

バッグを肩に掛けて辺りをきょろきょろしながら奈々美が聞く。

「いや、旧村じゃハウスメーカーの需要ないもんな。」

昔ながらの民家が並んでいる道を一軒一軒家屋に目をやりながら健太は答える。風情というよりは単に古い、そういう印象の集落だった。日用品を扱う店舗併用の住宅もあったが、木枠のガラス戸は閉じられ陳列された商品はどれも古く埃がかぶってそうだった。目的の家には道路と敷地を隔てる塀はなく、門柱や表札、インターホンもなかった。直接玄関に取り付けてあるのだろう。

「入ろ。」

健太は進んで玄関に続く敷石を歩き出した。築50年は経っているであろう古い住宅だった。敷石以外の庭には玉砂利が敷かれ、あまり手入れが行き届いていない庭木。農家なのだろう、母屋の手前には納屋が建っている。その横には番犬用と思しき犬小屋があったが、主は不在だった。


呼び鈴を健太が押してみる。しかし鳴っている様子はない。ガラス格子の引き違い玄関に耳を当てるようにしてもう一度押してみたが、壊れているのか音は聞こえなかった。仕方なく健太は引き戸に手を掛けて開けようときた。田舎では鍵が掛かっていないことが多い。が、ガタガタと音がするだけで開くことはなかった。

「すいませーん!」

奈々美が玄関に向かって声をかける。物音がしないところを見ると留守なのだろう。もう一度奈々美が声を上げたところで、健太はふと思いついて踵を返した。

「どうしました?」

奈々美の声が追いかけてくる。

「や、電気メーター。」

あっ、と声を出して奈々美もついてくる。


道路に面した家の側面、犬小屋側に電気メーターが取り付けられている。

「回ってないな。」

「ほんとだ、住んでないのかな。」

留守でも冷蔵庫などの電力が必要だ。そのため人が住んでいればゆっくりとメーターは回ってるのだか、この家は完全に止まっている。改めて家屋を見ると縁側に面した雨戸も閉じられ、犬走りに置かれた踏み石のサンダルは散らばっている。プランターもこけて土を撒き散らしたままだ。健太は奈々美と顔を見合わした。


「収穫なし、だな。」

敷地を出て車に戻りながら健太はポツリと言った。

「でも。引っ越す理由ってあんまり考えれないですよね。」

奈々美の声はどこか寂しげだった。

「まぁな。納屋があったところを見ると本業は農家だろ。農繁期の今は特に忙しいはずた。」

「田舎の農家って家族の人数以上の車を持ってる家が多いのに一台もなかったし。なんか不思議。」

健太が立ち止まったのに気づいて奈々美が振り返る。

「川上。」

「はい?」

「乗りかかった船だ。手伝うよ、オレも気になるし。」

それを聞いた奈々美の表情がパッと明るくなる。

「ほんとですか、やった!」

「時間がある時でいいから、あの家の謄本と出来たら周辺の田圃の公図と謄本を調べてくれ。」

「明日行きます。青山さんは?」

「オレは必要なものを買いに行く。」

健太は再び歩きだした。奈々美は健太の肩越しに聞いてくる。

「何買うんです?」

「ひみつ。」

ニヤッと笑って健太は運転席に体を入れる。もー、と言いながら奈々美が助手席のドアを閉めたのを確認してスターバックスへの道を走り出した。


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