第六話 カウントダウン
⑥
閉ざされた6畳ほどの真っ白な空間のほぼ中央で綾瀬コウは椎名さくらに知っている話の全てを伝えようとしている。このゲームから生還し日常に戻るために。他に話したいこと、聞きたいことが山のようにあったが、それらは限られた時間の中での優先順位は明らかに下だった。
「占守島。終戦記念日が8月15日なのは知ってるよね。俺が知ってるシュムシュ島は終戦後にソ連が占領しようと攻めてこられた島だということ。」
「え、なんで?戦争は終わったんだよね?」
さくらの質問にコウは頷く。
「北海道の北、千島列島最北端が占守島。その目と鼻の先がソ連領。ソ連はその狭い海峡を抜けないと太平洋に出れないんだ。権益が欲しかったんだろうな。終戦記念日と言っても天皇の玉音放送が有名だけど、実は停戦で正式な降伏文書の調印は9月に入ってからだったんだ。ある意味空白の期間にソ連は北海道の半分くらいまで占領するつもりだったらしい。」
いつの間にかさくらは体育座りのまま、体をコウの方に向けている。
停戦命令とともに各地の日本軍は武装解除を進めていた。8月17日、突如ソ連赤軍が占守島に奇襲上陸し対する日本軍は自衛のために反撃。数日間の戦闘の後、日本軍有利のまま停戦、ソ連赤軍に従い武装解除するが、多くがシベリアに抑留された。これがコウの知る歴史だ。
「話し下手でゴメン、伝わったかな?」
「うん。何日間かを耐えなきゃいけないんだね。」
「だと思う。このステージの難易度がCって書いてたよな。これってゲームが始まってから戦闘行為に移るまで2日間あるからじゃないかな。ある程度、情報収集出来そうだし。」
でも、とコウは少し表情を曇らせて言うか否かを迷っていたことをさくらに話した。想定しておかなければならないことだ。
「島全体に部隊が配置されてたはずなんだ。当然真っ先に戦闘が始まったのはソ連が上陸した北部だ。所属兵科部隊は始まらなきゃ分からないみたいだし、もし北のほうの部隊だったら。。」
「すぐ巻き込まれちゃう?それならもっともな理由つけて後ろに下がっちゃおっか?て、NG行為かな?」
さくらは無理な作り笑いをしようとしてくれているのか、強張った笑みを浮かべた。
「始まらないと分かんないもんな、よそう。」
「ね、ところであそこには何があったの?」
さくらは首を伸ばすようにコウが右手で握っているものを覗き込んでくる。
「あ、これ。1つ椎名の。」
コウは握っていた腕時計を1つ差し出されたさくらの手の平に乗せた。バンド部分を持ち上げてフェースをまじまじと見つめる。古めかしいデザインの機械式時計は映画で見たことがある日本軍制式のように思えた。1つ違いがわかるとすれば、ガラス下部のボタンだ。ゲームで使うくらいだから、ただの時計ではないのだろう。
「始まったら使ってみようね。」早速さくらが左腕に腕時計を巻いたので、コウも同じようにした。
カウントダウンのタイマーが10分を切った。今やれることはやったはずだ。緊張で手に汗を握っている。コウはジーパンで手の平を擦って汗を拭った。2人ともモニターに正対し、どちらからともなく手を握った。
「なんでわたしたちだったんだろうね?無作為かな。わたし、ここに来る前何してたんだろう。綾瀬さん覚えてる?」
「いや、全く覚えてないんだ。家にいたのか、出かけてたのかさえ思い出せない。」
コウは首を振った。
「そっか。」さくらはポツリと言った。
不安を煽りたくないために敢えて口にはしなかったが、こんな空間を作るような主催者が選ぶプレイヤーが無作為とは思えない。何か理由があるはずた。必ず生き残って捕まえてやる。コウは強く決意した。
「手、痛い」
どうやら繋いだ手にも力を込めてしまったらしい。
「ゴメン!」握る手の力を抜いて、
「なぁ、戻ったらいっぱい話ししよう。」
「うん。」
ついに1分を切った。2人は無言でモニターを見つめる。覚悟を決める時間だ。タイマーがゼロになるのと同時に突然暗闇に覆われ視界を奪われる。
きゃあ!というさくらの悲鳴が聞こえた。重力さえ奪われたような上も下も分からなくなる感覚に襲われ、やがてコウは意識を失った。