第7話 不思議なビル
⑦
青山健太はスタバが苦手だった。独特のサイズ表記やメニューのせいでスムーズに注文できた試しがないからだ。火曜日午前、川上奈々美との待ち合わせ場所である、三和ホームの支店から近い幹線道路沿いのスターバックスに健太は約束の30分前に着いていた。休日はいつも寝起きが悪い健太だったが、この日は早く目覚めてしまい朝食を摂るために早く来たのだった。昔から楽しみがある日は早起きなのだか、今日はそれを認めたくはなかった。
慣れないオーダーを終え、会計を済ますと入り口が見える席に腰を下ろす。平日の午前中にもかかわらず、店内の半分以上の席が埋まっているようだ。濃い内装の店内にはノートパソコンを開くビジネスマンや外回りの途中なのか、営業マンよのうな人も多く笑い声のような喧騒が少ないからか落ち着いた雰囲気だった。やがて、約束の時間の少し前に奈々美が店に姿を見せた。コーヒーを手にカウンターを離れる。奈々美の視界に入ったところで、健太は手を上げた。そう言えば奈々美の私服姿を見るのは初めてだ。明るい色合いの服装にメイクも普段とは違っていて新鮮に感じる。
奈々美は健太の向かいのイスに座る。
「すいません、待ちました?」バッグを横のイスに置きながら奈々美が言う。
「目が覚めちゃったから朝ごはん食べるために早く来たんだ。」
奈々美がバッグからタブレットを取り出したので、健太はコーヒーだけテーブルに残して手早くトレイを下げてきた。
「川上はなんかいつもと雰囲気が違うな。」
顔を上げた奈々美は少し驚いたように、
「へー、青山さんそういうのわかるんですね。疎いかと思った。」と言った。
「いや、わかるだろ。オレのことどういう風に思ってんだよ。」
「あはは。このメイクじゃお客さんに会えませんからね。」
それもそうだ。健太たち住宅営業の顧客の多くは普通の家族で彼らより年齢も上。華美な服装やメイクでは万人には受け入れられないだろう。
「さー、じゃ早速始めちゃいましょうか。」
奈々美はイスを引いて姿勢を正した。
「調べるって言ってたけど、何を調べる気?」
月極め駐車場から名目上テナントビルに変わった土地。完成からしばらく経つが、テナントが営業する様子がないまま今に至っている。先週金曜日の夜間に資材が搬入されるのを見て、健太も疑問を深めていた。
「あのビルに入れたらそれが一番なんですけど。」
それを聞いた健太は本気か?とばかりに奈々美の表情を窺った。
「あのビル、やたら監視カメラついてるぞ。」
「外から見える範囲で12個です。」
それを聞いてまた健太は驚かされた。奈々美を侮っていたのかも知れない。
「それ以外にも違和感は感じるんですけど、ビル詳しくないからそれが何なのか分からなくて。」奈々美ははぁ、とため息をついた。
「普通テナントって1階は路面店だろうに、それっぽい部分がないんだよ。そもそも窓もガラス戸もない。それどころか非常用の外部階段すら。入り口と言えばあの大型シャッターと側面の鋼製ドアくらいか。」
建物を思い出すように健太は中空を見つめて気になることを列挙してみる。
「それだ!」謎が解けたとばかりに奈々美はぽんと手を叩いて同意した。
「でね、やっぱりあの建物に入るのは難しそうだから他からアプローチするしかないと思うんですよ。」
「他って?」
「元の所有者と帝都建設。」奈々美は怪訝な顔をする健太を尻目に、決まりとばかりにニコニコしている。面倒なことになってきたな、という思いとアクティブな奈々美の一面に興味が湧いてきている思いとの間で、健太の天秤は揺れていた。